そとづら悪魔とビビりな天使〜本音を隠す者たち〜

エツハシフラク

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越方 しおん(エツカタ シオン)

3:同情と救済

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 翌日、登校し自分の下駄箱を開けると一枚のメモが入っていた。おとといのことがあったので身構えてしまう。


 放課後食堂前に来て。


 また手の込んだイタズラ?   なんで食堂?仮に万が一告白だとしても場違いにほどがある。
 それに……どう考えても女の文字だよね?   ギャルが書くとは思えない流れるような筆記体で完結に。ちょっと興味あるから行ってみようかな。



……


 昼休み。今朝めずらしく寝坊した母親から貰った五百円玉を握りしめ食堂に向かう。
 食堂はこの学校の名物のひとつであり『うまい、種類と量が多い、早い』の三拍子らしい。
 カレンとサラにまとわりつかれているとき、強引に連れてこられ泣く泣くお弁当を捨てていた時期がある。しかもその月のお小遣いもすぐ底をついてしまった。
 そんな苦い思い出が入り交じる場所に、放課後誰がどういった理由があって私に用があるのか。混み合う券売機の前に並びそんなことを考えた。
 学生向けだからなのか、ボリューム満点の定食からパスタやパンケーキ、オムライスなど女子が好きそうなものまで多様のメニューが揃っている。手間がかかりそうなのに、四人の従業員が素早く対応するのでそこも魅力なのだとか。
 ジュースはもちろん、パンやカップラーメンの自動販売機もあるので生徒以外の学校関係者も多く利用している。
 チャーハンを注文し、おばちゃん従業員に食券を渡してトレーを一枚取りスライドしやすく加工した台の上に置く。

「チャーハンおねがーい!」
「はーい!」

 その掛け声と共に、巨大な中華鍋からあらかじめ用意してあったであろうチャーハンが器に盛られ配膳された。どこも同じなんだろうけどお昼の飲食店は戦場だ。
 調理場から離れようとしたとき、別の従業員から杏仁豆腐を渡された。

「あの、これ頼んでいませんけど……」

 そう話しかけたが、周りがうるさすぎるしその女性もすぐに他のことをやり始めたため、注意するタイミングを失ってしまった。捨てるのももったいないし、注文を間違えた誰かさんに感謝しつついただくことにしよう。
 空いている席を探している途中、真黒くんと沢村くんが女生徒の集団にガン見されながらカレーとラーメンを食べていた。さすがに食事中は好きにさせてあげようよ……ま、毎日こんな状態で怒らないってことは満更でもなく思ってそうだけど。
 奇跡的に四人掛けの丸テーブルに誰もいなかったので、そこにトレーを置き手を合わせて食べる。値段の割には美味しいと思う。『食事中スマホを見るな』と親からキツく言われているため、多少手持ち無沙汰ながらもモソモソとレンゲを口に運ぶ。

 カシャッ

 食堂にそぐわないシャッター音が聞こえた。
 周りを見渡してみると、教師の十六夜いざよいがかき揚げうどんを前に撮影する形でスマホを持っていた。よく見るような普通のうどんだけど……
 ナルシストの気があるからインスタグラムに投稿するとか?『たまには生徒と同じ目線になってみようとうどんを食べてみました!』みたいな。

 実際そんなこと書いていそうで笑えない。
 学校一のイケメン教師と噂だが、真黒くんや沢村くんとは違ったベクトルの顔つきをしている。本人は全くそう思っておらず、むしろ自分の人気が当たり前だと言うような振る舞い方が気に入らない。そんな様子から『キザヨイ』とあだ名が付けられ私も心の中でそう呼んでいる。
 何枚か撮影したあと満足したのかズルズルとうどんを啜り始めた。私も早く食べちゃって教室で読書の続きしよっと。



……


 放課後。手紙のことが気になり号令のあと真っ先に教室を出る。後ろの方でガヤガヤする声を背に廊下を歩く。
 自分の教室の三階から食堂の一階へ階段で降りる。食材を運びやすくする配慮だろうが、必然的に距離のある一年が出遅れてしまう。こればかりは二年後を待つしかなさそうだ。
 食堂前に着くと誰もいなかった。やっぱりイタズラ? 十分待っても来なかったら帰ろうかな。
 そう思っていた矢先に突然食堂の扉が開かれた。まさかの展開に『ひゃうっ!』だか『ひえっ!』だかよくわからない声を出してしまった。
 開いた主は何も言わず、私の腕を掴み半ば無理やり部屋の中に引きずり込んだ。最近状況を上手く処理できないままものごとが起こり過ぎだと思う。
 なぜかって?   その主が昨日クレープ屋で会った女性だから。

「え、えーと……なんであなたがここに?」

 動悸が落ち着いたところで無難な質問を投げかけてみる。

「わからない? ほら、これ」

 女性は持っていたカバンの中から、割烹着とマスクを取り出した。その格好はもしかして。

「あ、あのとき杏仁豆腐をトレーに乗せたのも?」
「そう、私。サービス喜んでくれたかしら」
「ビックリしましたよ! 頼んでもいないのにあんなことするんですもん」
「でもしっかり食べたんでしょ?」

 ぐうの音も出ない。そうか、ここで働いていたのね。

「でも時間的に片付けも終わる時間ですよね? 学校に入っても大丈夫なんですか?」
「一旦外に出たんだけど『忘れものした!』って用務員さんに言ったらすんなりと入れてくれたよ。実際要件もすぐ済むからね」
「そうなんですか。それで要件とは?」

 呆れ半分で本題を聞く姿勢を取る。
 私と女性の2人しかいない食堂は、自販機と冷蔵庫が電気を通じて冷却するわずかな音しか聞こえない。
 椅子が合い向かいにできる長机が等間隔で配置してあり、教室とは違った雰囲気を演出している。

「私ね、たまにここであなたを見ていたの」
「え?」
「女の子2人と結構な頻度で来ていなかった? そりゃこんな場所だから仲良く食べる分には大賛成だけど嫌々だったもの」

   いきなり胸の内を言い当てられ思わず目を丸くする。

「そ、そんなことないです!」
「チラ見するたび会話も合わせてる感じだし全然楽しそうじゃなかった。申し訳ないけど、あなたと女の子ふたりのキャラクターも全く合わない感じだったし、もしかして家族からお弁当毎朝持たされていて誘いを断れなかったんじゃないのかなって。間違ってたら土下座して謝るよ」

 人に嫌われたくないから頑張って過ごしてきたのに、ほぼ初対面の人に見透かされているだなんて。

「……どうして、全部わかるんですか」
「んー、私この仕事始めて三年経つけど今まであなたみたいな生徒を見てないからかな」
「そんなに目立っていました……?」
「うん、そりゃあね。で、昨日いつもいる子たちをクレープ屋さんで見かけたと同時にあなたが泣いているもんだから何かあるぞと思ってね。それが要件。あ、昨日私があの店にいたのは本当に偶然だよ。急に甘いものが食べたくなってね」

 こっちが話す隙を与えないくらいよくしゃべる人だなぁ。
 女性はチラリと壁掛けの時計を見上げ『ぎゃっ!』っと声をあげた。
 私より低い身長なのに全身でものごとを表現する様子はちょっと面白いかも。

「そろそろもうひとつの仕事の時間だ! 呼び出しておいて悪いんだけど話はメールでもいいかな?」
「は、はい……」
「これ私のアドレスと番号だから登録しておいて!」

 ジーンズのポケットから小さく畳まれたメモを私に見せる。

「LINEだったらすぐにできますけど……」
「あ、私これだから無理」

 女性は私の母親が使っている同じ形状の携帯電話をカバンから取り出した。ガラパゴス携帯。通称ガラケー。

「あ、『今どきガラケーかよ!』って思ったでしょ。もう、最近の高校生ってスマホありきなんだから」

 女性の言っていることがよくわからなかったのでスルーしつつ、アドレスの書いたメモを受け取った。

「最後に名前。昨日クレープ屋の女の子があなたのことを『越方さん』って呼んでいたから下駄箱に紙を入れられたの。私、日比谷ゆり。よろしくね、しおんちゃん」
「はい、よろしくお願いします」

 何度も聞いている下の名前のはずなのに、親以外で心を込めて呼ばれたのは初めてな気がする。

「それじゃあ、遅刻しちゃうからそろそろ行くね! いつでもメールして」
「ありがとうございます」

 そう言うと彼女は調理場の勝手口から外に出た。
 日比谷ゆりさんか……不思議な女性だ。
 新たな出会いに喜びと期待を膨らませながら、英語と数字が並んだ紙をマジマジと見つめた。
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