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モヒート
しおりを挟む朝の日差しがカーテンの隙間から入り込みベッドを照らす。
日差しじゃないな…空はまだ紺色だ。
何を勘違いしたのだろうか。
壁にかかった時計の針は4時辺りをさしている。
少し動くと自分の腕が痺れていることに気づいてだから目が覚めたのかと納得する。
ずっと流れていたピアノバラードを止めてもう一度深くベッドへとうつ伏せになり潜り込む。
こういう時だけは素早く頭が覚醒する。
呼吸が出来ず苦しくなっていた自分の体を無理やり起こす。
最早寝転がるのも飽きて立ち上がれば妙な倦怠感が高い位置からずしりと来るような感覚がした。
重い体を引きずり洗面所で顔を洗う。
「…あぁ、酷い顔だ。」
一言、呟いた。
まるで肌がひび割れたように見える。
そんなはずはないが昨日今日で色が落ちたような気がした。
無理にでもコンシーラーで色を明るく見せて白くなった肌に軽くオレンジのチークを塗った。
隈も目立たないように整えてアイシャドウを乗せてアイラインを引く。
仕上げと言わんばかりにマスカラを乗せて多少マシになった自分の顔を鏡越しに眺める。
それだけでも全然変わるから現代のメイクはすごいなと錯覚する。
出てくる文句や荒んだ心を飲み込んでそれを入れ替えるかのように軽く着替えやすい服へ変える。
リビングに行くのは億劫で朝ごはんも食べず声もかけないまま外へと出た。
誰もいないと知っていても。
吐き出した息が周りの湿気と混ざり重く沈んだ。
「佐滝さん今日早いですね。眠たそうだし。」
「おはようございます。平田さん。やっぱり夜番に慣れてて昨日眠れなくて。」
「珍しいですよね佐滝さんが朝なんて。ちゃんと休憩時間に仮眠取ってくださいね?」
「もちろんですよ。」
ラウンジに来ると丸くなっていた背中もいつの間にか伸びていて職業病とはこういうことかと思う。
手に取った制服は休んでいた一日でクリーニングに出されたのか新しいのと変えられたのかパンツがすらっと伸びていてセンタークリースが綺麗に入っている。
脚を通すのも勿体ないくらいだ。
そんなことはもちろん言っていられず足を通してその上からサロンをかけて後ろで結ぶ。
慣れた手つきで蝶々結びにしてシャツも苦しいが第1ボタンまで閉めてスカーフをネクタイ状に結ぶ。
髪も低めのポニーテールにして整える。
なんか一、二本髪が跳ねてる気がするけど…まぁ誤差だと思おうと自分に言い聞かせる。
仕事に集中すれば昨日のことも忘れられる。
切り取られたような昨日の瞬間がまた過ぎる。
しないはずのラムの香りがどこかからかした気がした。
そんな私を待ってくれないかのように窓から見える電光はそっと光を消した。
「おはようございます。」
「「おはようございます。」」
形式的な挨拶をして手を洗い、適当に置いてあるダスターを1枚取って席のチェックをする。
お客様の居ないラウンジはとても静かで一つ一つ確実にチェックをしていく。
机を一つ一つ拭いて、椅子のホコリを取り除いて入口と今まで夜景を写していたガラスを乾いたタオルで拭いて、電球にもホコリがないか確認する。
昨日の人は完璧主義なのだろう。
机には水滴が落ちた跡はひとつもなかった。
4時間しかないモーニングの為にバゲットとサンドパンを切り、軽く仕込む。
サラダも3食程盛り付けて用意しておいて冷蔵庫に入れる。
綺麗にまとめられたミントやローズマリー、レモンピールを適当にちぎってレモングラスと一緒にポットへと放る。
余ったレモンピールとライムピールは飲料水の入っているポットに氷と一緒に入れる。
これだけをやるのに久しぶりだからか30分もかかってしまう。
コーヒーマシンやトースターのスイッチを入れてカウンター内のスタートは終わる。
コンロの火がつくかを確認してお湯を火にかける。
何度もやったこの作業が、何故か手についてない気がした。
ホールの人は清掃を、席の確認を、仕入れをしたものの確認をしてもらう。
今日の分のレタスをちぎりながらそれを見る。
コーヒーマシンがあったまった頃に10杯分のコーヒー豆をセットして落とす。
下のポットには氷が限界まで入っている。
お湯が落ちた瞬間から湯気より先に香りがたつ。
渋く苦い香りがカウンター内に広がった。
そこでやっと、自分が切り替わる。
顎を引いて、伏せがちだった瞼もしっかりと開く。
それを感じて、まだ切り替えられてなかったのかと自分に呆れる。
時計の長い針が12をさした瞬間に入口が開いてお店が始まる。
まだ誰も来ない午前6時。
変わらない一日が、今日も始まった。
~モヒート~
・ホワイトラム
・シュガー
・ライム
・スペアミント
・炭酸水
ラムとシュガー甘さ、そしてスペアミントの爽やかさ、ライムの程よい苦味が合わさった夏の定番カクテル。
キューバ発祥とされておりラムもキューバのものが多く使われる。
様々なアレンジが多いのもモヒートの特徴である。
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