空を翔ける鷲医者の異世界行診録

川原源明

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第7章

第54話 決戦前夜

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 港に降り立つと、ちょうどリィナとバルグが桟橋で待っていた。

 二人は俺の帰りを案じて、桟橋で見張りを続けていたようだ。夕陽が海面を照らし、港全体が金色に染まっている中で、俺の姿を見るなり、二人の表情が安堵と警戒に揺れる。

 無事な帰還に安心する一方で、俺の疲労した様子から任務の困難さを察しているのだろう。

「無事帰ってきたか……って、顔色悪くねぇか?」

「強制着水は?」

「だから墜落じゃないって!」

 この期に及んでもその話題を持ち出すリィナに、俺は条件反射で反論してしまう。息を切らしながらも、俺はすぐに本題へ入った。

 島で見た光景――隠し桟橋、汚染液製造工房、魔術を使った大量生産、崖下からの海への排出。そして厳重な警備と、洞窟内での製造工程。

 詳細な報告を行い、敵の規模と能力について包み隠さず伝える。情報の共有は作戦成功の鍵となるため、見たもの聞いたものを正確に伝達した。

 報告を聞くうち、リィナの眉間には深い皺が刻まれる。

 薬師としての彼女にとって、魔術を使った汚染物質の大量生産は深刻な脅威だ。その製造規模と技術レベルに、強い危機感を抱いているようだった。

 バルグは腕を組み、低く唸った。

「やっぱりあの島か……。単独じゃ厳しいな」

「正面突破は自殺行為よ。でも、汚染液の排出口を止めれば港は救える」

「ふむ……なら二手に分かれるしかねぇ」

 三人の意見が一致した。敵の規模を考えると、分散攻撃で対応を混乱させる戦術が最適だろう。

 三人で桟橋に広げた簡易地図に、俺が島の見取り図を描き込む。

 記憶を頼りに、できるだけ正確な配置を再現する。隠し桟橋の位置、崖上の工房、洞窟の入口、そして水車と排出口。警備の配置や地形の特徴も詳しく記録した。

「俺が上空から陽動する。矢でも魔術でも、全部こっちに向けさせる」

「じゃあ私は洞窟から内部へ侵入して、製造を止めるわ」

「おれは崖下の排出口をぶった切る。水車ごとぶっ壊してやる」

 役割は即決だった。

 各自の得意分野を活かし、同時に動くことで敵の対応を分散させる。俺の飛行能力で注意を引きつけ、その隙にリィナとバルグが重要な施設を破壊する作戦だ。

 問題は、出撃のタイミングだ。

 夜の方が目立たないが、暗闇では飛行の危険が増す。特に敵の魔術攻撃は暗闇でも正確で、回避が困難になる。昼なら視界はいいが、敵も警戒している。

 最適なタイミングを見つける必要があった。

「どうせ昼でも夜でも撃たれるなら、夕暮れがいい」

「……なんで?」

「腹が減ってる時間だから、敵の集中力が落ちる」

 真面目な顔で言った俺に、リィナは呆れ、バルグは吹き出した。

 確かに理由としては不真面目だが、実際のところ、食事時間は警備が手薄になる傾向がある。人間の生理的な要求は、どんな組織でも避けられない弱点だ。

「お前、どこまで食い意地張ってんだ」

「甘味を守るためだぞ」

「港町全員の命の方が優先よ!」

 リィナの正論に反論できず、俺は苦笑いを浮かべる。しかし、夕暮れ時の作戦実行は戦術的にも理にかなっている。視界と隠蔽性のバランスが取れた時間帯だからだ。

 結局、作戦は夕暮れ直前に決行することになった。

 その間、リィナは衛兵隊に協力を要請し、バルグは工具や爆薬を準備する。

 リィナは医療支援と後方援護を衛兵隊に依頼し、万が一の場合の救援体制も整えている。バルグは排出口破壊のための専用工具を調達し、爆薬の配置計画も練っていた。

 俺は翼の手入れと体力回復に専念――のはずが、差し入れのドライフルーツに手が止まらなかったのは内緒だ。

 戦闘前の栄養補給として合理化しているが、実際のところは単なる甘味への欲求だった。しかし、糖分補給は確実に体力回復に役立っている。

 準備を進める間、港町の住民たちは俺たちの活動を温かく見守ってくれている。感染症の脅威から守ってくれた恩に報いようと、食料や物資の提供を申し出る人も多い。

 町全体が俺たちを応援してくれているという実感が、戦いへの決意を一層強くしている。

 空は赤く染まり、波が金色に輝き始める。

 夕陽が海面を照らし、港町全体が美しい光に包まれている。平和で美しい光景だが、その向こうに待ち受ける戦いを思うと気持ちが引き締まる。

 その光景を背に、俺たちはいよいよ決戦の時を迎えようとしていた。

 リィナは最後の薬剤調合を完了し、バルグは武器の最終点検を終えている。俺も翼の状態を確認し、長時間の飛行戦闘に備えた。

「準備はいい?」

 リィナの問いかけに、俺とバルグが頷く。三人の結束は固く、どんな困難も乗り越えられるという確信がある。

 これまでの戦いで培った連携と信頼関係が、最後の戦いでも俺たちを支えてくれるはずだ。港町の平和を取り戻すために、俺たちは最後の戦いに臨む。

 夕陽が地平線に沈み始める中、決戦の時が近づいていた。黒羽同盟の野望を打ち砕き、港町に真の平和をもたらすために、俺たちは立ち上がる。

 海風が頬を撫で、翼が風を捉える。今夜の戦いが、すべてを決する最後の戦いになる。仲間と共に、必ず勝利を掴んでみせる。
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