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28.威圧の鬼
しおりを挟む「こんなところで油売って何をしているのですかジョージ衛生管理長。この時間は遠征時の調査報告を団長にしにいく予定だったはずです」
「い、今から行くところだったんだ。何やら新人が入ったみたいだってもんだからちょっとだけ顔でも見に……」
「……本当、ですか?」
獣の如くギラッと光らせる眼。
その威圧感が伝染して俺まで身震いするほどだった。
てかさっきまでアゲアゲだったジョージが押されている……
この人は一体……?
「では行きますよ衛生管理長。団長がお待ちしています」
「わ……分かった。また会おう、少年」
ジョージは少し不本意な表情を浮かべながら、その女性の後を追うように去っていく。
にしても、さっきまでの熱い勢いはどこに置いてきたのかという落ち着きぶり。
ジョージのインパクトも大概だなとは思ったが、あの女の人も中々のものだった。
「――すげぇ、さすがはリベル様だな」
「――ああ、あのジョージが手も足も出ないなんて……」
「――さすがは規律の鬼とか威圧の鬼って言われるだけあるぜ」
「――でも美人だよなぁ……厳しいけど」
あちらこちらからヒソヒソと聞こえてくる会話。
やはりあの女の人も只者じゃない様子。
だってもう存在感が周りの人間と違ったし、強者のオーラが前面に出ていた。
正直、敵に回したくないレベルだ。
(騎士団にはあんな人もいるんだな……)
と、ここでふとクロックを見ると次なる仕事の時間が迫っていた。
俺はアリシアにしごかれてヘトヘトな身体を起き上がらせ、午後の仕事へと移る。
「えっと、次は城内の清掃か……」
移動し、任されたエリアの清掃を行おうと、モップやら雑巾やらを清掃用倉庫から持ってくる。
「これも騎士の仕事か。なんだか軍にいた時を思い出すな」
あの時も訓練の一環として施設内を一日かけて綺麗にしたっけ。
当時の教官曰く、清掃を完璧にこなすということは身も心も綺麗にすることに繋がる、とのこと。
でもあの時は清掃一つですら過酷さを極めていたので、身も心も綺麗にするというよりは煩悩や邪心を取り払うと言った方が適当と言える。
まぁある意味、心は綺麗にはなっているけど……
「……ふぅ、あと一往復で終わりだな……ん?」
外も段々茜色に染まり、そろそろ清掃が終わるといった時だった。
(あれ、あの人……)
前方から歩いてくる一人の女性。
黒のバインダーを片手に持ち、その凄まじい目力を向けて、こちらに向かってくる。
確か名前はリベルと言ったか?
あのジョージを一瞬にしてねじ伏せたくらいだから凄く印象に残っていた。
段々距離が近くなる。
それにしてもこの緊張感は何なのだろうか……
別に声を掛けられたわけでもないのになんだかゾクゾクする。
(恐怖……? いや違うな)
よく分からない感情が渦巻き、困惑する。
(と、とりあえず目線を合わせないようにしよう……)
一生懸命清掃をしているフリをしつつ、身体を反転。
彼女と目を合わせないように処置を取る。
(よ、よし……これでうまくすれ違えば……)
俺の背後をコツコツと歩く音。
どうやら上手く目を合わさずにすれ違えたようだ。
(ふぅ……何とか誤魔化せたか……)
と、思ったその時だった。
彼女はすれ違った直後の場所でピタリと足を止め、
「あの、一つよろしいでしょうか?」
「……え?」
身体を正面に戻そうとした途端、後ろから声がかかるのを確認。
まさかと思って振り向くと、そこには例の女性がこちらを向き、何かを問おうとしていた。
(え、なに!? どういうこと!?)
もしかして演技しているのがバレたのか? いや……そんなはずはない。
だって演技は完璧だったはず――
でも仮にバレていたとしたらとんでもないことだ。
確実に叱責をくらう。
だったらそうなる前に――
「あなた、ゼナリオさんですね?」
「ご、ごめんなさ……え?」
謝ろうとした瞬間、俺の名を呼び、確認を取る彼女。
俺は何が何だか分からない状態でありながらも、何とか話を繋げる。
「そ、そうですが……それが何か?」
「やはりそうでしたか。ようやく見つけましたよ」
やはり……? ようやく見つけた?
(この人……俺を探していたのか?)
いやいや、何で俺なんかを探しに? まさか俺、なんかやらかしたか?
脳内での情報を整理できず、少々混乱に陥る。
でも決して顔には出さず、内面パニック状態でも見てくれだけは何とか維持していた。
「あ、あの……俺を探しているとはどういうことでしょうか?」
内面落ち着きがなくとも、とにかく口を動かして返答。
だが彼女は一変たりとも表情を変えず、鋭い目つきに潤いのない眼差しを向けてこう話す。
「それは後々話そうと思っています。お手数をおかけしますが、終業後に指令室へお越しいただけませんか?」
「し、指令室?」
「北棟の端にある大部屋です。そこで、貴方にお話したいことがあります」
お話したいこと? それってなに!
いきなり声を掛けてきて、話があるから来いって……一体何がどうなってんだ?
「では……お待ちしておりますね」
彼女はそれだけ述べると、スタスタと去って行った。
そして彼女がいなくなると、脳内で暴れまわっていた情報が整理され、徐々に落ち着きを取り戻す。
だが――
「はぁ、一体何をやらかしたんだろう。俺……」
難は去ったが、気持ちのすり減りは思った以上に激しいゼナリオだった。
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