7 / 33
7
しおりを挟む足音を忍ばせて見張りの目を盗み、城の裏口から素早く街へ駆けた。
ここで見つかっては言い訳のしようもないし、仮に本当のことを訴えたところで信じてもらえないだろう。ヤンダークが城の見張りを手中におさめていないはずがないのだから。
「なんで私が、こんなこと……」
ぼやいたところでなにも始まらないが、それでも不平をくちにせずにはいられなかった。
道をくだり、街に入ると、夜に入りかけたそこでは所々に優しい明かりが灯っている。
ある光は店から。またある光は住居から。
オレンジ色の明かりの向こうからは賑やかな声が響き、夕食の香りが漂ってくる。
その温かな光景は、城では決して見ることの出来ないものだった。ひとのぬくもりというものを感じ、ニアンナは胸が熱くなる心地を覚える。
「これが、街の暮らし……」
呟いて、己の状況を思い出した。
「っていうか、私……ご飯はどうすればいいんだろう」
建物の陰に隠れながら、ニアンナは数々の店を観察してみる。
「お金はあるけど……万が一、店で私の正体に感付かれたら厄介――か」
そう、問題はそこなのだ。
ガレディがすぐには帰ってこれない以上、変装して宿に宿泊するか、そうでなければ野宿するしか選択肢がない。食事に関しても、店員と接することになれば問題点は同様だ。
「ヤンダークのやつ……一発殴るくらいじゃ気が済まないな、あいつ」
呟き、ひとまず落ち着くために、適度な場所を探す。
周囲に目をやり、とある店の裏手で休ませてもらうことに決めた。そこは人通りも少なく、大きな通りからは死角になっている。
ずっと城で暮らしてきた自分の安心できる場所がひとの少ないところであるという事実にちょっとした皮肉を感じながら、ニアンナは荷物を置いて、腰をおろした。
「……さて、どうするべきか。おとなしくガレディが帰ってくるまで待つか、それとも城の人間に声かけてみるか……」
思考を巡らせるものの、ニアンナはすぐに首を振る。
「……でも、あいつのことだからなぁ。自分にとって都合のいい嘘を城中にバラまいてるに決まってるんだよね……」
押しつけられたバッグを横目に眺め、軽く眉をひそめた。
「荷物までわざわざ用意してるあたり、抜かりはないだろうし……。かといって、いつ戻ってくるかわからないガレディを待つのも――」
「あの……」
突如、背後から呼び掛けられたニアンナは、驚いて振り返る。
見れば、そこにはひとりの男性の姿があった。年齢は、四十前後といったところだろうか。
年齢のわりに、ひとなつこそうな面持ちをしているのが特徴的だった。癖のある黒髪が、そんな本人の愛嬌をいっそう強めている。
体付きはやや細身で、身長はガレディよりも少し低いくらいだった。ということは、百七十あたりである。
白いシャツに身を包んでおり、印象は「清潔」そのものだった。けれど、潔癖なわけではない。
2
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~
湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。
「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」
夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。
公爵である夫とから啖呵を切られたが。
翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。
地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。
「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。
一度、言った言葉を撤回するのは難しい。
そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。
徐々に距離を詰めていきましょう。
全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。
第二章から口説きまくり。
第四章で完結です。
第五章に番外編を追加しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる