もし明日、死ねるなら

宵月

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餓死は向いていない

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「ほら、今日こそは動かないと。もう朝だよ。」

「…。」

目を覚まして夢であればと思ったけれどそうでは無いらしい。

目が覚めたら病院でもおかしくないだろうこの状況だと言うのに紛れもなく見慣れた天井だ。

カーテンがしっかりとかけられた部屋ではスマホの画面はあまりにも明るすぎる。

すぐさま画面の明るさを最低にして画面を閉じる。

「やだ。」

1つ思ったことといえばそれくらいだ。

動きたくない。

昨日もそうして動かなかった訳だが。

でも、人間というのは厄介なもので何もしなくても1日食事をしないと飢えるらしい。

こうなって初めて知る。

3大欲求のどれかっていうのはこういう時に欲しがるものなんだろうか。

「どうしても動かないかい?」

「動いた方がいいの、車に跳ねられるとか。」

「別にそれはどうだっていいさ。僕が、君を、時間通りに殺せば記述通りに君は殺されてくれるんだから。」

その言葉の手放し方に思わず唖然とするが同時にやはりこいつは死神なんだと再認識させられる。

「僕が言いたいことはただ一つ、今のままだと確実に君は死ぬよ。」

「…あぁ。」

どうにもならないんだろ。

その一言を飲み込む。

「それを、どうにかしたいとは思わない?」

「…はいはい、分かった、動くよ。」

起き上がってベッドに腰掛ける。

「それでいい。君はそうやって生きるべきなんだよ。」

「勝手に決めつけるな。」

「そうだね。君は君の意思でしか生きられないんだ。僕には関係無い。それに君が生きようとしたところで死ぬのは確定なんだから。」

…本当に、イラつくなこいつ。

心の片隅に溜まる黒いモヤを必死に留める。

「まぁ、とりあえず今はご飯を食べて、それから、だよね。あと数時間しかない命をせめて楽しんでまだ生きたい、まだ死にたくないってもがいてよ。」

「お前に指図される覚えはないから。」

「なら君は何に指図されて生きてるのかな。」

「…。」

答えられなかった。

俺には、そんなものは無いからだ。

無いものだらけ。

ただ流れで生きているだけ。

だと言うのに。

「さ、行こう。まずは腹ごしらえだ。」

手を引かれるように俺は立ち上がる。

そしてそのままキッチンへ向かう。

「さぁ、何が食べたい?何でもいいよ。」

「…なんでもいいのか?」

「うん、もちろん。君の好きなものでも、嫌いなものでも。僕みたいな可愛い少年に作ってもらえるんだよ?感謝してよね?」

「…。」

反応に困って口を閉じる。

少年趣味はないのだが。

「ほら、早く何が食べたいか教えてよ。」

「…オムライス。」

そういうと少年は屈んでこっちを見ていたというのに背筋を急に伸ばして驚くような素振りをする。

「へぇ~、意外だねぇ。」

「悪いかよ。」

「別に?悪くはないさ。」

冷蔵庫を開いてないはずの材料を取り出す少年を見てるとまるで自分が母親になった気分になる。

母親が、風邪の日なんかに必死に頑張るあれ。

「お母さんみたいって思ってない?」

「…逆。」

「そっちが母親役かい?」

「…それもそれで怖いな。」

「ふぅん、まぁどっちでもいいけど。」

少年は卵を片手にボウルに割っていく。

「君は子供が好きだったりするの?」

「急に聞く質問にしては雑だな。」

そう返すと、少年は卵をかき混ぜながら答える。

「別に深い意味なんてないさ。ただ気になってね。君が子供の面倒を見るのが好きで、自分の子供や姪や甥達の為に毎日のように働いてるのなら僕は邪魔者だからね。最後にそういう子に会いたいと思うのだろうかと。」

「別にそういう訳じゃない。まず彼女いないって言っただろ。兄弟も居ない。」

「知っているさ。家族関係くらい把握している。それにしてはあまりにも僕の扱いが上手いなと思ってね。」

「…んなわけ。」

頭を乱暴に掻きながら答える。

なんでわざわざ、踏み込んでくるのか。

分からないことだらけだ。

「ただ単に、俺が子供の頃に母親が死んでるから、こんなんだったんだろうなって思っただけだよ。」

「へぇ。」

「聞いといて興味無しかよ…。」

「いや、あるさ。僕は君を殺す人間だよ?それなのに自分のことを話してくれるんだね。」

「それはお前もだろ。わざわざ聞くとか、変わってる」

「そうかな。でもまぁ、確かにそうかもね。」

フライパンに油を引いて、溶いた卵を流し込む。

子気味いい音が部屋に響く。

火をつけて、少し待った後すぐにひっくり返す。

慣れた手つきで皿に移すとケチャップをかけて完成らしい。

「はい、お待たせ、料理上手なれんくん特製オムライス。ハートでも書いてあげようか?」

「…いらない。」

というか、名前、れんって言うのか、と思ったことは言わない。

「君くらいだよ僕の情報を渡すのは。全く、自分でも不可思議だよ。似ているわけでもないのにね。情が出たわけでもないのに。」

死神ってことと名前だけしか教えてないだろってことにはあえて触れない。

面倒だろうから。

1口食べれば適度に美味しくて。

店屋物以外の他人の作った食事自体相当久しぶりだ。

味は濃い目だが、それがまたいい塩梅だ。

「どうだい?」

「普通にうまい。」

「そうかい、それは良かったよ。」

「…なぁ。」

「なんだい?」

「お前って、本当に死神なのか?」

そう聞けば、彼は目を丸くする。

そしてクスッと笑う。

「君はまだ、僕を疑うのかい?」

「だってそうだろ。」

正直こんなことをしてる暇あるならさっさと殺せばいいもののと思ってしまう。

「紛れもなく僕は死神さ。君が死ねば分かる事だけどね。」

「…。」

こいつは、本当に何を考えているのか。

俺には理解できない。

「まぁ、君には関係のないことだけれど。だってどうしたって君は死ぬんだから。」

「…。」

聞くことに対して諦めた。

「それより、さっきの話だけれど。君には何か目標はないのかい?」

「…。」

黙りを決め込んだ俺を見て少年はため息をつく。

そして、呆れたように口を開く。

「無いの?」

「うるさい。」

「じゃあ、とりあえず生きる為だけに生きればいいんじゃない?まだ死にたくないんでしょ?」

「…さぁ。」

曖昧な返事をする。

すると少年はまたもやため息をついた。

「じゃあ質問を変えるよ。」

「なんだよ。」

「君は今何がしたい?」

「…。」

答えられなかった。

俺は一体何がしたいのだろうか。

「さっき言っただろう?君は君の意思でしか動かないんだよ。それを他人に任せては早くも死んでるも同然なんじゃない?」

「…そうかよ。」

「うん。少なくとも、今の君は、生きているとは言えないよ。」

「…。」

生きてると言えない。

その言葉が深く胸に刺さった。

言われても仕方がない。

「まぁ、ゆっくり考えなよ。そんなに時間ないけど。」

少年は笑う。躊躇いもなく。

「ほら、食べ終わったなら食器洗っちゃうからね。」

半ば奪われるように食器を取られる。

意味もわからないまま、終わる。

…知ることは無くていいだろう。

だって、知ったところで、俺があいつに殺されることなんてきっと決まっているのだから。
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