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第6章 ヴァルメリア
第31話 黒い風の噂
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翌朝――。
ヴァルメリアの空は、昨夜の大規模な火事の名残なのか、まだわずかに焦げ臭さが風に混じって漂っていた。普段なら清々しい朝の空気も、どこか重苦しく感じられる。
市場の人通りは明らかに普段より少なくなっており、露店の中には急遽営業を取りやめて店を閉じているところもある。商人たちの表情も硬く、客との会話も必要最小限で済ませようとする傾向が見える。黒羽同盟による昨夜の衝撃的な襲撃は、この大陸最大級の商業都市の空気に確実に暗い影を落としていた。
そんな重苦しい雰囲気の中、俺たちは宿の一階にある薄暗い食堂で、作戦会議……という名目の朝食を取っていた。
「バルグ、その肉の山は一体何人前だ?」
「三人前だ」
「三人分を一人で平らげるな!」
「戦士の朝は十分なエネルギー補給から始まるんだ。これは基本中の基本だぞ」
隣では、リィナが黙々と薬草を丁寧にブレンドしたお茶を飲みながら、俺の手元にある干し果物の袋をじっと意味深に見つめている。
「……昨日、全部食べ尽くしたんじゃなかったの?」
「これは緊急時に備えた予備だ。予備というのは非常事態に備えて保管するものだ」
「非常時イコールおやつタイムってことね」
完全に見抜かれている。反論の余地がない。
◆
軽妙なやりとりの後、本題に入る。
昨夜の敗北は確かに痛手だったが、ただ単純に負けたわけではない。刺青の男の部下たちの会話内容や組織的な行動パターンから、敵の計画に関するいくつかの重要な手掛かりを得ることができていた。
まず、奴らは「黒い風」という謎めいた符丁を頻繁に使っていた。会話の文脈から判断すると、どうやら物資や人員の大規模移動を示す組織内の暗号らしい。
次に、俺たちが偶然耳にした断片的な情報から、地図上の三カ所――港湾地区と昨夜襲撃された北区、そして西門近くの廃倉庫街が、何らかの形で彼らの重要な計画に深く関わっている可能性が極めて高い。
「廃倉庫街……あそこは確か今、人の出入りがほとんどないはずだ」
バルグが戦士らしい軍事的観点から分析する。
「逆に言えば、大規模な何かを人目につかずに隠すには絶好の場所ってことね」
リィナの冷静で的確な指摘に、俺も完全に同意した。
◆
効率的な情報収集のため、昼間はそれぞれ別行動で動くことにした。
バルグは古くからの傭兵仲間が集まる酒場で、軍事関連の噂や情報を詳しく探り出す。リィナは薬師仲間との人脈を活用して、物流や薬品流通の異常について調べる。俺は鷲の優れた視力を活かして高所から都市全体を見渡し、不自然な人や物の動きを監視する。
もちろん、その途中で偶然通りかかった評判の菓子屋に立ち寄ったのは、あくまで「地域住民への聞き込みの一環」である。
「聞き込みイコール店主に売れ筋商品について質問することじゃないでしょ」
夕方、約束の場所で合流した途端に、リィナから容赦ない鋭いツッコミを受けた。
◆
夜が深まり、宿の薄暗い部屋で三人分の貴重な情報を突き合わせる。
バルグの重要な報告――「黒い風」は二日後の夜に本格的に動き出す、という具体的な噂が複数の独立した情報筋から一致して出ている。
リィナの詳細な報告――西門近くの廃倉庫地区に、昼間の人目につく時間帯にも関わらず、黒装束の怪しい者たちが組織的に出入りしていることを複数の薬師仲間が目撃している。
そして俺の上空からの観察報告――港から西門にかけての広範囲で、大型の馬車隊列が夜間に何度も規則的に移動しているのを確認した。明らかに日常的な商業活動ではない。
三つの独立した情報が一つの線で繋がる。
黒羽同盟は二日後の夜、西門の廃倉庫地区を重要拠点として大規模な物資移動を実行する――それこそが謎の「黒い風」の正体だ。
◆
「二日後に何かが動くのはわかった。でも最終的な目的は何だ?」
バルグが戦術的な疑問を提起する。
「正確にはわからない。ただ、ヴァルメリア全体を混乱に陥れる規模の、相当大きな何かであることは間違いない」
この美しい都市と無数の市民を守るには、敵より先に行動するしかない。
二日後の夜、俺たちは西門廃倉庫街へ決死の潜入を敢行し、「黒い風」の真の正体を暴き出す――そう全員一致で決めた。
だが、この時の俺たちはまだ知る由もなかった。
その潜入作戦が、これまでの全ての戦いの中で最も危険で困難な戦いになることを。
そして、冷酷な刺青の男が周到に仕掛ける巧妙な罠の恐ろしい深さを。
宿の窓から見える夜空には、不吉な雲が月を隠そうとしていた――まるで来たるべき嵐の前触れのように。
ヴァルメリアの空は、昨夜の大規模な火事の名残なのか、まだわずかに焦げ臭さが風に混じって漂っていた。普段なら清々しい朝の空気も、どこか重苦しく感じられる。
市場の人通りは明らかに普段より少なくなっており、露店の中には急遽営業を取りやめて店を閉じているところもある。商人たちの表情も硬く、客との会話も必要最小限で済ませようとする傾向が見える。黒羽同盟による昨夜の衝撃的な襲撃は、この大陸最大級の商業都市の空気に確実に暗い影を落としていた。
そんな重苦しい雰囲気の中、俺たちは宿の一階にある薄暗い食堂で、作戦会議……という名目の朝食を取っていた。
「バルグ、その肉の山は一体何人前だ?」
「三人前だ」
「三人分を一人で平らげるな!」
「戦士の朝は十分なエネルギー補給から始まるんだ。これは基本中の基本だぞ」
隣では、リィナが黙々と薬草を丁寧にブレンドしたお茶を飲みながら、俺の手元にある干し果物の袋をじっと意味深に見つめている。
「……昨日、全部食べ尽くしたんじゃなかったの?」
「これは緊急時に備えた予備だ。予備というのは非常事態に備えて保管するものだ」
「非常時イコールおやつタイムってことね」
完全に見抜かれている。反論の余地がない。
◆
軽妙なやりとりの後、本題に入る。
昨夜の敗北は確かに痛手だったが、ただ単純に負けたわけではない。刺青の男の部下たちの会話内容や組織的な行動パターンから、敵の計画に関するいくつかの重要な手掛かりを得ることができていた。
まず、奴らは「黒い風」という謎めいた符丁を頻繁に使っていた。会話の文脈から判断すると、どうやら物資や人員の大規模移動を示す組織内の暗号らしい。
次に、俺たちが偶然耳にした断片的な情報から、地図上の三カ所――港湾地区と昨夜襲撃された北区、そして西門近くの廃倉庫街が、何らかの形で彼らの重要な計画に深く関わっている可能性が極めて高い。
「廃倉庫街……あそこは確か今、人の出入りがほとんどないはずだ」
バルグが戦士らしい軍事的観点から分析する。
「逆に言えば、大規模な何かを人目につかずに隠すには絶好の場所ってことね」
リィナの冷静で的確な指摘に、俺も完全に同意した。
◆
効率的な情報収集のため、昼間はそれぞれ別行動で動くことにした。
バルグは古くからの傭兵仲間が集まる酒場で、軍事関連の噂や情報を詳しく探り出す。リィナは薬師仲間との人脈を活用して、物流や薬品流通の異常について調べる。俺は鷲の優れた視力を活かして高所から都市全体を見渡し、不自然な人や物の動きを監視する。
もちろん、その途中で偶然通りかかった評判の菓子屋に立ち寄ったのは、あくまで「地域住民への聞き込みの一環」である。
「聞き込みイコール店主に売れ筋商品について質問することじゃないでしょ」
夕方、約束の場所で合流した途端に、リィナから容赦ない鋭いツッコミを受けた。
◆
夜が深まり、宿の薄暗い部屋で三人分の貴重な情報を突き合わせる。
バルグの重要な報告――「黒い風」は二日後の夜に本格的に動き出す、という具体的な噂が複数の独立した情報筋から一致して出ている。
リィナの詳細な報告――西門近くの廃倉庫地区に、昼間の人目につく時間帯にも関わらず、黒装束の怪しい者たちが組織的に出入りしていることを複数の薬師仲間が目撃している。
そして俺の上空からの観察報告――港から西門にかけての広範囲で、大型の馬車隊列が夜間に何度も規則的に移動しているのを確認した。明らかに日常的な商業活動ではない。
三つの独立した情報が一つの線で繋がる。
黒羽同盟は二日後の夜、西門の廃倉庫地区を重要拠点として大規模な物資移動を実行する――それこそが謎の「黒い風」の正体だ。
◆
「二日後に何かが動くのはわかった。でも最終的な目的は何だ?」
バルグが戦術的な疑問を提起する。
「正確にはわからない。ただ、ヴァルメリア全体を混乱に陥れる規模の、相当大きな何かであることは間違いない」
この美しい都市と無数の市民を守るには、敵より先に行動するしかない。
二日後の夜、俺たちは西門廃倉庫街へ決死の潜入を敢行し、「黒い風」の真の正体を暴き出す――そう全員一致で決めた。
だが、この時の俺たちはまだ知る由もなかった。
その潜入作戦が、これまでの全ての戦いの中で最も危険で困難な戦いになることを。
そして、冷酷な刺青の男が周到に仕掛ける巧妙な罠の恐ろしい深さを。
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