空を翔ける鷲医者の異世界行診録

川原源明

文字の大きさ
25 / 102
第5章 新たな場所へ

第25話 カローネ沖の最終決戦クライマックス

しおりを挟む
 刺青の男とバルグの戦斧が正面から激突した瞬間、耳をつんざくような鋭い金属音が港全体に響き渡った。

 その凄まじい衝撃で、長年の風雨に耐えてきた防波堤の頑丈な石材にさえ深いひび割れが走り、海水が激しいしぶきを上げて宙に舞い踊る。二人の武器がぶつかり合う度に発生する衝撃波は、まるで雷鳴のように周囲に響き、観戦している村人たちを震え上がらせていた。

 バルグは歴戦の戦士らしく、圧倒的な腕力で相手を押し切ろうとする正統派の戦法を取っている。しかし、刺青の男の動きは予想をはるかに上回る速さで、重装鎧を着ているはずなのに、その身のこなしは驚くほど軽やかだった。まるで重力を無視するかのように軽快に動き回り、風のように流れるような斬撃を次々と繰り出してくる。その技術は明らかに人間の域を超えており、何らかの特殊な訓練か、あるいは魔術的な強化を受けているのかもしれない。

「チッ……こいつ、前回の戦いより確実に速くなってやがる!」

 バルグが汗を流しながら低く唸り、防御を固めてより慎重な戦法に切り替える。彼ほどの熟練戦士でも、相手の成長に驚きを隠せないようだった。



 俺は上空から二人の激しい戦いの様子を詳細に観察しながら、同時に別の深刻な脅威に気づいた。

 旗艦の甲板で、黒羽同盟の部下たちが再び大量の毒物樽を海へ投下しようと、組織的に準備作業を進めていたのだ。この戦闘の混乱に乗じて、村への毒物汚染を強行するつもりらしい。

 俺は翼を畳んで一気に急降下し、鋭い爪で樽を正確に掴み取ると、今度は敵兵たちの頭上へ逆に投げ返した。樽が甲板で割れて中の粉末毒が宙に舞い上がるが、そこへタイミング良くリィナの矢が飛び込み、仕込まれていた中和薬が反応して青白い煙を上げながら毒性が完全に無害化された。

「こっちの毒物対策は私が抑えてる! そっちは刺青の男の相手に集中して!」

 リィナが港の端の安全な位置から力強く声を張る。薬師としての責任感と、仲間への信頼が込められた声だった。



 バルグと刺青の男の斬り結びは、時間が経つにつれてさらに激しさを増していた。

 刺青の男の長大な曲刀の一撃が防波堤の石を深く削り取り、削られた石片が勢いよく飛び散って海面に次々と落下し、同心円状の波紋を美しく広げる。その破壊力は尋常ではなく、一撃で人間の胴体を両断できるほどの威力があることは疑いようがない。

 だが、バルグも決して引かない。歴戦の戦士としてのプライドと、村人を守るという使命感が彼を支えている。重い戦斧の刃が相手の精巧な肩当てをかすめ、鋼鉄同士がぶつかって美しい火花が散った。

 俺は二人の戦いを詳細に観察し、最適な攻撃タイミングを見計らっていた。そして決定的な瞬間を捉えて、刺青の男の背後から全速力で急降下し、鋭い嘴で奴の曲刀の柄を力の限り強打した。

 わずかに体勢が崩れたその一瞬の隙――

「おらぁっ!」

 バルグの戦斧が空気を切り裂く唸りを上げ、刺青の男の黒い兜を粉々にかち割る……かと思った瞬間、奴は驚異的な反射神経で後方へ高く跳躍し、躊躇なく海へ飛び込んだ。その動きは計算し尽くされており、明らかに退却も作戦の一部だったのだろう。

 直後、港外で待機していた小舟が全速力で近づき、海中に落ちた刺青の男を手際よく引き上げる。旗艦が巧妙に旋回し、船団全体が統率の取れた動きで一斉に撤退を開始した。



 束の間の静けさが港に戻り、俺たちは激しい戦闘の疲労で荒い息をつきながら戦況を詳しく確認した。

 村人への被害は幸いにも最小限に抑えることができ、黒羽同盟が投入した毒物はリィナの活躍ですべて完璧に無力化できていた。港の施設にも大きな損傷はなく、漁業への影響も軽微で済みそうだった。

 だが、最大の懸念材料である刺青の男は、またしても巧妙に逃げおおせてしまった。あの男の執念深さと組織力を考えれば、必ず別の場所で報復を企てるだろう。

 戦闘後の港を見回していると、俺は港の片隅で潮に揺られている黒い布袋を発見した。明らかに戦闘中に落とされたもので、刺青の男が残していった可能性が高い。

 布袋の中には、精巧に作られた刻印入りの金属片が入っていた。それは俺たちがこれまで目にしたどの地図にも載っていなかった、内陸部の巨大都市の公式紋章だった。紋章のデザインは非常に格式高く、相当大きな都市の正式なものであることは間違いない。

「……次は内陸の大都市に活動拠点を移すつもりか」

 俺の不安な呟きに、バルグとリィナが深刻な表情で黙ってうなずく。三人とも、この発見が意味することの重大さを理解していた。

 海の脅威をようやく退けたばかりだというのに、新たな戦いの予感がもうすぐそこまで迫っていることを実感させられる。

 冷たい潮風が頬を撫でて過ぎていく中で、俺は翼をゆっくりとたたみ、遠く霞んで見える内陸の山並みを鋭く見据えた。あの山の向こうに、黒羽同盟の真の本拠地があるのかもしれない。

 カローネ村での戦いは勝利で終わったが、これは長い戦いの一つの区切りに過ぎないことが明らかになった。真の敵は、もっと大きく、もっと組織的で、もっと危険な存在なのだろう――。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

薬漬けレーサーの異世界学園生活〜無能被験体として捨てられたが、神族に拾われたことで、ダークヒーローとしてナンバーワン走者に君臨します〜

仁徳
ファンタジー
少年はとある研究室で実験動物にされていた。毎日薬漬けの日々を送っていたある日、薬を投与し続けても、魔法もユニークスキルも発動できない落ちこぼれの烙印を押され、魔の森に捨てられる。 森の中で魔物が現れ、少年は死を覚悟したその時、1人の女性に助けられた。 その後、女性により隠された力を引き出された少年は、シャカールと名付けられ、魔走学園の唯一の人間魔競走者として生活をすることになる。 これは、薬漬けだった主人公が、走者として成り上がり、ざまぁやスローライフをしながら有名になって、世界最強になって行く物語 今ここに、新しい異世界レースものが開幕する!スピード感のあるレースに刮目せよ! 競馬やレース、ウマ娘などが好きな方は、絶対に楽しめる内容になっているかと思います。レース系に興味がない方でも、異世界なので、ファンタジー要素のあるレースになっていますので、楽しめる内容になっています。 まずは1話だけでも良いので試し読みをしていただけると幸いです。

異世界に移住することになったので、異世界のルールについて学ぶことになりました!

心太黒蜜きな粉味
ファンタジー
※完結しました。感想をいただけると、今後の励みになります。よろしくお願いします。 これは、今まで暮らしていた世界とはかなり異なる世界に移住することになった僕の話である。 ようやく再就職できた会社をクビになった僕は、不気味な影に取り憑かれ、異世界へと運ばれる。 気がつくと、空を飛んで、口から火を吐いていた! これは?ドラゴン? 僕はドラゴンだったのか?! 自分がドラゴンの先祖返りであると知った僕は、超絶美少女の王様に「もうヒトではないからな!異世界に移住するしかない!」と告げられる。 しかも、この世界では衣食住が保障されていて、お金や結婚、戦争も無いというのだ。なんて良い世界なんだ!と思ったのに、大いなる呪いがあるって? この世界のちょっと特殊なルールを学びながら、僕は呪いを解くため7つの国を巡ることになる。 ※派手なバトルやグロい表現はありません。 ※25話から1話2000文字程度で基本毎日更新しています。 ※なろうでも公開しています。

[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~

k33
ファンタジー
初めての小説です..! ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?

【幸せスキル】は蜜の味 ハイハイしてたらレベルアップ

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕の名前はアーリー 不慮な事故で死んでしまった僕は転生することになりました 今度は幸せになってほしいという事でチートな能力を神様から授った まさかの転生という事でチートを駆使して暮らしていきたいと思います ーーーー 間違い召喚3巻発売記念として投稿いたします アーリーは間違い召喚と同じ時期に生まれた作品です 読んでいただけると嬉しいです 23話で一時終了となります

オバちゃんだからこそ ~45歳の異世界珍道中~

鉄 主水
ファンタジー
子育ても一段落した40過ぎの訳あり主婦、里子。 そんなオバちゃん主人公が、突然……異世界へ――。 そこで里子を待ち構えていたのは……今まで見たことのない奇抜な珍獣であった。  「何がどうして、なぜこうなった! でも……せっかくの異世界だ! 思いっ切り楽しんじゃうぞ!」 オバちゃんパワーとオタクパワーを武器に、オバちゃんは我が道を行く! ラブはないけど……笑いあり、涙ありの異世界ドタバタ珍道中。 いざ……はじまり、はじまり……。 ※この作品は、エブリスタ様、小説家になろう様でも投稿しています。

異世界遺跡巡り ~ロマンを求めて異世界冒険~

小狸日
ファンタジー
交通事故に巻き込まれて、異世界に転移した拓(タク)と浩司(コウジ) そこは、剣と魔法の世界だった。 2千年以上昔の勇者の物語、そこに出てくる勇者の遺産。 新しい世界で遺跡探検と異世界料理を楽しもうと思っていたのだが・・・ 気に入らない異世界の常識に小さな喧嘩を売ることにした。

知識スキルで異世界らいふ

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ

【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~

きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。 前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。

処理中です...