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しおりを挟むニアンナのほうがずっと年下で、しかも姫である事実は伝えていないにもかかわらず、この律義さだった。
真面目なのか、天然なのか、それとも両方なのか。なんにせよ、話しているだけでこちらまでおっとりしてしまいそうな相手だった。
彼はなにかを思い出したように「あっ」と声を出す。
「名乗るのが遅れてごめんね。僕はナミア。好きに呼んでくれていいよ。君は?」
問われ、ニアンナは一瞬考えた。本名を告げて、果たして大丈夫なのだろうかと。
だが、見たところナミアはニアンナの顔を見ても姫とは感付いていない様子である。ならば、問題はないだろうか。
「ニアンナ……ニアンナです」
結果、ニアンナは素直に本名を伝えることを決めた。
「ニアンナちゃんか。可愛い名前だね」
「ナミアさんこそ、可愛い名前だと思いますけど」
嘘ではなく、わりかし率直な意見だった。
返すと、彼は顔をわずかに赤らめる。
「う……。ち、ちょっと気にしてるから、あんまりそういうこと……言わないで……」
どうやら、真面目さ以上に天然さが上回っている男性のようだった。反応がいちいち可愛い。
そうして、ふたりはさっそく店内へと移動する。
まだバーの開店前である店は、ふたり以外に誰もおらず、静かだった。姫である事実を知られるわけにはいかないニアンナにとって、これは有難い。
「なにか食べたいものはある? カフェのメニューにあるものなら、すぐに作れるけど」
言って、ナミアはメニューを手渡してきた。
受け取ってひらいてみると、中には写真付きで様々なメニューが紹介されている。
食事は基本的に城でとることが圧倒的に多いニアンナにとって、街の店のメニューというのはそれだけで新鮮なものだった。まるで絵本でも見るような気分になってしまう。
そこで、ある一品がとくにニアンナの目を引いた。トマトの赤さが鮮やかなパスタである。
「……あの、このパスタは……」
そのメニューを指さして、ニアンナはナミアを窺う。と、彼は笑顔で首肯した。
「うん、大丈夫。作れるよ。それにする?」
「は、はい」
「じゃあ今から作るから、ちょっと待っててね」
告げると、彼は調理場で支度を始める。
相手を眺めてから、ニアンナは視線を店内にも巡らせた。
この街の店に入るのは、正真正銘、これが初めてである。
店には写真や植物が飾られており、おしゃれでありながらも落ち着いた空間を演出していた。
思い返してみると、自分の国にいたときも、街の店に入る機会はめったになかった。そして、それは姫という立場上、仕方のないことでもある。
外出するときにはお供の者は必須であったし、なにか欲しいものがあっても、それはすぐに城へと届けられた。どこかへ出かける機会そのものが、少なかったと言える。
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