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第3章 旅の始まり
第5話 商業都市リューネと不穏な依頼
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昼過ぎ、遥か前方の地平線に高い城壁が見え始めた。
灰色の石造りでできた堂々とした城壁は、まるで大地から生えてきたように雄大に聳え立っている。その向こうからは、無数の屋根と煙突が突き出しており、赤い瓦屋根や茶色の木造屋根が複雑に入り組んでいる。所々から立ち上る煙が、青い空に細い線を描いている。街道を行き交う人々も徐々に増え、荷馬車や旅商人の数も目に見えて多くなった。商人たちの活気ある声、馬の蹄音、車輪の軋む音が混じり合って、都市が近づいている実感を強くする。
「見えてきたわ。《リューネ》よ」
リィナが指差す先で、白い石造りの大門が陽光を反射して輝いている。門の上部には紋章が刻まれ、左右には見張り台が設置されている。さすがは交易の要所と呼ばれるだけあって、立派な構えだ。
近づくと、門の両脇には鎧を着た衛兵が立ち、行き交う者を一人一人確認していた。武器の携帯許可や商品の申告、身分証明などを手際よくチェックしている。警備は厳重だが、商業都市らしく手続きは迅速で効率的だった。
俺は上空から眺めていたが、門上の見張り台から複数の視線を感じる。そりゃ、喋る鷲なんてそうそう見ないだろう。衛兵たちがこちらを指差してざわついているのが見える。
「おい、リィナ。俺は入っても大丈夫か?」
「心配しなくていいわ。商業都市は珍しいものに慣れてるから。亜人も魔導師もドラゴンライダーも普通に出入りしてるの」
「でも"珍味"として市場に並べられたりしないよな?」
「しないわよ!」
リィナは呆れたように答えるが、その表情には安心させようとする優しさがあった。
門番への手続きは意外とスムーズに進んだ。バルグの元街道警備隊という経歴と、リィナの薬師資格証、そして俺の「しゃべる鷲の医者」という既に広まっている評判のおかげで、特に問題視されることもなく通行許可が下りた。
門を抜けると、そこは別世界だった。
石畳の大通りの両脇には露店や店舗がぎっしり並び、色鮮やかな商品が所狭しと陳列されている。香辛料の刺激的な香り、焼きたてのパンの芳ばしい匂い、肉料理の食欲をそそる香り、薬草の複雑な匂いが鼻をくすぐる。客引きの声、商談の声、値段交渉の声、子供たちの笑い声が入り混じり、耳が追いつかないほどの喧騒だ。人も亜人も魔法使いも、様々な種族や職業の人々が行き交っている。
そして俺の目は――いや、嗅覚も――ある一点に釘付けになった。
「……果物市場だ!」
大通りから少し奥に入った場所に、果物専門の市場区画が広がっていた。色とりどりの果物が所狭しと並び、鮮やかな赤、黄色、紫、緑、オレンジが万華鏡のように目を奪う。皮を剥いた試食が小皿に並び、甘い香りと酸っぱい香りが複雑に混じり合って風に乗って漂ってくる。果物愛好家としては、まさに天国のような光景だ。
「ちょっとリィナ、寄っていいか?」
「またそれ……まぁ、薬草市場も近くにあるから、いいけど」
リィナは苦笑いを浮かべながら了承してくれる。きっとこの反応にもう慣れ始めているのだろう。
俺は一軒の果物屋の店先の台に止まり、山盛りの赤い果実を覗き込む。宝石のように美しい赤色で、表面には微かな光沢がある。
「おっちゃん、この赤いの何?」
「おお、しゃべる鳥か!噂は聞いてたぞ。それは"ブラッドベリー"だよ。甘酸っぱくて旨いぞ。血のような赤色だが、味は最高だ。おっと、そっちの黄色いのは"サンメロン"な。冷やすと絶品だ」
店主は人懐っこい笑顔で説明してくれる。商売人らしく、珍しい客でも分け隔てなく接してくれる姿勢が好ましい。
「ほう……触っても?」
「ん? まぁ構わんが、なんで触るんだ?」
果実に嘴を軽く触れた瞬間、詳細な情報が脳内に流れ込む。糖度、酸味、熟成度、栄養価、最適な保存方法、食べ頃の判定まで全部頭に入ってくる。
「……このブラッドベリーは三日以内が食べ頃、サンメロンは冷水で一時間冷やすと甘みが一割増す。あと、このサンメロンは左側のやつの方が糖度が高いな」
「お、おう……まさにその通りだ。お前、何者だ?」
「ただの果物好きな鷲だ」
店主は驚いた表情から感心したような表情に変わった。きっと俺の鑑定能力に感服したのだろう。
そんなやり取りをしていると、リィナが小走りで戻ってきた。表情がいつもより緊張している。
「バルグから急報よ。広場で騒ぎがあったって」
「騒ぎ?」
「市場の北側で、急に倒れる人が続出してるらしいの。原因不明で、衛兵隊も対応に追われてる」
空気が一瞬で重くなった。楽しい果物鑑定の時間は終わりだ。
現場に向かうと、衛兵たちが広場の一角を囲んでいた。野次馬も集まり始めており、騒然とした雰囲気が漂っている。石畳の上には数人が横たわり、顔色は青白く、呼吸が浅い。意識はあるようだが、明らかに苦しそうだ。
「魔物の毒か? それとも新しい病気の流行か?」と衛兵同士が口々に話している。不安と焦りが声色に表れている。
俺は衛兵隊長らしき人物に事情を話し、患者に近づく許可をもらった。最初は警戒されたが、「医者の鳥」という評判と、リィナの薬師資格が信頼を得る助けとなった。
一人目の患者、中年の商人風の男性の腕に嘴を軽く触れる。
――脈拍速い、体温やや上昇、筋肉の軽い痙攣、瞳孔の縮小。血中に見覚えのない成分が混じっている。だが毒性は低い……これは急性の食中毒だ。植物性の毒素による消化器系の炎症反応。
二人目は若い女性で、同じ症状だがやや軽度。三人目は老人で、症状は同様だが消化器系の損傷がやや重い。年齢や体力によって症状の重さが変わっているようだ。
「原因は?」とリィナが心配そうに聞く。
「……同じ食べ物を食べてるな。しかもごく最近、恐らく一時間以内。市場で売られてる何かが原因だ」
「まさか……市場の商品に問題が?」
リィナと視線を交わし、同時に果物市場の方を見る。もしかすると、さっきまで楽しく鑑定していた果物の中に原因があるのかもしれない。
その時、衛兵隊長が近づいてきた。体格の良い中年男性で、経験豊富そうな風貌をしている。
「もしあんたが原因を突き止められるなら、正式に依頼として請け負ってくれないか。俺たちも調べてるが、このままでは被害が広がって街が大混乱になる」
隊長の声には切迫感があった。商業都市にとって、市場での食中毒騒ぎは死活問題だ。風評被害で商売に大きな影響が出る。
「……報酬は果物でもいいか?」
「は?」
「いや、冗談だ。もちろん引き受ける」
隊長は一瞬困惑した表情を見せたが、すぐに安堵の表情に変わった。
こうして俺たちは、街《リューネ》での最初の依頼――**「市場で発生した集団食中毒事件の原因特定」**に乗り出すことになった。
果物の街で、果物好きの医者鳥が調査する。これ以上ない舞台設定だ。だが俺にとっては、愛する果物が原因である可能性を調べなければならないという、複雑な心境の依頼でもあった。
バルグも合流し、三人で手分けして調査を開始する。リィナは患者への応急処置、バルグは証人からの聞き取り、そして俺は上空からの全体把握と、市場の商品の鑑定だ。
だがこの時はまだ、この事件の裏にもっと厄介な人為的な陰謀が潜んでいるとは思っていなかった――。
灰色の石造りでできた堂々とした城壁は、まるで大地から生えてきたように雄大に聳え立っている。その向こうからは、無数の屋根と煙突が突き出しており、赤い瓦屋根や茶色の木造屋根が複雑に入り組んでいる。所々から立ち上る煙が、青い空に細い線を描いている。街道を行き交う人々も徐々に増え、荷馬車や旅商人の数も目に見えて多くなった。商人たちの活気ある声、馬の蹄音、車輪の軋む音が混じり合って、都市が近づいている実感を強くする。
「見えてきたわ。《リューネ》よ」
リィナが指差す先で、白い石造りの大門が陽光を反射して輝いている。門の上部には紋章が刻まれ、左右には見張り台が設置されている。さすがは交易の要所と呼ばれるだけあって、立派な構えだ。
近づくと、門の両脇には鎧を着た衛兵が立ち、行き交う者を一人一人確認していた。武器の携帯許可や商品の申告、身分証明などを手際よくチェックしている。警備は厳重だが、商業都市らしく手続きは迅速で効率的だった。
俺は上空から眺めていたが、門上の見張り台から複数の視線を感じる。そりゃ、喋る鷲なんてそうそう見ないだろう。衛兵たちがこちらを指差してざわついているのが見える。
「おい、リィナ。俺は入っても大丈夫か?」
「心配しなくていいわ。商業都市は珍しいものに慣れてるから。亜人も魔導師もドラゴンライダーも普通に出入りしてるの」
「でも"珍味"として市場に並べられたりしないよな?」
「しないわよ!」
リィナは呆れたように答えるが、その表情には安心させようとする優しさがあった。
門番への手続きは意外とスムーズに進んだ。バルグの元街道警備隊という経歴と、リィナの薬師資格証、そして俺の「しゃべる鷲の医者」という既に広まっている評判のおかげで、特に問題視されることもなく通行許可が下りた。
門を抜けると、そこは別世界だった。
石畳の大通りの両脇には露店や店舗がぎっしり並び、色鮮やかな商品が所狭しと陳列されている。香辛料の刺激的な香り、焼きたてのパンの芳ばしい匂い、肉料理の食欲をそそる香り、薬草の複雑な匂いが鼻をくすぐる。客引きの声、商談の声、値段交渉の声、子供たちの笑い声が入り混じり、耳が追いつかないほどの喧騒だ。人も亜人も魔法使いも、様々な種族や職業の人々が行き交っている。
そして俺の目は――いや、嗅覚も――ある一点に釘付けになった。
「……果物市場だ!」
大通りから少し奥に入った場所に、果物専門の市場区画が広がっていた。色とりどりの果物が所狭しと並び、鮮やかな赤、黄色、紫、緑、オレンジが万華鏡のように目を奪う。皮を剥いた試食が小皿に並び、甘い香りと酸っぱい香りが複雑に混じり合って風に乗って漂ってくる。果物愛好家としては、まさに天国のような光景だ。
「ちょっとリィナ、寄っていいか?」
「またそれ……まぁ、薬草市場も近くにあるから、いいけど」
リィナは苦笑いを浮かべながら了承してくれる。きっとこの反応にもう慣れ始めているのだろう。
俺は一軒の果物屋の店先の台に止まり、山盛りの赤い果実を覗き込む。宝石のように美しい赤色で、表面には微かな光沢がある。
「おっちゃん、この赤いの何?」
「おお、しゃべる鳥か!噂は聞いてたぞ。それは"ブラッドベリー"だよ。甘酸っぱくて旨いぞ。血のような赤色だが、味は最高だ。おっと、そっちの黄色いのは"サンメロン"な。冷やすと絶品だ」
店主は人懐っこい笑顔で説明してくれる。商売人らしく、珍しい客でも分け隔てなく接してくれる姿勢が好ましい。
「ほう……触っても?」
「ん? まぁ構わんが、なんで触るんだ?」
果実に嘴を軽く触れた瞬間、詳細な情報が脳内に流れ込む。糖度、酸味、熟成度、栄養価、最適な保存方法、食べ頃の判定まで全部頭に入ってくる。
「……このブラッドベリーは三日以内が食べ頃、サンメロンは冷水で一時間冷やすと甘みが一割増す。あと、このサンメロンは左側のやつの方が糖度が高いな」
「お、おう……まさにその通りだ。お前、何者だ?」
「ただの果物好きな鷲だ」
店主は驚いた表情から感心したような表情に変わった。きっと俺の鑑定能力に感服したのだろう。
そんなやり取りをしていると、リィナが小走りで戻ってきた。表情がいつもより緊張している。
「バルグから急報よ。広場で騒ぎがあったって」
「騒ぎ?」
「市場の北側で、急に倒れる人が続出してるらしいの。原因不明で、衛兵隊も対応に追われてる」
空気が一瞬で重くなった。楽しい果物鑑定の時間は終わりだ。
現場に向かうと、衛兵たちが広場の一角を囲んでいた。野次馬も集まり始めており、騒然とした雰囲気が漂っている。石畳の上には数人が横たわり、顔色は青白く、呼吸が浅い。意識はあるようだが、明らかに苦しそうだ。
「魔物の毒か? それとも新しい病気の流行か?」と衛兵同士が口々に話している。不安と焦りが声色に表れている。
俺は衛兵隊長らしき人物に事情を話し、患者に近づく許可をもらった。最初は警戒されたが、「医者の鳥」という評判と、リィナの薬師資格が信頼を得る助けとなった。
一人目の患者、中年の商人風の男性の腕に嘴を軽く触れる。
――脈拍速い、体温やや上昇、筋肉の軽い痙攣、瞳孔の縮小。血中に見覚えのない成分が混じっている。だが毒性は低い……これは急性の食中毒だ。植物性の毒素による消化器系の炎症反応。
二人目は若い女性で、同じ症状だがやや軽度。三人目は老人で、症状は同様だが消化器系の損傷がやや重い。年齢や体力によって症状の重さが変わっているようだ。
「原因は?」とリィナが心配そうに聞く。
「……同じ食べ物を食べてるな。しかもごく最近、恐らく一時間以内。市場で売られてる何かが原因だ」
「まさか……市場の商品に問題が?」
リィナと視線を交わし、同時に果物市場の方を見る。もしかすると、さっきまで楽しく鑑定していた果物の中に原因があるのかもしれない。
その時、衛兵隊長が近づいてきた。体格の良い中年男性で、経験豊富そうな風貌をしている。
「もしあんたが原因を突き止められるなら、正式に依頼として請け負ってくれないか。俺たちも調べてるが、このままでは被害が広がって街が大混乱になる」
隊長の声には切迫感があった。商業都市にとって、市場での食中毒騒ぎは死活問題だ。風評被害で商売に大きな影響が出る。
「……報酬は果物でもいいか?」
「は?」
「いや、冗談だ。もちろん引き受ける」
隊長は一瞬困惑した表情を見せたが、すぐに安堵の表情に変わった。
こうして俺たちは、街《リューネ》での最初の依頼――**「市場で発生した集団食中毒事件の原因特定」**に乗り出すことになった。
果物の街で、果物好きの医者鳥が調査する。これ以上ない舞台設定だ。だが俺にとっては、愛する果物が原因である可能性を調べなければならないという、複雑な心境の依頼でもあった。
バルグも合流し、三人で手分けして調査を開始する。リィナは患者への応急処置、バルグは証人からの聞き取り、そして俺は上空からの全体把握と、市場の商品の鑑定だ。
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