そとづら悪魔とビビりな天使〜本音を隠す者たち〜

エツハシフラク

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越方 しおん(エツカタ シオン)

1:初恋と余計なお世話

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 教師が嫌いだ。大嫌いだ。
 何が『生徒を守るのが私たちの役目』『生徒の幸せが私たちの幸せ』だよ。結局自分の保身ばかりじゃないか。
 ここまで悲観的になるのは、地元の中学に入学してすぐのころに遡る。
 原因は……いじめ。いや、『いじめなんて名称もつかない現象』……と言った方が正しいだろう。
 私は学校生活から逃げたのだ。ひとつの教室に人が密集することに耐えられなくて。学生なら当たり前? わかってるよ、そんなの。ただ、当時の私は自分のことで精一杯だった。
 親に全てを伝え、担任に保健室登校の許可を得るため母親と職員室に出向く。しかしそこで失敗だったのは、仕事の都合で先に母親が学校を後にしてしまったのだ。そこで担任に言われたひとことは今でも脳裏に焼き付いている。

「保健室登校なんてしてもお前のためにならないだろ?」

 母親がもしもこのとき、そばにいてくれたら間違いなく発言しなかっただろう。苦しくて、自分ではどうにもできなくて、藁にもすがる思いで相談したのにこんな仕打ちあるのか? それにお前には子どもがいるそうだが、どうせその子どもが私と同じ相談したら隔離させるんだろう?   不快にさせた生徒を間引くんだろう?
 世の中は理不尽。中学二年ながらそう思ってしまった。
 兎にも角にも一年ほど保健室登校をして卒業した。その中の唯一の生きがいといえば部活動。吹奏楽部だった。蒸し風呂のような夏休みの体育館で、太鼓を打ち鳴らした快感は忘れられない。
 親の勧めで特待制度があるという私立高校を受験した。学力に自信はあったものの死ぬ物狂いで努力した。そして三月、宣言通り合格したのだ。
 環境を変えれば、私も友だちと一緒に放課後カラオケに行ったりスムージー飲んだりして、充実した高校生ライフを送れる……そう思っていた。



……


『人を好きになると世界が輝いて見える』

 そんなことが立ち読みしていたファッション雑誌に書いてあった。その隣のページには『胸キュンエピソード』とやらがいくつか紹介されていた。壁ドン、あごクイねぇ……俗にいう『ただしイケメンに限る』ってやつじゃないかなぁ。何も意識していない人からそんなことされても迷惑なだけだと思うんだけど。
 恋ねぇ……私にはよくわからないや。

 そんなことを考えていた半年前の自分を殴ってやりたい。恋なんて突然始まり世界が輝くどころか虹色じゃないか。
 新入生歓迎会の部活動紹介でトリを飾ったバスケ部。スポーツ推薦で入学した一年生二人と二年生二人が、デモンストレーションとしてハーフコートで試合をする。四人のうち三人が黒髪か濃い茶髪に対して一際目立つ金髪の少年。一年五組の磯貝いそがい文仁ふみひとくん。全校生徒の前で名前を叫んでいたから覚えてしまった。
 危機的状況に追い込まれながらも、笑顔で試合を楽しむその姿に目を奪われた。
 しかし舞い上がっているのも束の間、私は急に意識を失いその場で倒れてしまったのだ。

 ふと目を覚ますと保健室のベッドで眠っていた。誰かが担架で運んでくれたのかな。またやっちゃった……
 私は貧血を起こしやすく、過去にも何度か人前で倒れてしまい救急車で病院に搬送されたことがある。今日はまだ保健室だけで済んで良かった方か……?
 ゆっくり身体を起こすとまだ頭がふらつく。

「あの……誰かいますか?」

 今朝以来会話をしていないのでかなり声が掠れていた。
 正直寝ていたかったが、ベッド全体をグルリと一周させたカーテンで視界を遮られ、この世に取り残されたような気分が嫌だったのだ。
 私の呼びかけに気づいたのか、白衣を着た四十代くらいの女性養護教諭がカーテンを少し空けて顔を覗かせる。メガネをかけていないから輪郭くらいしか認識できないけど。

「おはよう。気分どう?」
「あ、はい。すみません、お騒がせしました」

 軽くお辞儀をすると再びめまいがして俯いてしまう。

「無理しなくて大丈夫よ。たぶん貧血ね。念のため親御さんに連絡するけど良い?」
「そうですね。まだ頭が重いので助かります」
「じゃあ、電話してくるね。ちょっと席はずすけどすぐ戻るから」

 そう言うと先生は顔を引きサッとカーテンを隙間のないように閉じた。また閉じ込められてしまったが、声をかけてもらった安心感でさっきほどソワソワせずに済みそうだ。
 あんな先生が中学のころの担任だったら良かったのに……
 頭を触ってみるとポニーテールがグシャグシャに乱れている。まとめたゴムを解き、降ろした状態にして再びベッドに横になり目を閉じた。



……


 翌日。母が六時半に私を起こすので寝ぼけ眼のまま居間へと向かう。ダイニングテーブルに用意された朝食のメニューを見て眠気が吹き飛んでしまった。
 もう貧血にならないようにとご飯、豆腐のみそ汁、玉子焼き、海藻サラダ、あと……レバニラ? レバーは苦手なのだが用意してもらった手前しっかりと食べる。

 七時過ぎ。忘れ物がないことを確認したあと家を出る。

「いってらっしゃい!   今日ずっと家にいるから何かあったら連絡してよ」
「わかったわかった。いってきます」

 玄関前で母に見送られドアを閉めた。昨日は急な学校からの電話で驚かせて申し訳なかったと反省する。自宅のある吉祥寺から学校まで電車で一時間かかる距離な上、『毎回呼び出されるこっちの身にもなってよ』と小言を言われてしまったからには気をつけなければならない。
 一応病院に行って異常なかったし平穏に過ごせたら御の字だ。
 あと……磯貝くんのこと。私は一組で彼は五組。教室が端っこと端っこで、あまり関わらないかもしれないけどひと目でも見れたらいいな。

 八時。満員ではないが、座席が全て埋まっている中途半端な混み具合の電車に揺られ学校に着く。
 この学校は変わっていて一年は三階、二年は二階、三年は一階に教室があり、生徒への配慮なのか一組と五組それぞれの端に階段がある。
 教室に入ると、七割ほど集まっているクラスメイトが会話やスマホのネットサーフィンを辞め、一斉に私の方を見た。『おはよう』と言うわけでもなく一瞥する。

「お、おはよう……」

 しびれを切らして私から声をかけるが、その言葉に応答せず各々の行動を再開した。昨日、全校生徒の前で倒れたからそれを気にしているのかな……
 クエスチョンマークを浮かべながら自分の席に座る。『越方えつかた』なので通路側一番端の前から二番目だ。

「ねぇ、ちょっといい?」

 鞄から文庫本を取り出そうとしていると、後ろから声をかけられた。
 見上げるように振り向くと、スクールカースト上位のカレンとサラがそこにいた。小さい女の子が遊ぶビニール人形のような髪色にピアス、派手な化粧で『ギャル』という名称にふさわしい。おまけに甘ったるい香水をつけているものだから、咳き込むのを必死にガマンする。校則はあってないようなものなので、好き放題な格好をしている。つまり私と正反対な人たち。
 何も答えないので、苛立ったように自分のスマホの画面を至近距離で見せてきた。ゴテゴテなデコレーションを施したケースと爪に驚きながらも確認する。
 それが何の画像かと認識した瞬間、目を丸くし冷や汗が滝のように溢れる。百面相のようにコロコロと表情を変える様子はさぞかし滑稽だったことだろう。



 私が真黒くんにお姫様抱っこされている……



 タイミングが良いのか悪いのかホームルーム開始のチャイムが鳴った。

「このことで話があるからLINE送るねー」
「既読スルー禁止だよー」

 そういうと女子二人は自分の席に向かう。
 入学式のあとノリで連絡先交換するんじゃなかった。結局やり取りしたのはその時だけだったし。
 少しして来た担任が顔色の悪い私を見て、体調不良を心配されたが取り繕いことなきを得た。またいらない心配をかけたらたまったもんじゃない。

 進学校らしく授業中でのスマホ操作は禁止されている。もし見ようものなら反省文と一週間のトイレ掃除が待っているらしい。流石に貴重な放課後の時間を無駄にしたくないからかLINEの着信が鳴ることはなかった。

 何とか午前が終わり昼休み。その瞬間通知。いつの間にかグループ組まれてるし。拒否することもできるが、断ったあとが怖いので渋々『参加』の表示をタップする。

 サラ :『王子様の抱っこはどうだった?』

 椅子に座ったまま周りを見渡す。
 例の2人がいないので学食か中庭か屋上か。メッセージを読んであたふたしている私を想像して笑っているに違いない。悪趣味でムカつく。

 シオン:『気絶していたから覚えてないよ』

 送ったそばから表示される既読。一緒にいるのにスマホふたりとも見てるってこと?

 サラ :『嘘』
    :『周り騒がしかったもん』
 シオン:『嘘じゃない』
 カレン:『まぁまぁ』
    :『真黒くんにちゃんと聞いたし』
    :『信じてあげようよ』
    :『妬んでるわけじゃないから』
    :『しおんちゃんの恋を叶えたくて』

 人の許可もないのに『ちゃん』付けかい。
 ……ん? 恋?

 シオン:『どういうこと?』
 カレン:『どういうってそのままだけど』
 サラ :『好きになっちゃうでしょ』
    :『あんなことされたら』
 シオン:『話聞いて!』
 サラ :『照れなくてもわかってるから』

 ダメだ……会話にならない。こういうのって他人のためというより自己満足なのでは。

 カレン:『じゃ、またね』

 返事をする気も起こらなくなり、うなだれたまま昼食のサンドイッチに手を付ける。大好物の照り焼きサンドなのに味がしない……



……


 いじめとも呼べない奇妙な関係のまま一ヶ月が過ぎようとした五月。中学と違い、あからさまな行動をしてこないふたりにモヤモヤしながら登校を続けている。
 苦手な体育の時間励ましてくれることだけは嬉しかった。でも好きでもない男と話題に加わるのはキツいものがある。真黒くんも真黒くんで、冗談を交えながらニコニコするのも気に食わない。
 あからさまにこっちが戸惑っているんだから『無理させないで』って言ってほしいものだけど。強く言えない自分にもイライラする。


 放課後の体育館、校庭側の開け放たれた入り口からバスケをしている磯貝くんを見て鬱々とした気持ちをリセットする。
 スポーツ推薦組のパフォーマンスのあとに入部する人がいるのかと疑問だったが、むしろそれに感化され同じクラスの沢村くんが意気揚々と届けを出し、今ではちょっとした有名人だ。『奏介』という名前の通り、爽やかな風貌で真黒くんに次いでの人気らしい。
 その三人を含む一年が筋トレしている。キラキラ輝いていてうらやましい。

 ふと現実に戻ると山のような通知がスマホの画面に映し出される。ガマンの限界がきたらはっきりと嫌と言おう。
 ザッと読みながら下へスクロールしていく。一番最後の発言を読んだときピタリと私の思考は停止した。



 カレン:『あ、既読ついた』
    :『しおんちゃん!』
    :『明日真黒くんに告りなよ!』
    :『セッティングはこっちに任せて』




 ……マジ?
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