そとづら悪魔とビビりな天使〜本音を隠す者たち〜

エツハシフラク

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越方 しおん(エツカタ シオン)

2:敵意と感謝

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 真黒くんへ 今日の放課後体育館裏に来て下さい。お話ししたいことがあります。 一組 越方


 翌朝、カレンからラブレターなるものを見せてもらい、ベタな文面で内心笑ってしまった。最近自分の周りで聞く告白ってLINE通話とかメッセージでするイメージがあったのに。まぁ、母親くらいの年代だったら面と向かってするのが当たり前だったらしいけど。

「これ、真黒くんの下駄箱に入れてくるね。ファイト!」

 意気揚々と手紙をセッティングするというふたり。心底どうでもいい。校内屈指のイケメンにこんなガリ勉一本縛りメガネ釣り合うはずないもの。気負いしないでさっさと片付けることに集中する。



……


 放課後。彼はまだ来ていなかった。砂埃が風に舞う体育館裏。西日により空は明るくてもその場所だけ薄暗い。
 言い出しっぺのふたりは用事とのことで先に帰ってしまった。代わりにと、長いものに巻かれるタイプのマホとカコが見守ることに。カバンを持つと言われたので素直に手渡す。
 そのやりとりをしている間に、主役である王子様が現れ彼と対面する形をとる。
 取り巻きたちは体育館出入口のすぐそばで様子を見ていた。この野次馬が。

「話って何? どうしたの?」

 慣れてるとでもいうように彼から話かけてきた。はいはい、言いますよっと。

「あの……付き合って下さい」

 声が震えた。ひと言で済ませたがこの震えは演技じゃない。自分の気持ちを裏切っているから怖かったんだ。
 答えはわかりきっていたが言葉を待つ。




「ゴメン。今は誰とも付き合うつもりはないんだ」



 そうでしょうね。私だってあなたと付き合いたくありませんから。上部だけの言葉を並べるのも腹立たしい。せめてもの抵抗で『好き』と言っていない。
 体育館からボールの弾む音と応援が聞こえる。今ごろ磯貝くんが部活をしている様子を見て気持ちをリセットしてから帰るのに。
 情けなくて涙が出てくる。しかし、この男に見せたくないので必死に堪える。

「大丈夫。ただ、気持ちを伝えたかっただけだから」
「本当にゴメンね。ありがとう」

 みじめだ。フラれてかわいそうな女だと同情しないでほしい。
 あらかじめLINEで聞くよう送られていた要件を思い出す。

「ねぇ。ひとつだけ聞いてもいい?」
「何?」
「どうして真黒くんはモテるのに誰とも付き合わないの?」
「本当に好きになった人しか付き合いたくないからかな」

 彼がオレンジ色に色づき始めた空を見上げる。こいつは自分に酔っているのか? 噂だと小学生のころから告白され全て断っているらしい。
 誰にでもニコニコするから相手に余計な感情を芽生えさせるんだ。知ったこっちゃねぇ! と言われたらそれまでだが惚れるのに理由はいらないんだよ。自分が身をもって体験したからわかるんだ。そんなこいつが本当の恋をしたらどうなるのか。

「そっか……そうだよね。真黒くんは優しいから誰も傷つけないようにそうしてるのかな」
「うん、そんな感じ」
「でも真黒くんと付き合う人はどれくらい素敵なんだろう。学年中……いや、学校中の女子が嫉妬しちゃうかもね」

 あんたのような男を心から好きになるやつがいたらひと目見てみたい。

「そんなことないよ。それより君は早く次の人を見つけなよ。応援してるからさ」

 次どころかあなたはカウントしていないですけど?   好きな人いますけど?
 ……もう、こんなもんでいいでしょ。あーあ、くだらない。

「うん。ありがとう!   じゃあ、また明日!」

 言葉を畳み掛けるとギャラリーふたりの元へ駆け出した。一応そういう予定だったので仕方なく。真黒くんの視線を感じながら同情の言葉を浴びる。とりあえずやりきった達成感はある……と思う。
 体育館の外壁に立て掛けてあったカバンを持つと、彼女たちに疲れたから帰ると言い残しその場を走り去る。校門までの道のりで、女子に向かって笑顔で手を振る真黒くんがいた。


「……チッ」


 黄色い声を背に彼とすれ違う直前舌打ちの音がした。
 ふと一ヶ月前の歓迎会をを思い出す。新入生代表としてステージ上での式辞。そのとき女子の声援に応えちょっとした騒動をおこした。
 私の並ぶ列の前を通り過ぎる瞬間ほんのわずかであるがこの音がした。
 そうか、犯人はお前だったのか。


 マクロ アカシ……


 こいつは外づらだけの悪魔だ。



……



 帰宅後、ロック画面に表示された通知にため息を漏らしつつアプリを起動させる。

 カレン:『やっと既読ついた』
    :『で、どうだった?』

 お疲れ様もなしでいきなりかい。ホント自分勝手なやつ。

 シオン:『え?』
    :『ふたりから聞かなかったの?』
 カレン:『そう思ったんだけど』
    :『やっぱ本人に聞きたいからさ』
 シオン:『頑張ったけどダメだったよー』
 サラ :『そっかぁ、残念だったね』

 同情はもうお腹いっぱいだって。余計みじめな思いするからやめて。さっさと要件言ってグループ抜けさせてもらおう。

 シオン:『あと真黒くんに聞いてみたよ』
    :『誰とも付き合わないこと』
    :『本当に好きな人が良いって』
 サラ :『なるほどねー』
    :『さすがイケメン』
    :『考えてること違うわ』
 カレン:『それじゃ、また明日』

 随分あっさりだな。私はありがたいけど。

 シオン:『うん、また明日!』

 既読

「ふー……」

 肺に残っていた息を全て吐き出し椅子の背もたれに上半身の体重をかけた。ミシッと嫌な音がする。
 また言いそびれた……なんで毎日毎日振り回されなきゃいけないのよ。苦痛で仕方なかった中学生活から抜け出そうとあの高校を選んだのに……
 これ以上過去を引きずるのはやめよう。『あとは野となれ山となれ』とは今の私の状況にピッタリな言葉だ。
 明日は特に予定もないから自分へのご褒美にクレープでも食べようかな。多少無理やりなのは否めないが、明日生きるための小さな贅沢をしてもバチは当たらないだろう。
 そうと決まれば今日の予習は参考書を読むだけにして寝よう。
 あわよくば磯貝くんをひと目見たいな。



……


 翌朝八時。教室の扉を開く。関わった女子四人全員来ていたが、私をチラ見したかと思うとそれぞれの会話相手に顔を向けた。
 ん? 話題がひと段落したらこっちくるのかしら。放っておいてほしいと自分で願っておきながら、昨日のことが昨日のことだけに不安が募る。
 LINEもあれから一件もないし本でも読んで待っていよう。
 八時十五分。真黒くんと沢村くんが教室に入ると女子の駆け寄る様は毎朝恒例となっている。ふたりは動物園のコアラやパンダか何かなの?カレンとサラもその輪に入っているし。それにしてもずっと無視?
 ……もしかして暇つぶしに『興味がなくなった』?
 孤独。この二文字がズシリとのしかかる。
 一瞬真黒くんと目が合い、何か話しかけてきたが全く頭に入らない。しかも邪険にしたと周りの女子から軽く睨まれた。結局こういうことになるのね。もう友だちとかどうでもいいや。最低限の交流で三年間終わらそう。
 放課後のクレープのことだけを考えながら予鈴まで開いた本に視線を落とした。

 放課後。授業中はもちろん昼休みもずっとひとりだった。
 教室を移動している間に廊下でマホが筆箱を落とした。カコとの話に夢中で全く気づく様子もないのでそれを拾い彼女に手渡す。

「どうも。越方さん」

 そう言うとすぐにカコと共に歩き出した。
 もう他人だから呼び方も苗字にグレードダウンか……というかそれワザとでしょ。『あなたに興味がないから話しかけないで』とでもいうようにさ。
 部活で体育館に向かう沢村くんを真黒くんが見送ったあと、女子連中とギャーギャーやり取りしている間にさっさと私は教室を出る。

 学校から歩いて十分ほどの繁華街のど真ん中に、こじんまりとしたクレープ店がある。通学路の下見のため三月にここを通ったときには工事をしていたので、オープンからそこまで時間が経っていないことになる。放課後という時間帯もあって周囲に学生が行列を作っていた。
 最後尾に並びどんなトッピングにしようか想像する。前にいた五人の注文も終わりいよいよ私の番だ。

「いらっしゃいませ! お持ち帰りでしょうか?」
「はい」

 黒で無地の半袖のポロシャツ、白のネクタイ、茶色と白のギンガムチェックの腰掛けエプロン、それと同じ柄のキャップをかぶった店員が元気な声を私に投げかける。マニュアル通りとはいえどこうやって人と接することは悪くない。
 この店は二階にイートインがあるが、一緒に食べる友だちもいないので外で食べることにした。
 カウンター横のショーウィンドウを眺め、フルーツミックスと生クリームのクレープを注文する。
 代金を払い、目の前で作ってもらっている間、やることもないので店員を見る。十代くらいで若い。ん? この人どこかで……
 自分が着ている制服と店員の顔を組み合わせてみるとすぐに思い出した。そうだ、新入生歓迎会の部活紹介で磯貝くんとチームメイトの村井くんに人一倍応援していた女の子だ。

「あの、もしかしてうちの学校の……」

 彼女に声をかけるとふわりとした笑顔を私に向けてきた。

「うん。同じ一年だよね、越方さん」
「え、どうして私の名前……」
「だって、全校生徒の前で倒れた挙句、お姫様抱っこされてれば誰だって覚えるでしょ」

 やっぱりあの出来事はそれだけ騒ぎになっていたのか。思い出し顔から火が吹き出す。

「ま、みんな気にしてないと思うよ。人の噂もなんとやらっていうでしょ? はい、どうぞ!」

 そう言うと、彼女は綺麗にラッピングされた出来立てホヤホヤのクレープを渡してくれた。フルーツと生クリームの甘い香りが鼻を刺激する。

「私、五組の常長つねなが里莉りり! また来てね!」
「はい、また。いただきます!」

 常長さんに一礼すると軽く手を振ってくれた。
 店の隣に設置されたベンチに腰掛けて隣を見ると、ロングTシャツにジーンズ、スニーカーの女性がクレープをムシャムシャと大口で頬張っていた。学生で賑わっている中でその格好は目立っていた。同年代くらいで髪型はショートカット。女の自分から見てもかなりかわいいと思う。でもせっかくかわいいんだからその食べ方は……生クリームが口の端にべったりくっついてるし。

「でねぇ、あたしと同じ中学の友だちのお父さんがこの店の系列の社員らしくてぇ、その友だちもバイトしてるんだって」
「なんでも、見よう見まねで中学のときには完璧にクレープ作れたらしいよぉ」

 その声にゾワっと寒気がした。カレンとサラだと姿を見なくてもわかる。その隣に真黒くんがいた。どうせまた相手を舞い上がらせること言ったんだろうな。いつ聞いても頭の悪い会話だ。

「へぇ。詳しいね」
「だって昨日下調べしたもん!」
「ちょっとそれ言っちゃダメじゃん」

 昨日言ってた用事って……あいつら私が告白を100%失敗するとわかっていたから今日自分たちが動いてるってこと? 所詮おもちゃか。
 三人は軽く常長さんと会話したあと、クレープとシェイクを持って二階に上がった。
 ふと自分の持っているものに目を落とす。私の手の熱で包装紙がフニャフニャになってしまっている。情けない自分に耐えきれなくて涙がこぼれた。人が通りかかるたびに私を見るが溢れ出て止まらない。

「大丈夫? これ良かったら使って。持っててあげるから」

 隣にいたジーンズの女性がポケットティッシュを差し出してきた。疑問よりもその行動がありがたかったので、クレープを女性に渡しティッシュで涙を拭き取る。

「ありがとうございます……」
「何があったか知らないけどさ、涙拭いて食べた方がずっと美味しいよ。泣くのはそのあとでもできるからさ」
「す、すみません」
「謝らなくていいよ。それあげる。じゃあね」

 そう言うと女性は駅方面に歩き出した。こんな素敵な人がたくさんいてくれたらいいのに。
 改めてクレープをひと口食べる。甘い。生きてて良かった。

 死ぬまでにあと何回そう思えるのかな。
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