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しおりを挟む「王子、どうなされました」
「ん? いや……この壁が、なんか……」
戻ってきたのはヤンダークらしかった。おまけに運の悪いことに、壁の隠し扉に違和感を覚えているらしい。
ニアンナとナミアは心臓の鼓動を速めながら、冷や汗を流す。
もしヤンダークに見つかってしまえば、ナミアはただでは済まないだろう。催淫効果のある煙をなんの躊躇もなく使った男だ。再びナミアにそういったものを使用する可能性だって、充分に考えられる。
さらに、ナミアがニアンナと共に逃げたと知れば、彼は確実にニアンナに八つ当たりをするだろう。それも、子供の無邪気さと残酷さに王子の権力を掛け合わせた、大変たちの悪い八つ当たりを。
ニアンナがナミアと出会ったのは偶然だと主張したところで、絶対に信じてもらえない自信もあった。ヤンダークは、そういう男なのだ。
それなのに、今のふたりには物音をたてないよう、じっとしていることしか出来ない。悔しさに、ニアンナは奥歯を強く噛む。
だが、ニアンナ以上に不安でたまらないのはナミアだろう。なにせ、言葉も交わしたことのない王子が突然告白をしに訪れたばかりでなく、催淫効果のある煙まで使ってきたのだ。相手が冗談などではないことは、本人が痛いほど理解している。
そんな王子に――国の権力者である男に捕まれば、どうなるのか。考えなくともわかるというものだった。
不安そうにじっとしているナミアの手を、ニアンナはぎゅっと握る。と、目をしばたたいた彼が、そっと手を握り返してきた。
緊張からか、ナミアの指先は冷たい。それだけで、ニアンナはヤンダークに対して大きな怒りを覚えた。
ヤンダークの足音が、着実に近付いてくる。
ニアンナとナミアの手が、固く結びついた。
冷や汗に、背中がじっとりと濡れる。
――その刹那、ヤンダークを止める声が響いた。
「王子、こんなところでなにをしておられるのです」
聞き覚えのある声だった。ヤンダークが「げっ」と、あからさまに嫌そうな声音を返す。
彼は継いだ。
「お前……ガレディじゃないか。お、お前のほうこそ、なんでここにいるんだ? 俺はお前に、数日は掛かる任務を与えたはずだぞ」
「おや、あの程度の仕事に数日を掛ける男だと思われていたなんて……少しばかり、心外ですね」
そう、その声の主はヤンダークが指摘した通り、ニアンナが城の中でもっとも信頼する家臣である――ガレディだった。
しかし、彼はヤンダークの企みで緊急任務を与えられていたはずである。まさか、本当に一日で帰ってきてしまったのだろうか。
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