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悪霊と貴族と

絶体絶命

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「――それで、どうするんだ?」

 永い眠りから覚めるように、夢のような出来事もいつかは終わりが来ることを思い知らされた僕は、これからの行動をアルに尋ねる。
 成り行きをありのままというのもありだが、今の絶体絶命的な状況下においてそんな精神的余裕もない。
 アルもこういった場面に遭遇するのはめずらしいようで、今回ばかりは動揺している。

「流石に今までとは違う……警備状況が普通じゃない!」

 そんなことは言われるまでもなく僕にだってわかる。
 物陰に隠れる僕たちを探しているわけではないだろうに、先ほどから、壁の向こう側で複数人が右往左往しているような足音が幾度となく耳に入る。
 悪霊を相手取るということがどれほど大変なことなのか、こんなにも早く思い知らされることになるとは思ってもみなかった。ただそれだけに、今回のように練習できてよかったといえなくもないが、さすがにジャンヌが恨めしい。

「そもそも、あの人はどうして最初の怪盗にここを選んだんだろう……」

 初心者には厳しい状況で、いうなれば基礎を知らずに応用の勉強を始めるがごとく不毛な選択だと言わざるを得ない。
 僕にだって選ぶ権利はあるだろうに、これじゃあ最初から絶体絶命だ。

「違うわ……以前、ここを訪れたときはこれほどではなかった」
「それってつまり、ジャン――が嘘の情報を僕らに教えたってこと?」

 ここを訪れる前に、ジャンヌやアルと一緒に考えたコードネームのことを思い出して、僕は間一髪のところで、本名を言わずに止める。コードネームでは、僕は『フランシス』、アルは『アルセーヌ』、ジャンヌは『ジャン』となっている。あまりひねりのないものだが、それでも少しぐらいは誤魔化せるだろうということだ。
 そんなことを提案した彼女が、裏切るなんてことは理にかなわないことだということを僕はよく理解している。ジャンヌが僕たちを裏切るつもりなら、そもそも組む必要性もないといわけで、今のタイミングで裏切る必要性が感じられない。
 アルだって、僕の考えと同じだろう。いくら、ジャンヌがもと敵とはいえ、こんなくだらない嘘をつかないことぐらいは何となくわかっているだろう。
 ジャンヌは表面上は優しい性格をしている。だからこそ、彼女はこんな裏切り方をするはずがない。

「……わからない。けど、ここで裏切る意味もわからないし、嘘をつく理由もわからない。もしかしたら、何かしらの理由があるのかもしれないけど、今はそれよりも重要なことがあるでしょう?」

 アルのその言葉に、僕は大きくうなずく。

「この状況をどう打破するかだね」

 アルには数多くのくだらない魔法たちと、アルの父方の家が代々引き継いできた魔法があるし、僕にも家の魔法がある。
 残念ながら、アルが本来持つ家の魔法は使いどころではないが、僕の魔法は使いようによってはこの状況を、この超緊張状態から抜け出す手段足りえるかもしれない。そんな確信とまではいかないが、そう思えるほどの余裕は持ち合わせていた。

「わかっていると思うけど、私の俊敏の魔法は使えない」
「知っているよ……でも、僕の変装魔法は使えるはずだ」

 先ほども言った通り、アルの家魔法である俊敏の魔法は、このような狭い空間においては役に立たない。その代り、僕の魔法はこのような広くない場所でのみ使うことができる。
 だが、『変装』魔法なんていう名前ではあるものの、実のところあまり便利な魔法ではない。

「本気?」

 彼女がそういうのも無理はない。僕だって、本当はこのようなところで使うのは、本来の使い道とは違うし、本意ではない。しかし、今一刻の猶予もないタイミングで、アルの持つ魔法たちの使い方を考えている暇などないのだ。
 いつ、ここに僕たちがいることがばれるかもしれない。そして、この場所には窓もないし、ドアも残念なことに一つしかない。
 時間さえあればどうとでもなるのだろうが、相手方の魔法使いによって僕たちの居場所は間もなく探知されるだろう。
――ああ、もう少し考えてから行動するべきだった。でも、僕よりも冷静なアルが大丈夫そうだったから、僕も甘く考えてしまったのだろう。『後悔先に立たず、考えるよりも先に行動しろ』か……これからは先に考えることにしよう。
 僕がそう思うのも無理はない。
 ちょうど二時間ほど前のジャンヌが僕の家を訪れるというイベントさえなければ、アルと僕の二人で話し合うことだってできたはずだ。彼女が『今日から、怪盗をしましょう』なんて言わなければ……考えれば考えるほど、ネガティブになってしまう。
 しかし、彼女、ジャンヌから聞いたもう一つの言葉を思い出して、僕は音を立てないように立ち上がった。彼女曰く、今日盗む魔法は、今日でなければ盗めない魔法らしい。それを聞いて黙っているわけにもいかないだろう。魔法愛好家として、僕は何としてもその魔法を手に入れなければならない。

「本気だよ」

 僕は小さく拳を握りしめて、彼女に見えないようにガッツポーズをした。
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