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悪霊と貴族と

自殺行為

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 彼女達は息が合ったかのように、ジャンヌの魔法に関する知識の危険性を僕にといた。
 僕も一応は納得したように引き下がったが、内心納得はできていない。ただ、チーム内で少数派になることの危険性を知っている。『学校』では、そのことについて嫌というほど教えられた。

「そうなんだ……」

 僕は嫌な思い出があたまをよぎり、彼女たちに向けて嘘くさい笑みをこぼした。アルは若干違和感を感じたのか、少しだけ首をかしげ、僕の顔をまじまじと見つめる。
 そうして、アルは僕を少しだけ見た後、何事もなかったかのように再び目をそらした。
 彼女は僕のことをよく知っているからこそ、そのようにしたのだろう。それはある意味仕方のないことである。
 そんな僕たちの空気をものともしないジャンヌは、僕たち二人に向けてある提案をする。

「今日から、怪盗をしましょう」

 本日二度目ではあるが、今一番シビアなところだろう。
 アルは一応は僕が怪盗になることを認めてくれたものの、まだ内心ではどう思っているかはわからない。それになにより、ジャンヌはまだ信用に値しない。
 こんなチームで怪盗チームなんてうまくいくとは到底思えないのだ。

「……今日?」

 僕の思考に呼応するように、アルが気のない声でそうつぶやいた。
 そりゃそうだ。あんなことがあった後だし、怪盗に乗り気ではないだろう。ここ最近は彼女ひとりでも怪盗として活躍していないみたいだし。僕が最初に話題を振った時だって、彼女は少しだけ嫌な顔をしていた気がする。

「先ほども言いましたが、ようやく準備が整ったのです」

 屈託のない笑みで、まるで子供のようにジャンヌはうれしそうにそう話す。
 彼女のいう『準備』とやらはわからないが、ともかくアルの心の準備ができていないのは確かだろう。そんな状態でうまくいくはずがない。
 つまりは、僕にとっても準備不足だといわざる負えないのが現実だ。

「僕たちは準備なんてできてないよ」

 ため息交じりとまではいかないが、僕はほんのわずかだが息を吐いた。
 おそらくだが、ジャンヌは僕の言葉ごときでは自分の意見を下げないだろうからだ。彼女は完璧にして、潔癖にして、絶壁だ。つまりはエリートで細かい計画とか立てて動けるけど、胸がないということである。それと、意見を変えないことにどう関係があるのかというと、特に別に関係なんてないんだけど――意味がないというわけではない。
 彼女は表面上は丁寧で、優しくて、穏やかだ。しかし、ある意味ではかなりエゴイストだともいえる。僕たちの意見をまるまる無視して、怪盗団としてチームを組んだことからもそれがわかる。
 僕たちはきっと、彼女にとって都合のいい道具なのだ。

「そうですか……でも大丈夫ですよ。なせば成る、なさねばならない……動くなら早めにです!」

 僕の意見は正しかった。彼女がその提案をした……いや、思いついた時点でそれは決定事項だったのだ。僕はおろか、アルにすら意見を変えられないだろう。それが、たった数日の間に感じた彼女に対する印象だ。僕はあまり意思を押し付けられるような精神を持っていないから彼女に押し切られるのはそう難しいことでもないだろうが、アルはそうではない。アルはかなり我が強い。だからこそ、自分の意見を僕に押し付けることができて、僕はそれに身を任せることができる。だが、首が二つある蛇は何とやら――このままではいいことなんてないだろう。
 アルはそんなに我慢強いほうではない。むしろ喧嘩するのも早いし、仲良くなるのも早い。だからこそ、二人は会わないのではないか、なんてことを僕は考えていた。

「いいわよ……」

 アルは、やる気がなさそうにつぶやいた。
 意外な返事で僕は驚いた。驚いたという表現にはいささか御幣があるかもしれないが、とにかくそれに近い感情を抱かされた。

「いいの?」

 僕は思わず問い返す。

「だって、今日の彼女からはそこまで嘘くさい感じがしないもの」

 そんな主観的なことを言われても、僕にはわからないが彼女がいいというのだ。僕がそれを否定するのもおかしいだろう。
 僕だって、いつまでもこのままではよくないだろうし、少しぐらい怪盗というものを知っておくべきかもしれない。
 ともかく、アルの言葉にジャンヌは満足したのか再び口を開く。

「では――」
「――でも一つだけ条件がある」

 ジャンヌの言葉を遮るように、アルは右の人差し指を立てる。
 それを見てあっけらかんとしているジャンヌをほっておいて、アルは続けて話し始めた。

「ジャンヌ……あなたは手を出さないでもらえるかしら?」

 そういわれて、ジャンヌは不敵な笑みを浮かべる。
 僕からしてみればおかしな話だが、ジャンヌにとっては別段危惧することでもないらしい。それは彼女の言葉を聞けば容易にわかるだろう。僕は聞かなくても彼女のうれしそうな顔を見ればわかった。

「ええ、もとよりそのつもりですし、私が現場に出るなんて自殺行為でしょう?」

 当たり前だ、彼女は国中で顔が割れている。少しでも顔を見られたアウトだ。しかも、怪盗するということは彼女は敵に回るというのが前提だろう。なぜなら、彼女は警務課の人間なのだから、もちろん警務課の人間にしてみれば長らく一緒に働いた仲間で、顔を少し見れば判別できるだろう。
 そんな中で、彼女だけ警務を怠り僕たちとともに行動するのは自殺行為でしかない。言われるまでもなく、誰にだってそんな当たり前のことはわかるだろう。
 だからこそ、僕は彼女をあまり信用できていない。
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