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ロングアイランドアイスティ
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『身長高いから可愛く見えない』
『もう少し甘えればいいのに』
『花鈴みたくすればいいのに。』
言われ慣れた言葉を並べて成り立つ方程式なんか一言で済ませられる解だ。
理数系じゃなくても分かるその言葉の方程式は引き算みたく自分をすり減らしていく。
『彩芽よりも好きだよ。』
その言葉が酷く、重い泡になる。
浮き上がることも無いまま、ずっとそこに居続けるかのように。
いつの間にか経った4時間を知らせるからくり時計が鳴り響く。
ふっと浮き上がった意識に時計を見れば小人たちがくるくる回り、時計の中で華やかにダンスを踊っていた。
手を取りあった農夫と町娘が手を取り合って踊るその小さな姿を少しの間眺めた。
何かを考えることも無いまま。
コーヒーの香りだけを頼りに仕事に専念した。
「佐滝さんもう上がりでしょ?」
その一言が何も思わない10時間から戻してくれた。
仕事となると急に時間が過ぎていくから不思議だ。
どれくらい過ごしたのか、分からないほどに。
仕事をしていると意識が飛んでるんじゃないかというほどあっというまだ。
手首は酷く痛んでいていつの間にかコーヒーの香りも消えていた。
気づけばもうランチも終わり、ディナーの時間に切り替わる前だという。
「あ…そうですね。夜番が普段なのでなんか変な感じです。」
「働きすぎなんですよ佐滝さん。」
「そんな死にそうになる時間働かなくていいのに…」
「いやいや、金多さんに言われたくないんですけど…」
「僕は9時間しか働いてないよ?」
「金多さん、9時間、それも深夜労働って世の中では社畜と言われる部類ですよ。」
「それを言ったら開けから16時までの佐滝さんだってそうだろう?」
平田さんと金多さんにそう言われて何となくだけどそうなんだと思う。
「じゃあ私はもう直で帰りますね~。金多さん、あとは頑張ってください。」
「おー、平田さんお疲れ様。」
切り替わりの時間はもちろん誰もいなくて準備時間だ。
まだ沈みきってないのに東京はもうイルミネーションのように光がちらほらとついている。
それを見て思うのは寂しさだった。
勝手に更衣室に入って着替えを済ませる。
ふと見たスマホには何件かの通話履歴とメッセージ。
それを見てあぁ、昨日から放置してたっけと思い出す。
連絡系は一切触れていない。
今も、暫くは触れたくない。
帰るためにホールに出るとまだ誰もいるはずのないカウンターに1人、男性がいた。
「そうなんだよ海外留学ってなると俺がいないだけでこのラウンジ傾くだろ?」
「はは…昂輝が居ないと実際傾きそうだ。」
金多さんと気楽に話しながらお酒を嗜むその人はスーツで、社章からしてうちの上層部だ。
しかも珍しく金多さんのことを下の名前呼びで。
「お、お疲れ様、佐滝さん。」
「お疲れ様です。金多さんもう切り替えは…」
「あぁ、終わらせたよ。佐滝さんも1杯飲んでいきます?」
金多さんはニカッと笑いながら何も入ってないグラスを揺らす。
それすらも私にとっては誘惑だ。
「今は余計な客がいるけどいいかな?」
「余計とはなんだ余計とは。」
そこで初めて静かにお酒を飲んでいた男性が口を開く。
「いやさ、だってコンシェルジュがここに来るなんてなんか視察されてるみたいでいやじゃん?」
「こ、コンシェルジュ?!」
それに驚いてつい声を上げてしまう。
「ほら、うちの看板娘が怖がってる。」
「揶揄うなよ昂輝…」
「そうです。揶揄わないでください金多さん。」
「はは、2人に怒られたか。そういえば自己紹介しあっとけよ。これからたくさん出会うから。」
これからたくさん出会うとは…?と頭に疑問符を浮かべながらも自己紹介をするしか無かった。
なんせコンシェルジュだし…
「佐滝 彩芽です。普段はラウンジ担当です。」
「甲斐中 藤色。藤色って書いてとしきって読みます。コンシェルジュ担当で少し前に関西の方から来ました。」
「あぁ、大阪支部の…!」
「まぁいわゆる異動だな。今年コンシェルジュの旭川さん定年退職しただろう?」
「そういえば…かなりお若い方が異動されたんですね。20代とか…ですか?」
そう言うと2人はポカンとして金多さんは笑いだした。
「はははっ!藤色!お前若いってさ!メガネの意味ないじゃんやっぱ!新卒とか良かったな!」
「うるさい…。昂輝にだけは言われたくないよ中学生。」
「こいつこう見えて32なんだよ。佐滝さんやっぱり面白いや。」
「えっ…すみません…!年上の方にそんな…!」
「いや…いいですよ…昂輝と同じくよく言われるので。」
「サラッと僕をディスらないで?」
おっと時間だと言ってカウンターから離れた金多さんは入口を開けてお客様を待つ。
もちろんそうなると初対面の方と2人というなんとも気まずい空気なわけで。
「何か、飲まないんですか?」
「え、あ、そうですね…金多さん、同じの貰っていいですか?」
「え、コーヒーでいいの?飲まないの?」
「え?」
甲斐中さんのグラスを見るけどグラス的にブラックルシアンだと…
「あ、ごめんグラス漂白してていまゴブレ使えなくってさ、代用でオールドファッショングラス使ってたんだ。」
「あぁ…そういうこと…それならそうと言ってくださいよ金多さん。」
「一応このコンシェルジュ休憩時間だしさ、飲ませる訳には行かないんだよ。」
「…休憩時間にお邪魔してしまって申し訳ありません…」
もう何から謝ればいいのか分からないままとりあえず頭を下げる。
「いや、こう…金多以外にも話せる人がいるのは僕的には嬉しいので…」
「こいつこっちに友達居ないからさ~」
「昂輝、職務中は私語は禁止だろう。」
「…すいませんでした。コンシェルジュ様。」
2人はかなり仲がいいらしく軽口をたたきながらも話している。
それを見てそういえば金多さんはこっちに勤務する前は少しだけ大阪にいた事を思い出す。
激務で死ぬかと思った…と聞いたのも覚えている。
「とりあえず佐滝さん何にする?」
「えっと…じゃあコーヒーで。」
「あ、結局飲まないのね。」
「よくよく考えれば明日も仕事ですし…」
「明日は?締め?」
「締め9時間です。」
「じゃあ同じか。なら飲んでも後半日はあるしいいんじゃね?ブラックルシアンでも。」
無闇に誘惑をしてくる金多さんを上手くかわしてハンディーで勝手にコーヒーを打つ。
なんだかんだ言いながら普段のグラスとは違うもののコーヒーを出してくれるんだから金多さんは優しい。
「じゃあ僕は接客行ってくるから。」
コースターとコーヒーの入ったグラスを置いて金多さんは入口の方へ行く。
そしてまた、気まずい空気になる。
話すこともなければ動くことも出来ない。
まさに蛇に睨まれた蛙だ。
「佐滝さん。」
「あっ、はい!」
裏返った声で返事をするけど甲斐中さんは気にする様子も無く話しかけてくれる。
「普段は遅番ですか?」
「はい。大抵金多さんと同じ16-25です。」
「凄いな…夜眠くなったりしませんか?」
「眠くなるので…休憩時間に仮眠を取ります。」
「やっぱりどこも同じなんですね。」
ふっと目を細めて甲斐中さんはコーヒーを口に含んだ。
それに合わせるように私も1口、コーヒーを飲んだ。
苦い香りが味覚にも、嗅覚にも伝わる。
「あなたはブラックで飲むんですね。」
「え、はい。」
「僕はブラックだと苦すぎて飲めないんですよね…」
それを聞いて一瞬だけ思考が止まる。
見た目はなんか飲めそうなのに…と考えてしまう。
瞳を覆う瞼は細く開かれていて一重。
瞳孔が案外広いからかあまり目付きが悪く見えないだけな気がする。
髪型はフォーマルに整えられていてちゃんとワックスで固められている。
「なんか…意外ですね。」
「よく言われます。飲んでみます?」
「あ、じゃあ貰ってもいいですか?」
グラスを受け取り反対側に口をつける。
「甘い…」
そのコーヒーはまるで砂糖漬けにでもされたのかのように甘かった。
ブラックを飲んだから、尚更だろう。
「ガムシロップ2個分入ってますからね。」
「それは甘いですね…でもコーヒーなんですね。」
「コーヒー自体は好きなので。家でもよく飲みます。」
「家でのコーヒーは格別ですよね…ゆったりした時間にコーヒー。こういう仕事をしてると凄く感じます。」
苦い香りが、甘い香りをかき消すかのように喉を通った。
「長いんですか?」
「新卒からですから。前は横浜の方に入ってましたけど。でも甲斐中さんの方が長いのでは?」
「新卒からのスタートは同じですよ。」
「でも先輩じゃないですか。私がここに入ったのはオープンと同時期なので。」
「こっちでは新人ですから。仕事は微妙に違いますけどここでは、佐滝さんの方が先輩ですよ。」
仕事の会話とはいえ、予想以上に盛り上がる話に少しだけ、寂しさが紛れる気がした。
無理な上下関係もない気がして。
初めて会う人だからだろうか。
金多さんと同じような人だからだろうか。
「甲斐中さんって話しやすい人ですね。」
気づけばそう言っていた。
「見た目によらず…ですか?」
「…失礼ながら。」
「それも、よく言われます。」
金多さんが居なくなってからの気まずい空気が嘘のようだった。
なんか…不思議な人だな。
第一印象が堅そうな人だな…だ。
しかし清々しいほど見た目と裏腹すぎて、一つ一つに驚く。
「すみません…僕はもう戻らなきゃなので。」
「あ、こちらこそすみません。今度コンシェルジュの仕事内容とか聞かせてくださいね。」
「もちろんです。昂輝。グラスと一緒にお金置いとく。」
「かしこまりました~何円?」
「400。」
「会計待って貰っても?」
「明日どうせ来ます。」
「じゃあお釣りは僕が貰いますね~」
「…昂輝。」
「すみませんでした。」
2人の不思議な力関係の会話を聞きながら甲斐中さんが頭を小さく下げるのとラウンジを出ていくのを見送る。
なんか…本当に不思議な人だった。
「藤色とはどうだった?」
「なんか…色々意外でした。」
「ああ見えて独身だぜ?」
「…なんでそれ私に言うんですか。」
「いや、なんか寂しそうな顔してたから。」
「金多さんのそういう勘が鋭いところは嫌いです。仕事に戻ってください。」
「はは、嫌われたか。まぁ男の寂しさは男で埋めろってね。じゃあ好きな時に会計して好きな時に帰ってくれていいから。」
そういうとちゃんと仕事に戻る金多さん。
あの人だけはいつ関わっても読めない人だ。
私はその変な感覚を忘れようと、苦いコーヒーを口に流し込んだ。
~ロングアイランドアイスティ~
・ジン
・ウォッカ
・ラム
・テキーラ
・ホワイトキュラソー
・フレッシュレモンジュース
・コーラ
4つものスピリッツを混ぜ、レモンジュースやコーラを加えた度数の強いカクテル。
味は不思議なことにアイスティの味がして軽く飲めてしまう。
レディキラーカクテルとも呼ばれている。
アメリカニューヨーク州のロングアイランドで作られたためロングアイランドアイスティと呼ばれている
『もう少し甘えればいいのに』
『花鈴みたくすればいいのに。』
言われ慣れた言葉を並べて成り立つ方程式なんか一言で済ませられる解だ。
理数系じゃなくても分かるその言葉の方程式は引き算みたく自分をすり減らしていく。
『彩芽よりも好きだよ。』
その言葉が酷く、重い泡になる。
浮き上がることも無いまま、ずっとそこに居続けるかのように。
いつの間にか経った4時間を知らせるからくり時計が鳴り響く。
ふっと浮き上がった意識に時計を見れば小人たちがくるくる回り、時計の中で華やかにダンスを踊っていた。
手を取りあった農夫と町娘が手を取り合って踊るその小さな姿を少しの間眺めた。
何かを考えることも無いまま。
コーヒーの香りだけを頼りに仕事に専念した。
「佐滝さんもう上がりでしょ?」
その一言が何も思わない10時間から戻してくれた。
仕事となると急に時間が過ぎていくから不思議だ。
どれくらい過ごしたのか、分からないほどに。
仕事をしていると意識が飛んでるんじゃないかというほどあっというまだ。
手首は酷く痛んでいていつの間にかコーヒーの香りも消えていた。
気づけばもうランチも終わり、ディナーの時間に切り替わる前だという。
「あ…そうですね。夜番が普段なのでなんか変な感じです。」
「働きすぎなんですよ佐滝さん。」
「そんな死にそうになる時間働かなくていいのに…」
「いやいや、金多さんに言われたくないんですけど…」
「僕は9時間しか働いてないよ?」
「金多さん、9時間、それも深夜労働って世の中では社畜と言われる部類ですよ。」
「それを言ったら開けから16時までの佐滝さんだってそうだろう?」
平田さんと金多さんにそう言われて何となくだけどそうなんだと思う。
「じゃあ私はもう直で帰りますね~。金多さん、あとは頑張ってください。」
「おー、平田さんお疲れ様。」
切り替わりの時間はもちろん誰もいなくて準備時間だ。
まだ沈みきってないのに東京はもうイルミネーションのように光がちらほらとついている。
それを見て思うのは寂しさだった。
勝手に更衣室に入って着替えを済ませる。
ふと見たスマホには何件かの通話履歴とメッセージ。
それを見てあぁ、昨日から放置してたっけと思い出す。
連絡系は一切触れていない。
今も、暫くは触れたくない。
帰るためにホールに出るとまだ誰もいるはずのないカウンターに1人、男性がいた。
「そうなんだよ海外留学ってなると俺がいないだけでこのラウンジ傾くだろ?」
「はは…昂輝が居ないと実際傾きそうだ。」
金多さんと気楽に話しながらお酒を嗜むその人はスーツで、社章からしてうちの上層部だ。
しかも珍しく金多さんのことを下の名前呼びで。
「お、お疲れ様、佐滝さん。」
「お疲れ様です。金多さんもう切り替えは…」
「あぁ、終わらせたよ。佐滝さんも1杯飲んでいきます?」
金多さんはニカッと笑いながら何も入ってないグラスを揺らす。
それすらも私にとっては誘惑だ。
「今は余計な客がいるけどいいかな?」
「余計とはなんだ余計とは。」
そこで初めて静かにお酒を飲んでいた男性が口を開く。
「いやさ、だってコンシェルジュがここに来るなんてなんか視察されてるみたいでいやじゃん?」
「こ、コンシェルジュ?!」
それに驚いてつい声を上げてしまう。
「ほら、うちの看板娘が怖がってる。」
「揶揄うなよ昂輝…」
「そうです。揶揄わないでください金多さん。」
「はは、2人に怒られたか。そういえば自己紹介しあっとけよ。これからたくさん出会うから。」
これからたくさん出会うとは…?と頭に疑問符を浮かべながらも自己紹介をするしか無かった。
なんせコンシェルジュだし…
「佐滝 彩芽です。普段はラウンジ担当です。」
「甲斐中 藤色。藤色って書いてとしきって読みます。コンシェルジュ担当で少し前に関西の方から来ました。」
「あぁ、大阪支部の…!」
「まぁいわゆる異動だな。今年コンシェルジュの旭川さん定年退職しただろう?」
「そういえば…かなりお若い方が異動されたんですね。20代とか…ですか?」
そう言うと2人はポカンとして金多さんは笑いだした。
「はははっ!藤色!お前若いってさ!メガネの意味ないじゃんやっぱ!新卒とか良かったな!」
「うるさい…。昂輝にだけは言われたくないよ中学生。」
「こいつこう見えて32なんだよ。佐滝さんやっぱり面白いや。」
「えっ…すみません…!年上の方にそんな…!」
「いや…いいですよ…昂輝と同じくよく言われるので。」
「サラッと僕をディスらないで?」
おっと時間だと言ってカウンターから離れた金多さんは入口を開けてお客様を待つ。
もちろんそうなると初対面の方と2人というなんとも気まずい空気なわけで。
「何か、飲まないんですか?」
「え、あ、そうですね…金多さん、同じの貰っていいですか?」
「え、コーヒーでいいの?飲まないの?」
「え?」
甲斐中さんのグラスを見るけどグラス的にブラックルシアンだと…
「あ、ごめんグラス漂白してていまゴブレ使えなくってさ、代用でオールドファッショングラス使ってたんだ。」
「あぁ…そういうこと…それならそうと言ってくださいよ金多さん。」
「一応このコンシェルジュ休憩時間だしさ、飲ませる訳には行かないんだよ。」
「…休憩時間にお邪魔してしまって申し訳ありません…」
もう何から謝ればいいのか分からないままとりあえず頭を下げる。
「いや、こう…金多以外にも話せる人がいるのは僕的には嬉しいので…」
「こいつこっちに友達居ないからさ~」
「昂輝、職務中は私語は禁止だろう。」
「…すいませんでした。コンシェルジュ様。」
2人はかなり仲がいいらしく軽口をたたきながらも話している。
それを見てそういえば金多さんはこっちに勤務する前は少しだけ大阪にいた事を思い出す。
激務で死ぬかと思った…と聞いたのも覚えている。
「とりあえず佐滝さん何にする?」
「えっと…じゃあコーヒーで。」
「あ、結局飲まないのね。」
「よくよく考えれば明日も仕事ですし…」
「明日は?締め?」
「締め9時間です。」
「じゃあ同じか。なら飲んでも後半日はあるしいいんじゃね?ブラックルシアンでも。」
無闇に誘惑をしてくる金多さんを上手くかわしてハンディーで勝手にコーヒーを打つ。
なんだかんだ言いながら普段のグラスとは違うもののコーヒーを出してくれるんだから金多さんは優しい。
「じゃあ僕は接客行ってくるから。」
コースターとコーヒーの入ったグラスを置いて金多さんは入口の方へ行く。
そしてまた、気まずい空気になる。
話すこともなければ動くことも出来ない。
まさに蛇に睨まれた蛙だ。
「佐滝さん。」
「あっ、はい!」
裏返った声で返事をするけど甲斐中さんは気にする様子も無く話しかけてくれる。
「普段は遅番ですか?」
「はい。大抵金多さんと同じ16-25です。」
「凄いな…夜眠くなったりしませんか?」
「眠くなるので…休憩時間に仮眠を取ります。」
「やっぱりどこも同じなんですね。」
ふっと目を細めて甲斐中さんはコーヒーを口に含んだ。
それに合わせるように私も1口、コーヒーを飲んだ。
苦い香りが味覚にも、嗅覚にも伝わる。
「あなたはブラックで飲むんですね。」
「え、はい。」
「僕はブラックだと苦すぎて飲めないんですよね…」
それを聞いて一瞬だけ思考が止まる。
見た目はなんか飲めそうなのに…と考えてしまう。
瞳を覆う瞼は細く開かれていて一重。
瞳孔が案外広いからかあまり目付きが悪く見えないだけな気がする。
髪型はフォーマルに整えられていてちゃんとワックスで固められている。
「なんか…意外ですね。」
「よく言われます。飲んでみます?」
「あ、じゃあ貰ってもいいですか?」
グラスを受け取り反対側に口をつける。
「甘い…」
そのコーヒーはまるで砂糖漬けにでもされたのかのように甘かった。
ブラックを飲んだから、尚更だろう。
「ガムシロップ2個分入ってますからね。」
「それは甘いですね…でもコーヒーなんですね。」
「コーヒー自体は好きなので。家でもよく飲みます。」
「家でのコーヒーは格別ですよね…ゆったりした時間にコーヒー。こういう仕事をしてると凄く感じます。」
苦い香りが、甘い香りをかき消すかのように喉を通った。
「長いんですか?」
「新卒からですから。前は横浜の方に入ってましたけど。でも甲斐中さんの方が長いのでは?」
「新卒からのスタートは同じですよ。」
「でも先輩じゃないですか。私がここに入ったのはオープンと同時期なので。」
「こっちでは新人ですから。仕事は微妙に違いますけどここでは、佐滝さんの方が先輩ですよ。」
仕事の会話とはいえ、予想以上に盛り上がる話に少しだけ、寂しさが紛れる気がした。
無理な上下関係もない気がして。
初めて会う人だからだろうか。
金多さんと同じような人だからだろうか。
「甲斐中さんって話しやすい人ですね。」
気づけばそう言っていた。
「見た目によらず…ですか?」
「…失礼ながら。」
「それも、よく言われます。」
金多さんが居なくなってからの気まずい空気が嘘のようだった。
なんか…不思議な人だな。
第一印象が堅そうな人だな…だ。
しかし清々しいほど見た目と裏腹すぎて、一つ一つに驚く。
「すみません…僕はもう戻らなきゃなので。」
「あ、こちらこそすみません。今度コンシェルジュの仕事内容とか聞かせてくださいね。」
「もちろんです。昂輝。グラスと一緒にお金置いとく。」
「かしこまりました~何円?」
「400。」
「会計待って貰っても?」
「明日どうせ来ます。」
「じゃあお釣りは僕が貰いますね~」
「…昂輝。」
「すみませんでした。」
2人の不思議な力関係の会話を聞きながら甲斐中さんが頭を小さく下げるのとラウンジを出ていくのを見送る。
なんか…本当に不思議な人だった。
「藤色とはどうだった?」
「なんか…色々意外でした。」
「ああ見えて独身だぜ?」
「…なんでそれ私に言うんですか。」
「いや、なんか寂しそうな顔してたから。」
「金多さんのそういう勘が鋭いところは嫌いです。仕事に戻ってください。」
「はは、嫌われたか。まぁ男の寂しさは男で埋めろってね。じゃあ好きな時に会計して好きな時に帰ってくれていいから。」
そういうとちゃんと仕事に戻る金多さん。
あの人だけはいつ関わっても読めない人だ。
私はその変な感覚を忘れようと、苦いコーヒーを口に流し込んだ。
~ロングアイランドアイスティ~
・ジン
・ウォッカ
・ラム
・テキーラ
・ホワイトキュラソー
・フレッシュレモンジュース
・コーラ
4つものスピリッツを混ぜ、レモンジュースやコーラを加えた度数の強いカクテル。
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