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越方 しおん(エツカタ シオン)
6:橋渡しと答え合わせ
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最低限しか関わりたくなかったのに何の因果か。しかもこれまでの人生で一番の友だちと知り合いだという。
黒無地の少しゆとりあるTシャツ、インディゴブルーのジーンズ、チャコールグレーのスニーカー。週末の午前中、駅前に現れた彼の身につけている私服は悔しいほどに似合っていた。鞄を持っていないので、おそらくスマホと財布はポケットに入れているのだろう。
至って普通の服装だが、通りかかる人ほとんどが真黒くんをチラ見する。女性はもちろん男性もだ。顔や体型だけでなく、振り向かせるオーラを纏っているのだと勝手に推測する。
そんな彼は六歳も年上の女性と言い合っている。ゆりねえもゆりねえで高校生相手にムキになっていた。めんどくさいが収拾つかないので彼女の腕を引っ張る。
「はいはい、周りに迷惑だからやめようねー」
「だって! ひどいこと言うんだもん!」
「愚痴はいつでもメールで聞くから」
「わかったよ……」
渋々納得したものの、マンガのように頬を膨らませ未練タラタラだ。どっちが年上なんだか……
無言になり話題に困っていると、彼が後ろ頭を掻きながら口を開いた。
「えっと、初対面じゃないと思うんだけど……名前聞いてもいいか?」
初対面? 名前?
「もしもし?」
なかなか言葉を発さない自分を心配してか、一歩近づき私の顔を覗き込んだ。反射的に彼をギロリと睨む。
「はぁあああああ!? 新入生歓迎会のとき貧血で倒れて、あんたがわざわざ保健室までお姫様抱っこで連れてったの覚えてないわけ!?」
「あ……」
私の感情の爆発に怯んだ表情をしたあとに、やっと自分のしたことを思い出したようだ。
「それに! 取り巻きに見られながら、体育館裏で三文芝居したのも私だったんだけど!?」
「え? アカシくんってしおんちゃんお姫様抱っこしたの!? やるぅー」
「お前は黙ってろ!」
必要のないことを言って真黒くんに怒られ、ゆりねえはヘコんでいるが自業自得だ。
「あんたが人目を気にしてお姫様抱っこなんて格好つけなければ、嫉妬した女子たちから絡まれずに済んだのに! ふざけないで!」
「……悪い。あのときは自分のことばかりで周りが見えていなくて」
溜め込んでいた思いを本人にぶつけたことと一応の謝罪を聞いて少しは気が晴れた。両手を肩の高さまで上げやれやれ、というように薄く笑う。
「ま、その気持ちわからなくはないけどね。越方しおん。次は忘れないで」
「うん。越方さん」
「呼び捨てでいいよ。学校の食堂でしか会わないはずのゆりねえと仲が良いみたいだからさ」
「さ、ふたりとも自己紹介も済んだところでぇ、立ち話もなんだしご飯食べに行こう!」
ゆりねえは私と真黒くんの間に入り、背中に手を回したかと思えばスタスタと駅を離れ繁華街を歩き出した。取り残された私たちは目を合わせる。
(お互い振り回されて大変だよな……)
不思議と意見が重なった気がした。
「なんとなくだけどあんたとは上手くやっていけそう。下の名前で呼んでいい?」
「好きにしろ。それより早く追いかけないと見失うぞ」
彼はそう言うと、彼女を追いかけ頭に軽くチョップをお見舞いしていた。そんなことしたら怒るに決まっているのに。見てて飽きないなぁ。
マクロ アカシか……
私はこの男を人間として興味をもった。
…
……
私たち三人はファミレスで少し早めの昼食にすることにした。扉を開けるとピーク前なのか予想したより混み合っていない。
メニューをながめ私はオムライス、アカシくんはサバのみそ煮定食、ゆりねえはカツ丼とドリンクバーを注文した。
「カツ丼好きなの?」
「うん、大好き! 特にソースカツ丼!」
私も好きだけど家でも作れるし、こういう飲食店ではなかなか食べないかな。やっぱりこの人ちょっと変わってるかも。
料理が運ばれるまで待っている間に、アカシくんにゆりねえと出会った経緯を尋ねた。
カレンとサラに無理やりクレープを食べさせられた帰りに、歩道橋から飛び降りようとする彼女を助けたのが始まりだったらしい。いきなりの爆弾発言をサラッとするものだから驚く暇もなかった。
「ちょっと待って。私その前にゆりねえと会ったんだけど。飛び降りようとする人間が直前に大口開けてクレープ食べる?」
「あ、それね。最初は飛び降りようなんて全く考えてなかったよ?」
「はぁ?」
間髪入れず、アカシくんがテーブルの向かいにいるゆりねえに詰め寄り睨む。彼女は気にせず私に話しかけた。
「順を追って説明するね。あの日仕事帰り甘いものほしさでクレープ屋に行った。椅子に座って食べているとしおんちゃんがやってきて、店員の女の子と会話しているところを見た。ここまで大丈夫?」
「うん」
「で、それからは特に意識していなかったんだけど、しばらくして女子たちのどよめきが聞こえたんで、何かなって思ったらテレビに出てくるようなイケメンがそこにいた。男に興味のない自分が目を引くくらいだから相当モテるんだろうなって」
「良かったね、アカシくん」
「うるせーよ」
ちょっとからかいたくなって、真正面にいる彼に笑顔でそう言うと案の定反抗した。
「言っちゃ悪いけどアカシくんと釣り合わなそうな女子ふたりと話してたでしょ?その時点で甘い匂いに不機嫌だったよ。クレープ渡されたときには顔引きつってたし」
「ってことは歩道橋のすったもんだあう前から俺を見てたってことか?」
「そのとーり! 電車の時間気にしてたから駅方面に行くのは明白だったし。あ、ジュースとってくるね」
グラスを持ち席を立つと彼女はドリンクバーへ向かった。こっちは水をまだ半分も飲んでいないというのにおかわりが早すぎる。それを見届けアカシくんに疑問を投げかけた。
「歩道橋って店の近くにある? 私も電車通学だからわかるけど、毎回通らなきゃいけないからめんどくさいよね」
「ああ。俺はそこで出くわしたのが初対面だと思ってたんだ。飯食うときに言うのもアレだけど、あいつを引っ張りあげたあと、無理やり流し込んだクレープで気持ち悪くなってよ」
「甘いもの苦手なの?」
「いや、正確には生クリームとチョコレート。それ以外ならわりかし大丈夫」
やっぱり無理していたんだ。そういえばあのとき心ここに在らずって感じだったもんな。確かにお腹に溜まって辛くなるのもわかる。
「それで強引に公園のトイレまで連れてこられて、俺は結果的に大惨事を防げたわけなんだけど、落ち着いたときにあいつにこう聞いたんだ。『どうして俺が気持ち悪いとわかったのか』ってな」
「そりゃあ、店でも歩道橋でもガン見していたからね。ていっ」
「ひゃあっ!」
不意に冷たい物体をうなじに付けられ、すっとんきょうな悲鳴を上げてしまった。
振り返ると、ゆりねえがメロンソーダの注がれたグラスを持ち、してやったりというような満面の笑みを浮かべていた。言い返しても疲れるだけなので、手でうなじを温めながら彼女が席に座るのを待つ。
「アカシくんの真面目さが面白いもんでからかってやりたくて」
「とことん悪趣味なやつ。おかげで恥かいたぜ」
「それほどでも」
「褒めてねーよ!」
あまりの剣幕に、店員が私たちの近くまで来ていることに気づかなかった。咳払いをひとつすると料理名を読み上げる。
「……お待たせしました。サバのみそ煮定食でございます」
「はい!」
目当ての料理が運ばれ、ゆりねえを睨みながらアカシくんは勢いよく手を挙げた。店員は若干ひるみつつも、引き攣った営業スマイルで配膳し一礼したあとその場を後にする。
「つまりその次の日、野次馬がどうとか廊下で話していたけどゆりねえのことだったの?」
「あぁ、そうだよ!」
あからさまに不機嫌な態度で答える彼だが無理もない。それから少しして全員分の料理が配膳されたので手を合わせた。
食べている間無言が続く。
ゆりねえも私も口にものが入っていると話せなくなるけど、アカシくんもそのタイプだったり?理由はどうであれ助かることに変わりない。
食事終わりに席を立つとトイレに向かう。カバンからスマホを取り出しLINEやメールのチェックをすると、母から夕飯はどうするのかと聞かれたので外で食べると返信した。
用を済ませ個室の扉を開けると、ゆりねえが共有スペースに入ってきた。彼女は驚きの表情をしたが、それは一瞬のことでいつもの笑顔に戻る。
「どう? イケメン連れてきてビックリした?」
「紹介したいっていうから、てっきり家族かと思ったのに予想外過ぎるよ」
「ゴメンゴメン。友だちになったこと伝えるのつい忘れちゃって」
彼女の全く謝る気のない態度を見て頭に血が登る。気づけば拳で洗面台を何度も殴っていた。
「全然聞いてない! さっき駅でキレちゃったけど、優越感のためだけに好きでもない女をお姫様抱っこしたり、あきらかにウソだってわかる告白を真面目に答えたり……おかげでこっちの学園生活が台無し!」
「それ私じゃなくて彼に言いな」
「わかってる!」
八つ当たりをしてしまっているのは百も承知だが、怒りをぶつけずにいられなかった。『彼には彼の事情があるし、悪い子じゃないから仲良くしてやって』と言い残しゆりねえは個室に入っていった。全然わかんないよ……
複雑な心境のままテーブルに戻ると、アカシくんは本を読んでいた。
自分が座っていた席につきその様子を眺めてみる。まつ毛長……腹立つくらい本当綺麗な顔してる。
背表紙に目を向けるとシリーズもののサスペンス小説だった。
「なんだよ」
私の視線に気づいたのかアカシくんが軽く睨む。ただちょっと見てただけなんだけどな。
「何読んでるのかなーって。アカシくんそれ好きなの?」
「あぁ、これはあいつに借りたんだ」
「あいつってゆりねえのこと?」
あいつ呼ばわりするほど仲が良いなんて少しヤキモチだ。私だってゆりねえのこと好きだもん。
「小説書いてるからその勉強にって結構読んでるらしいぞ」
「ふーん。ウェブ小説とかかな?」
「だってお前……」
「あーーー、スッキリした! 今日も腸内絶好調! なーんてね」
アカシくんの何かを含んだような発言に反応したとき、両腕を高く伸ばしながら晴れやかな表情のゆりねえが戻ってきた。
「おい、飯食う場所なんだから少しは慎めよ」
「だって気分いいんだもん!」
「『もん』じゃねーよ。かわいくねーし」
「ひっどーい! シクシク」
右腕を目に当て泣きマネをしながら私に擦り寄ってくる。構うのが面倒なので、行動を受け入れたまま視線をあさっての方向へ逸らす。
「ったく……ほらよ」
「あ、はいはーい」
アカシくんは慣れているのかため息をひとつつき、読んでいた本のしおりを取って彼女に渡す。それを見たゆりねえは私から離れ、素直に受け取りカバンにしまった。
「え、途中だったみたいなのに返しちゃうの?」
「もう一回オチ確認しただけだからな」
「ふーん。それ続きあるけど貸そうか? シリーズ全部持ってるんだよね」
「そうか? なら助かる」
彼のマトモな笑顔に心を奪われる。でもポーカーフェイスを保ち平静を装った。
「わかった。月曜持ってくるよ」
「あー、ネタバレ言いたいなぁ」
「お前、言ったら殴るから覚悟しろ」
「言わないってば。ゆっくり楽しんで。じゃ、そろそろ時間だし出ようか」
不機嫌になっているアカシくんをよそに、私とゆりねえは椅子から立ち上がる。
「あれ、どこだ?」
「どうしたの?」
キョロキョロと何かを探す様子の彼女に問いかける。
「伝票。あれー?」
「それなら俺がまとめて払っといた」
「え!? ちょっと、年上に奢らせなさい!」
「前、参考書買ってくれたろ? 借りは作りたくないんだよ」
『買ってくれた』ってことは一緒に出かけたのか。たぶんゆりねえのことだから強引に渡したんだろうな。
「それは誕生日プレゼントでしょ? で、いくらだったの?」
「うるせーな。周りに迷惑だから出るぞ」
ズンズンと出口の方へ歩くので慌てて私は彼を引き止める。
「待って、私のは関係ないから払うよ」
「だからいいって。越方のは大した値段でもねぇし。貸してくれる本のお礼だと思えば安いもんだろ」
「じゃ、お言葉に甘えて。ごちそうさまでした」
「はい、どーも」
慌ててカバンから財布を取り出したが静止され正直ホッとした。結構ゆりねえと出かけたからお金が少なかったんだよね。
「さすがアカシくん。大人だねぇ」
「少ししか飲んでねーくせにドリンクバーなんて頼むなよ」
「だってメロンソーダ飲みたかったんだもん」
そんなやり取りを聞きつつ私は店のドアを開けた。
店内の冷房で冷やされた空間から、夏らしい湿気をまとったむせ返る暑さに身構える。でもこの感じ、嫌いじゃない。
アカシくんが思ったより優しくて良かった。そう言うと怒られそうだから胸の中にしまっておこう。
今年の夏はいつもよりずっと刺激的になりそうだ。
黒無地の少しゆとりあるTシャツ、インディゴブルーのジーンズ、チャコールグレーのスニーカー。週末の午前中、駅前に現れた彼の身につけている私服は悔しいほどに似合っていた。鞄を持っていないので、おそらくスマホと財布はポケットに入れているのだろう。
至って普通の服装だが、通りかかる人ほとんどが真黒くんをチラ見する。女性はもちろん男性もだ。顔や体型だけでなく、振り向かせるオーラを纏っているのだと勝手に推測する。
そんな彼は六歳も年上の女性と言い合っている。ゆりねえもゆりねえで高校生相手にムキになっていた。めんどくさいが収拾つかないので彼女の腕を引っ張る。
「はいはい、周りに迷惑だからやめようねー」
「だって! ひどいこと言うんだもん!」
「愚痴はいつでもメールで聞くから」
「わかったよ……」
渋々納得したものの、マンガのように頬を膨らませ未練タラタラだ。どっちが年上なんだか……
無言になり話題に困っていると、彼が後ろ頭を掻きながら口を開いた。
「えっと、初対面じゃないと思うんだけど……名前聞いてもいいか?」
初対面? 名前?
「もしもし?」
なかなか言葉を発さない自分を心配してか、一歩近づき私の顔を覗き込んだ。反射的に彼をギロリと睨む。
「はぁあああああ!? 新入生歓迎会のとき貧血で倒れて、あんたがわざわざ保健室までお姫様抱っこで連れてったの覚えてないわけ!?」
「あ……」
私の感情の爆発に怯んだ表情をしたあとに、やっと自分のしたことを思い出したようだ。
「それに! 取り巻きに見られながら、体育館裏で三文芝居したのも私だったんだけど!?」
「え? アカシくんってしおんちゃんお姫様抱っこしたの!? やるぅー」
「お前は黙ってろ!」
必要のないことを言って真黒くんに怒られ、ゆりねえはヘコんでいるが自業自得だ。
「あんたが人目を気にしてお姫様抱っこなんて格好つけなければ、嫉妬した女子たちから絡まれずに済んだのに! ふざけないで!」
「……悪い。あのときは自分のことばかりで周りが見えていなくて」
溜め込んでいた思いを本人にぶつけたことと一応の謝罪を聞いて少しは気が晴れた。両手を肩の高さまで上げやれやれ、というように薄く笑う。
「ま、その気持ちわからなくはないけどね。越方しおん。次は忘れないで」
「うん。越方さん」
「呼び捨てでいいよ。学校の食堂でしか会わないはずのゆりねえと仲が良いみたいだからさ」
「さ、ふたりとも自己紹介も済んだところでぇ、立ち話もなんだしご飯食べに行こう!」
ゆりねえは私と真黒くんの間に入り、背中に手を回したかと思えばスタスタと駅を離れ繁華街を歩き出した。取り残された私たちは目を合わせる。
(お互い振り回されて大変だよな……)
不思議と意見が重なった気がした。
「なんとなくだけどあんたとは上手くやっていけそう。下の名前で呼んでいい?」
「好きにしろ。それより早く追いかけないと見失うぞ」
彼はそう言うと、彼女を追いかけ頭に軽くチョップをお見舞いしていた。そんなことしたら怒るに決まっているのに。見てて飽きないなぁ。
マクロ アカシか……
私はこの男を人間として興味をもった。
…
……
私たち三人はファミレスで少し早めの昼食にすることにした。扉を開けるとピーク前なのか予想したより混み合っていない。
メニューをながめ私はオムライス、アカシくんはサバのみそ煮定食、ゆりねえはカツ丼とドリンクバーを注文した。
「カツ丼好きなの?」
「うん、大好き! 特にソースカツ丼!」
私も好きだけど家でも作れるし、こういう飲食店ではなかなか食べないかな。やっぱりこの人ちょっと変わってるかも。
料理が運ばれるまで待っている間に、アカシくんにゆりねえと出会った経緯を尋ねた。
カレンとサラに無理やりクレープを食べさせられた帰りに、歩道橋から飛び降りようとする彼女を助けたのが始まりだったらしい。いきなりの爆弾発言をサラッとするものだから驚く暇もなかった。
「ちょっと待って。私その前にゆりねえと会ったんだけど。飛び降りようとする人間が直前に大口開けてクレープ食べる?」
「あ、それね。最初は飛び降りようなんて全く考えてなかったよ?」
「はぁ?」
間髪入れず、アカシくんがテーブルの向かいにいるゆりねえに詰め寄り睨む。彼女は気にせず私に話しかけた。
「順を追って説明するね。あの日仕事帰り甘いものほしさでクレープ屋に行った。椅子に座って食べているとしおんちゃんがやってきて、店員の女の子と会話しているところを見た。ここまで大丈夫?」
「うん」
「で、それからは特に意識していなかったんだけど、しばらくして女子たちのどよめきが聞こえたんで、何かなって思ったらテレビに出てくるようなイケメンがそこにいた。男に興味のない自分が目を引くくらいだから相当モテるんだろうなって」
「良かったね、アカシくん」
「うるせーよ」
ちょっとからかいたくなって、真正面にいる彼に笑顔でそう言うと案の定反抗した。
「言っちゃ悪いけどアカシくんと釣り合わなそうな女子ふたりと話してたでしょ?その時点で甘い匂いに不機嫌だったよ。クレープ渡されたときには顔引きつってたし」
「ってことは歩道橋のすったもんだあう前から俺を見てたってことか?」
「そのとーり! 電車の時間気にしてたから駅方面に行くのは明白だったし。あ、ジュースとってくるね」
グラスを持ち席を立つと彼女はドリンクバーへ向かった。こっちは水をまだ半分も飲んでいないというのにおかわりが早すぎる。それを見届けアカシくんに疑問を投げかけた。
「歩道橋って店の近くにある? 私も電車通学だからわかるけど、毎回通らなきゃいけないからめんどくさいよね」
「ああ。俺はそこで出くわしたのが初対面だと思ってたんだ。飯食うときに言うのもアレだけど、あいつを引っ張りあげたあと、無理やり流し込んだクレープで気持ち悪くなってよ」
「甘いもの苦手なの?」
「いや、正確には生クリームとチョコレート。それ以外ならわりかし大丈夫」
やっぱり無理していたんだ。そういえばあのとき心ここに在らずって感じだったもんな。確かにお腹に溜まって辛くなるのもわかる。
「それで強引に公園のトイレまで連れてこられて、俺は結果的に大惨事を防げたわけなんだけど、落ち着いたときにあいつにこう聞いたんだ。『どうして俺が気持ち悪いとわかったのか』ってな」
「そりゃあ、店でも歩道橋でもガン見していたからね。ていっ」
「ひゃあっ!」
不意に冷たい物体をうなじに付けられ、すっとんきょうな悲鳴を上げてしまった。
振り返ると、ゆりねえがメロンソーダの注がれたグラスを持ち、してやったりというような満面の笑みを浮かべていた。言い返しても疲れるだけなので、手でうなじを温めながら彼女が席に座るのを待つ。
「アカシくんの真面目さが面白いもんでからかってやりたくて」
「とことん悪趣味なやつ。おかげで恥かいたぜ」
「それほどでも」
「褒めてねーよ!」
あまりの剣幕に、店員が私たちの近くまで来ていることに気づかなかった。咳払いをひとつすると料理名を読み上げる。
「……お待たせしました。サバのみそ煮定食でございます」
「はい!」
目当ての料理が運ばれ、ゆりねえを睨みながらアカシくんは勢いよく手を挙げた。店員は若干ひるみつつも、引き攣った営業スマイルで配膳し一礼したあとその場を後にする。
「つまりその次の日、野次馬がどうとか廊下で話していたけどゆりねえのことだったの?」
「あぁ、そうだよ!」
あからさまに不機嫌な態度で答える彼だが無理もない。それから少しして全員分の料理が配膳されたので手を合わせた。
食べている間無言が続く。
ゆりねえも私も口にものが入っていると話せなくなるけど、アカシくんもそのタイプだったり?理由はどうであれ助かることに変わりない。
食事終わりに席を立つとトイレに向かう。カバンからスマホを取り出しLINEやメールのチェックをすると、母から夕飯はどうするのかと聞かれたので外で食べると返信した。
用を済ませ個室の扉を開けると、ゆりねえが共有スペースに入ってきた。彼女は驚きの表情をしたが、それは一瞬のことでいつもの笑顔に戻る。
「どう? イケメン連れてきてビックリした?」
「紹介したいっていうから、てっきり家族かと思ったのに予想外過ぎるよ」
「ゴメンゴメン。友だちになったこと伝えるのつい忘れちゃって」
彼女の全く謝る気のない態度を見て頭に血が登る。気づけば拳で洗面台を何度も殴っていた。
「全然聞いてない! さっき駅でキレちゃったけど、優越感のためだけに好きでもない女をお姫様抱っこしたり、あきらかにウソだってわかる告白を真面目に答えたり……おかげでこっちの学園生活が台無し!」
「それ私じゃなくて彼に言いな」
「わかってる!」
八つ当たりをしてしまっているのは百も承知だが、怒りをぶつけずにいられなかった。『彼には彼の事情があるし、悪い子じゃないから仲良くしてやって』と言い残しゆりねえは個室に入っていった。全然わかんないよ……
複雑な心境のままテーブルに戻ると、アカシくんは本を読んでいた。
自分が座っていた席につきその様子を眺めてみる。まつ毛長……腹立つくらい本当綺麗な顔してる。
背表紙に目を向けるとシリーズもののサスペンス小説だった。
「なんだよ」
私の視線に気づいたのかアカシくんが軽く睨む。ただちょっと見てただけなんだけどな。
「何読んでるのかなーって。アカシくんそれ好きなの?」
「あぁ、これはあいつに借りたんだ」
「あいつってゆりねえのこと?」
あいつ呼ばわりするほど仲が良いなんて少しヤキモチだ。私だってゆりねえのこと好きだもん。
「小説書いてるからその勉強にって結構読んでるらしいぞ」
「ふーん。ウェブ小説とかかな?」
「だってお前……」
「あーーー、スッキリした! 今日も腸内絶好調! なーんてね」
アカシくんの何かを含んだような発言に反応したとき、両腕を高く伸ばしながら晴れやかな表情のゆりねえが戻ってきた。
「おい、飯食う場所なんだから少しは慎めよ」
「だって気分いいんだもん!」
「『もん』じゃねーよ。かわいくねーし」
「ひっどーい! シクシク」
右腕を目に当て泣きマネをしながら私に擦り寄ってくる。構うのが面倒なので、行動を受け入れたまま視線をあさっての方向へ逸らす。
「ったく……ほらよ」
「あ、はいはーい」
アカシくんは慣れているのかため息をひとつつき、読んでいた本のしおりを取って彼女に渡す。それを見たゆりねえは私から離れ、素直に受け取りカバンにしまった。
「え、途中だったみたいなのに返しちゃうの?」
「もう一回オチ確認しただけだからな」
「ふーん。それ続きあるけど貸そうか? シリーズ全部持ってるんだよね」
「そうか? なら助かる」
彼のマトモな笑顔に心を奪われる。でもポーカーフェイスを保ち平静を装った。
「わかった。月曜持ってくるよ」
「あー、ネタバレ言いたいなぁ」
「お前、言ったら殴るから覚悟しろ」
「言わないってば。ゆっくり楽しんで。じゃ、そろそろ時間だし出ようか」
不機嫌になっているアカシくんをよそに、私とゆりねえは椅子から立ち上がる。
「あれ、どこだ?」
「どうしたの?」
キョロキョロと何かを探す様子の彼女に問いかける。
「伝票。あれー?」
「それなら俺がまとめて払っといた」
「え!? ちょっと、年上に奢らせなさい!」
「前、参考書買ってくれたろ? 借りは作りたくないんだよ」
『買ってくれた』ってことは一緒に出かけたのか。たぶんゆりねえのことだから強引に渡したんだろうな。
「それは誕生日プレゼントでしょ? で、いくらだったの?」
「うるせーな。周りに迷惑だから出るぞ」
ズンズンと出口の方へ歩くので慌てて私は彼を引き止める。
「待って、私のは関係ないから払うよ」
「だからいいって。越方のは大した値段でもねぇし。貸してくれる本のお礼だと思えば安いもんだろ」
「じゃ、お言葉に甘えて。ごちそうさまでした」
「はい、どーも」
慌ててカバンから財布を取り出したが静止され正直ホッとした。結構ゆりねえと出かけたからお金が少なかったんだよね。
「さすがアカシくん。大人だねぇ」
「少ししか飲んでねーくせにドリンクバーなんて頼むなよ」
「だってメロンソーダ飲みたかったんだもん」
そんなやり取りを聞きつつ私は店のドアを開けた。
店内の冷房で冷やされた空間から、夏らしい湿気をまとったむせ返る暑さに身構える。でもこの感じ、嫌いじゃない。
アカシくんが思ったより優しくて良かった。そう言うと怒られそうだから胸の中にしまっておこう。
今年の夏はいつもよりずっと刺激的になりそうだ。
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