【R18】婚約破棄されたらおっとり系アラフォーを攻めることになりまして

チーズたると

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 それは、便利ではあった――のだろう。しかし、ニアンナはいくらかの寂しさを覚えていた。

 気軽に店に入り、それを親しい誰かと楽しむ経験。そういったものに、ニアンナは憧れていたのである。

 財があれば、たしかにある程度のものは手に入るだろう。しかし、経験というものは、そう簡単に購入できるものではない。いくら金貨を積もうが宝石を並べようが、買えないものはたしかに存在するのだ。

 それを痛感するが故に、今この瞬間がニアンナには新鮮だった。

 しばらくすると、トレーに料理の入った皿と水の入ったグラスを乗せたナミアが戻ってきた。

「くちに合うといいんだけど」

 トレイがテーブルに置かれた瞬間、よい香りがニアンナの鼻腔をくすぐる。

 どうしてそう感じたのかは自分でもわからないが、なんだか無性に――温かい匂いだと、感じた。城にいる限りはなかなか知りえないであろう温かいなにかが、そこには確かに存在した。

「い、いただきます……」

 フォークを手に取り、さっそくひとくち食べると、純朴な味に感激する思いがする。きっとこの味も、街でないと決して味わえないものなのだろう。
 この場所で、この料理を食べて初めて、この感覚は得られるのだ。きっと。

「……おいしい……」

 我知らず呟けば、隣でナミアが微笑んだ。

 本当に、妙な安心感を醸し出しているひとだと思う。甘えたくなってしまう感情を抑えて、ニアンナは訊いた。

「あの、ナミアさんは、いつ頃からこのお店を……?」

「ああ、僕は……そうだなぁ。もう十年くらいになるのかなぁ。もともとは父さんのお店だったのを、僕が引き継いだんだよ」

「十年……そんなに……」

 店自体にも漂う安心感は、その年数が生み出しているものなのかもしれない。
 彼が小さく笑みを含みながら続けた。

「父さん、ちょっと子供っぽいひとでね。オモチャとかイタズラとか、そういうのが好きなタイプだったから、僕も母さんも大変で――」

 そんな話を遮るふうに、突如、店のドアが外側からノックされた。
 話を中断し、ナミアは店内の掛け時計を見やる。

「……まだ開店の時間じゃないんだけどな」

 呟き、彼は足を扉に進めた。次いで、ドアの向こうの相手へ返事をする。

「はーい。あの、すみません。開店までもう少し――」
「俺だよ!」

 ニアンナにとって聞き覚えのある声が、ナミアの台詞を掻き消した。
 反射的に顔を顰めたニアンナに対し、ナミアは小首を傾げて応じる。

「……あの、どちら様でしょうか」

「ふふふ、そんなに俺のことが知りたいんだね。だったら、答えないわけにはいかないなぁ。俺はそう、この国の王の長男であり、美の化身。毎朝、鏡を見るたびに自分ですら驚くほどの美貌の持ち主……。きっと、前世は妖精かなにかだったに違いない。ちなみにマイブームは筋トレ。何故かって? それは、夜に君を満足させるため――」

「王子、恋しい相手との会話に張り切るお気持ちはわかりますが、今は鎮まりください」

「ん、ああ、すまない。テンションが上がってしまった」

 永遠に続くかと思われた長い言葉を、同じくドアの向こうの誰かが遮った。

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