空を翔ける鷲医者の異世界行診録

川原源明

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第6章 ヴァルメリア

第27話 ヴァルメリア潜入・黒き噂の裏側

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 ヴァルメリアの重厚な城門前――。

 俺たちは各地からやってきた商隊や旅人たちに自然に紛れて、ゆっくりと長い行列を進んでいた。前方の城門からは、衛兵たちの厳格な声と、検査を受ける人々の緊張した会話が断続的に聞こえてくる。

 門前の検問は、事前の噂通り異常なほど厳しかった。武装した兵士たちは商人の荷物を一つ残らず開けて中身を詳細に確認し、薬師や医師と名乗る者には公的な許可証の提示を厳格に求めている。武器を携帯している者には、その武器の入手経路、来歴、この都市での滞在目的まで根掘り葉掘り質問していた。まるで戦時下のような警戒レベルだった。

「……あの調子だと、鷲が普通に正面から堂々と入ろうとしたら、確実に大騒ぎになるな」

 バルグが俺を横目で見ながら、苦笑いを浮かべて口の端を上げる。

「お前が鳥のまま堂々と門を通ったら、翌日には"猛禽類侵入禁止"って新しい法律が制定されそうね」

 リィナの冗談だが、現在の厳戒態勢を考えると妙に現実味がある。確かに、喋る鷲が正面から入場しようものなら、衛兵隊総出で大騒動になることは間違いない。



 正面突破は明らかに現実的ではない。

 そこで俺たちは、これまで港町などで何度か成功している「役割分担潜入作戦」を今回も採用することにした。作戦の基本方針は単純だが効果的だった。

 まずはバルグとリィナが正式な旅人として身分を証明し、堂々と正規ルートで入城する。俺は城壁の外側を大きく迂回飛行し、人目につかない裏通りの屋根を伝って秘密裏に侵入する――というのが当初の表向きの計画だった。

「……おい、あれを見ろ」

 バルグが顎で示した方向、城壁近くの石畳に、パン屋の配達用らしい大きな藤の籠が何気なく置かれていた。

 中には焼き立ての香ばしく食欲をそそる匂いを漂わせる丸パンがぎっしりと詰まっている。黄金色に焼き上がったパンの表面が朝日を受けて美味しそうに輝いている。

 ……俺の視線が自然と籠に強く吸い寄せられる。

「絶対やめなさい」

 リィナの鋭く警告的な声で我に返る。しかし俺の行動パターンを完全に読まれているようだ。

 しかし次の瞬間、俺の脳内で突然妙案が閃いた。

 ――中に潜り込めば、配達と一緒にそのまま城内へ運び込まれるのでは?

 これは潜入作戦としては理にかなっている。パンの配達なら日常的な光景で、衛兵の警戒も緩いはずだ。

 結局、バルグとリィナの「絶対に笑うなよ」「後で絶対からかうからね」という念押しのもと、俺は器用に羽を体に密着させて籠の底の隙間へ慎重に潜り込んだ。

 温かいパンの心地よい温もりと香ばしい香りに包まれながら、「これこそ史上最高の潜入法では?」と内心で真剣に自画自賛したのは、絶対に誰にも秘密だ。



 数分後、パン屋の人懐っこい少年が何も知らずに籠を軽やかに担ぎ上げ、門の厳重な検問を普通に通過していく。

 武装した兵士は義務的に中を軽く覗いたが、まさかパンの下に鷲が潜んでいるとは夢にも思わなかったらしい。少年の人柄の良さと、日常的な配達という行為の自然さが、完璧なカモフラージュになっていた。

「はい、通っていいぞ」

 ――完全勝利だ。

 こうして俺は何の問題もなく城内への潜入を果たした。思った以上にスムーズで、自分の機転に満足していた。

 バルグとリィナは別の正規ルートで城内に入り、事前に約束していた市場広場で合流。俺がパン籠からひょっこりと頭を出すと、バルグは必死で笑いをこらえて肩を震わせ、リィナは深いため息をついて額を押さえながら「……この方法、絶対に二度と使わせないから」と呆れ果てた表情で宣言した。



 ヴァルメリアの内部は、期待をはるかに上回る圧巻の光景だった。

 メインストリートには各地の豪商の立派な屋敷や巨大な市場が整然と並び、露店からは異国の香辛料や上質な干し肉、美しい宝飾品の魅惑的な匂いや煌めきがあふれてくる。行き交う人々の服装は地方ごとに実に多種多様で、港町で見たよりもさらに国際色が豊かだった。まさに大陸の交易の中心地らしい多様性と活気に満ちている。

 だが、その表面的な賑わいの奥底には、経験豊富な俺たちにしか察知できない不穏な流れが確実に存在していた。

 市場の人目につかない片隅で、黒い羽飾りをつけた怪しい商人がこそこそと正体不明の何かを密売買している。酒場の入り口付近の石壁には、黒羽同盟の秘密の合図らしい特徴的な二本線の刻印がさりげなく刻まれていた。

 俺たちは人目につかない小さな宿を確保し、効率的な情報収集のために手分けして動くことにした。

 バルグは兵士や傭兵から軍事関連の噂を引き出すために、武器商が集まる酒場へ向かう。リィナは市場で薬師仲間から流通品の異常や不審な取引について詳しく探る。

 そして俺は――

「空から怪しい動きがないか見張りだな」

 と自分に言い聞かせたが、内心では「高所から街を一望できる絶景ポイント探し」も半分混ざっていたのは否定できない。



 夕刻、西の空が茜色に染まる頃――。

 それぞれの担当エリアでの調査結果を持ち寄った俺たちは、宿の薄暗い一室で重要な報告会を開いた。三人分の情報を総合すれば、黒羽同盟の活動の全貌が見えてくるはずだった。

「兵士の間では、ここ数日"夜な夜な正体不明の物資を運び出す黒い影"が城壁沿いで頻繁に目撃されてるらしい。だが、見つけて追跡しようとしてもすぐに煙のように姿を消すって話だ」

 バルグの報告は具体的で信憑性が高い。

「市場の薬師仲間によれば、ここ数週間で"粉末状の謎の薬品"の流通が異常に増えてる。でも正式な卸元の記録には一切載ってない。完全に闇のルートよ」

 リィナが重要な手がかりとなりそうな紙片をテーブルの上に置く。

 そして俺の重要な報告――

「城の北側にある古い監視塔、その屋上に夜間だけ黒羽同盟の旗が掲げられるのを確認した。昼間は何もないのに、日没後に突然現れる」

 三つの独立した情報を統合すると、敵の主要拠点はおそらく北塔周辺にある。そして夜間に毒物を含む物資を組織的に運び出し、都市内部か外部の各地へ流通させている可能性が極めて高い。

「……明日の夜、北塔を詳しく探る」

 そう決めた瞬間、外から酒場の賑やかな喧騒が聞こえてきた。その雑多な会話の中に、はっきりと「黒羽同盟」という禁忌の単語が混じっているのが聞こえた。

 俺たちは緊張した視線を交わし、無言で頷き合った。

 どうやら今夜から、危険だが重要な潜入任務が本格的に始まるらしい――。
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