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16.彼の元婚約者
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「フェリシア・ドートリッシュ王子妃殿下に、アメリア・ノリッジがお目にかかります」
見惚れるくらい優雅なカーテシー。気品のある微笑みを浮かべたアメリアは扇子を広げ口元を隠しながら私に語り掛け出した。
「ドリアーヌ王妃殿下の代理をなさってると聞いて、私にお手伝い出来る事はないかと思って急いで参内いたしましたの」
「お気遣いありがとうございます。でも、私が頼まれた仕事なので、お気持ちだけ頂いておきます」
「遠慮しないでくださないな。ドリアーヌ王妃殿下のお仕事の手伝いはジスラン王子殿下の婚約者だった頃からしているから慣れていますわ」
ジスランと彼女が並んで手を振っているのを遠目に見た事があった。胸にチクリと棘が刺さるような痛みを感じる。
「私も直ぐに慣れるように努力するので、手伝いは結構ですわ」
親切で申し出てくれているのかもしれないが、王妃の仕事は王宮外の人間が触れるべきではない。
「そう⋯⋯。フェリシア王子妃殿下はお噂通り、非常に優秀な方ですのね。では、せめてアダム・ベルモンの断罪は私にお任せください」
「いえ、ベルモン伯爵には聞きたい事があるので、そちらも私が行います」
一瞬、アメリアの目が鋭くなったが、再び弧を描いた。
「アダム・ベルモンは王族暗殺未遂の現行犯。極刑に値します。舌を抜き地下牢に閉じ込めなさい」
アメリアの言葉と共に、周囲に待機していた護衛騎士たちが動き出す。アメリアはジスランの元婚約者だが、今は一貴族令嬢にすぎない。王族のような振る舞いをする彼女に違和感を感じる。
「アメ⋯⋯」
何か話そうと口を開いたアダム・ベルモンをアメリアは手刀で気絶させた。
「アメリア嬢。私はベルモン伯爵から聞き出したい事があります。話をできなくされてしまっては困ります!」
舌を抜かれてしまっては聞き出せる事も聞き出せない。
「フェリシア王子妃殿下は、お優しいのですね。この首についた手形をネックレスの痕だったとでもおっしゃるの?」
アメリアが私の首筋を指先でなぞり、私はなぜだか寒気がした。
騒ぎを聞きつけたのか、ジスランが足早に近付いてくる。
「アメリア嬢、何をやっている。フェリシアに手を触れるな」
ジスランがやや乱暴に、アメリアの手首を捻りあげた。
王族らしい紳士的な振る舞いを身につけているジスランらしくない。
人目も憚らず、元婚約者の貴族令嬢に敵意を剥き出しにする彼。
周囲もジスランらしからぬ不躾な行動に目を丸くしている。
「ふふっ。十年以上も婚約していたパートナーに対して冷たいのですね」
流し目で少し切なそうに呟くアメリア。私は思わずジスランを諌めた。
「ジスラン、アメリア嬢の手首を離して!」
ジスランは彼女から手を離すと、私を宝物を他人から隠すように優しく抱き寄せて来た。
「今は、フェリシア王子妃殿下に夢中なのですね。黙って人の言いなりになる貴方を初めてみましたわ」
アメリア・ノリッジの言葉は「今は」の部分にアクセントが掛かっていた。
その何気ない単語は私の心臓を突き刺してくる。
彼女はジスランに話し掛けながらも、常に私から目を離さない。
「アメリア嬢、その態度は不適切だぞ? 君はもう僕の婚約者ではない。王宮の奥まで出入りするのは許さない」
ジスランの声がいつになく冷たい。威圧感があり、周囲の空気がピリッと緊張するのが分かった。
彼の視線に震え上がりそうな冷酷さを感じた。そんな彼の睨みを交わすようにアメリアは私だけを見据える。
「フェリシア王子妃殿下、見てください。ジスラン王子殿下は気持ちが冷めると、これ程に薄情なのです」
「アメリア嬢。私の事を心配なさってくれていますか? 私は自分のことをジスランが飽きるまでの期間限定の妻だと理解しています」
私の言葉に周囲が騒めく。
扇子で口を隠しながらも、大声で笑うアメリアに違和感。完璧な礼節を身につけた彼女らしくない態度だ。
おそらく彼女は私と距離を縮めようとしている。
「フェリシア王子妃殿下、私の事はアメリアとお呼びください。妃殿下とは、今度、膝を突き合わせてゆっくりお話ししたいですわ。どうやら今のところ私はお邪魔のようなので失礼致しますね」
優雅に挨拶をすると、颯爽と立ち去るアメリア。彼女が視界から消えると、ジスランが私を抱きしめる力を強めた。
「ジスラン、アダム・ベルモンが別荘でのテロ事件に関与している可能性があります。地下牢に連れてかれましたが尋問をさせてください」
耳元で私が囁いた言葉にジスランが頷く。私たちは王城から少し離れた地下牢に向かった。地下牢の入り口で守衛から鍵を預かる。
「先程収監されましたアダム・ベルモンは一番奥の牢におります。ジスラン王子殿下、今、護衛を呼びますのでお待ちください」
「護衛は必要ない。直ぐに戻る」
ジスランは護衛を断り、私と二人でアダム・ベルモンとの面会を希望した。
地下牢へ続く石段を降りながら、私の首筋をなぞりジスランが囁く。
「フェリシア、もう無理をしないでくれ。君に何かあったら僕は生きていけない」
「無理はしていませんよ」
ジスランは今、本当に私を好きでいてくれている。その気持ちが刹那的なものでも嬉しく感じるのは、私が愛に飢えいるからだけではない。
階段を降り切り案内された先の地下牢で見たのは、口から血を流し倒れ込むアダム・ベルモンだった。守衛から預かった鍵で慌てて地下牢の扉を開ける。
「どうして⋯⋯」
見るからに絶命しているアダム・ベルモンを前に私は言葉が続かない。
ジスランが倒れ込んでいるアダム・ベルモンの口を開ける。
「状況から察するに、自ら舌を噛んで死んだようだな」
「自分で?」
先程まで気絶していたアダム・ベルモンが自分で舌を噛んだらしい。
私はこの状況に違和感しか感じない。ジスランは私にここから退出するように促した。人ではなくなった獣のようなうめき声がする地下牢。私もここに長く滞在したくはない。
出口に向かう石段を踏み締める。先程はアダム・ベルモンと話をしようと、足早にこの階段を降りた。でも、今はジスランと二人の時間に場所も弁えずときめき、階段を上る足が遅くなっている。
彼の後をついていく私を意を決したような表情をしたジスランが振り向いた。
「フェリシア、アメリア・ノリッジとは関わらないでくれ。彼女は何かにつけて、君に接近しようと試みて来るだろうが突っぱねて欲しい」
ジスランの声に切なる願いを感じる。
「分かりました」
「理由は聞かないのか?」
「理由ですか? そんなものは何でも良いです。ジスランが嫌がる事を私はしたくありません」
私はジスランに微笑みながら、心から生まれた言葉を伝えた。期間限定だとしても、今は彼の妻。彼に恋した時間を後悔することがあっても、今は思いのままに言葉を紡ぎたい。
「ここが何処か忘れそうになる笑顔だな。今晩は取り決めをした一週間に一度の楽しみだ」
周りに仲睦まじい夫婦と見せる為、私たちは一週間に一度寝室を共にする事にした。
「期待していたら済みません。私は何もする気はありませんよ」
「何もしないでも、フェリシアといるだけで僕は幸せだ」
ジスランの言葉が素直に嬉しい。しかしながら、心のままに「私も」と返事をしたら、終わりが来る恋が加速しそうで怖い。
突然ジスランは私を横抱きにすると、石段を駆け上がる。
「僕はいつだってフェリシアを抱きたいけどね」
無邪気に軽薄な言葉を吐く彼には呆れてしまう。
しかも、彼自身も自分の発した言葉に呆れているから手の施しようのない。
「そんな事したら、即契約期間終了で離婚です」
私は可愛げのない事を言ったのに、ジスランは楽しそうに微笑んでいた。
見惚れるくらい優雅なカーテシー。気品のある微笑みを浮かべたアメリアは扇子を広げ口元を隠しながら私に語り掛け出した。
「ドリアーヌ王妃殿下の代理をなさってると聞いて、私にお手伝い出来る事はないかと思って急いで参内いたしましたの」
「お気遣いありがとうございます。でも、私が頼まれた仕事なので、お気持ちだけ頂いておきます」
「遠慮しないでくださないな。ドリアーヌ王妃殿下のお仕事の手伝いはジスラン王子殿下の婚約者だった頃からしているから慣れていますわ」
ジスランと彼女が並んで手を振っているのを遠目に見た事があった。胸にチクリと棘が刺さるような痛みを感じる。
「私も直ぐに慣れるように努力するので、手伝いは結構ですわ」
親切で申し出てくれているのかもしれないが、王妃の仕事は王宮外の人間が触れるべきではない。
「そう⋯⋯。フェリシア王子妃殿下はお噂通り、非常に優秀な方ですのね。では、せめてアダム・ベルモンの断罪は私にお任せください」
「いえ、ベルモン伯爵には聞きたい事があるので、そちらも私が行います」
一瞬、アメリアの目が鋭くなったが、再び弧を描いた。
「アダム・ベルモンは王族暗殺未遂の現行犯。極刑に値します。舌を抜き地下牢に閉じ込めなさい」
アメリアの言葉と共に、周囲に待機していた護衛騎士たちが動き出す。アメリアはジスランの元婚約者だが、今は一貴族令嬢にすぎない。王族のような振る舞いをする彼女に違和感を感じる。
「アメ⋯⋯」
何か話そうと口を開いたアダム・ベルモンをアメリアは手刀で気絶させた。
「アメリア嬢。私はベルモン伯爵から聞き出したい事があります。話をできなくされてしまっては困ります!」
舌を抜かれてしまっては聞き出せる事も聞き出せない。
「フェリシア王子妃殿下は、お優しいのですね。この首についた手形をネックレスの痕だったとでもおっしゃるの?」
アメリアが私の首筋を指先でなぞり、私はなぜだか寒気がした。
騒ぎを聞きつけたのか、ジスランが足早に近付いてくる。
「アメリア嬢、何をやっている。フェリシアに手を触れるな」
ジスランがやや乱暴に、アメリアの手首を捻りあげた。
王族らしい紳士的な振る舞いを身につけているジスランらしくない。
人目も憚らず、元婚約者の貴族令嬢に敵意を剥き出しにする彼。
周囲もジスランらしからぬ不躾な行動に目を丸くしている。
「ふふっ。十年以上も婚約していたパートナーに対して冷たいのですね」
流し目で少し切なそうに呟くアメリア。私は思わずジスランを諌めた。
「ジスラン、アメリア嬢の手首を離して!」
ジスランは彼女から手を離すと、私を宝物を他人から隠すように優しく抱き寄せて来た。
「今は、フェリシア王子妃殿下に夢中なのですね。黙って人の言いなりになる貴方を初めてみましたわ」
アメリア・ノリッジの言葉は「今は」の部分にアクセントが掛かっていた。
その何気ない単語は私の心臓を突き刺してくる。
彼女はジスランに話し掛けながらも、常に私から目を離さない。
「アメリア嬢、その態度は不適切だぞ? 君はもう僕の婚約者ではない。王宮の奥まで出入りするのは許さない」
ジスランの声がいつになく冷たい。威圧感があり、周囲の空気がピリッと緊張するのが分かった。
彼の視線に震え上がりそうな冷酷さを感じた。そんな彼の睨みを交わすようにアメリアは私だけを見据える。
「フェリシア王子妃殿下、見てください。ジスラン王子殿下は気持ちが冷めると、これ程に薄情なのです」
「アメリア嬢。私の事を心配なさってくれていますか? 私は自分のことをジスランが飽きるまでの期間限定の妻だと理解しています」
私の言葉に周囲が騒めく。
扇子で口を隠しながらも、大声で笑うアメリアに違和感。完璧な礼節を身につけた彼女らしくない態度だ。
おそらく彼女は私と距離を縮めようとしている。
「フェリシア王子妃殿下、私の事はアメリアとお呼びください。妃殿下とは、今度、膝を突き合わせてゆっくりお話ししたいですわ。どうやら今のところ私はお邪魔のようなので失礼致しますね」
優雅に挨拶をすると、颯爽と立ち去るアメリア。彼女が視界から消えると、ジスランが私を抱きしめる力を強めた。
「ジスラン、アダム・ベルモンが別荘でのテロ事件に関与している可能性があります。地下牢に連れてかれましたが尋問をさせてください」
耳元で私が囁いた言葉にジスランが頷く。私たちは王城から少し離れた地下牢に向かった。地下牢の入り口で守衛から鍵を預かる。
「先程収監されましたアダム・ベルモンは一番奥の牢におります。ジスラン王子殿下、今、護衛を呼びますのでお待ちください」
「護衛は必要ない。直ぐに戻る」
ジスランは護衛を断り、私と二人でアダム・ベルモンとの面会を希望した。
地下牢へ続く石段を降りながら、私の首筋をなぞりジスランが囁く。
「フェリシア、もう無理をしないでくれ。君に何かあったら僕は生きていけない」
「無理はしていませんよ」
ジスランは今、本当に私を好きでいてくれている。その気持ちが刹那的なものでも嬉しく感じるのは、私が愛に飢えいるからだけではない。
階段を降り切り案内された先の地下牢で見たのは、口から血を流し倒れ込むアダム・ベルモンだった。守衛から預かった鍵で慌てて地下牢の扉を開ける。
「どうして⋯⋯」
見るからに絶命しているアダム・ベルモンを前に私は言葉が続かない。
ジスランが倒れ込んでいるアダム・ベルモンの口を開ける。
「状況から察するに、自ら舌を噛んで死んだようだな」
「自分で?」
先程まで気絶していたアダム・ベルモンが自分で舌を噛んだらしい。
私はこの状況に違和感しか感じない。ジスランは私にここから退出するように促した。人ではなくなった獣のようなうめき声がする地下牢。私もここに長く滞在したくはない。
出口に向かう石段を踏み締める。先程はアダム・ベルモンと話をしようと、足早にこの階段を降りた。でも、今はジスランと二人の時間に場所も弁えずときめき、階段を上る足が遅くなっている。
彼の後をついていく私を意を決したような表情をしたジスランが振り向いた。
「フェリシア、アメリア・ノリッジとは関わらないでくれ。彼女は何かにつけて、君に接近しようと試みて来るだろうが突っぱねて欲しい」
ジスランの声に切なる願いを感じる。
「分かりました」
「理由は聞かないのか?」
「理由ですか? そんなものは何でも良いです。ジスランが嫌がる事を私はしたくありません」
私はジスランに微笑みながら、心から生まれた言葉を伝えた。期間限定だとしても、今は彼の妻。彼に恋した時間を後悔することがあっても、今は思いのままに言葉を紡ぎたい。
「ここが何処か忘れそうになる笑顔だな。今晩は取り決めをした一週間に一度の楽しみだ」
周りに仲睦まじい夫婦と見せる為、私たちは一週間に一度寝室を共にする事にした。
「期待していたら済みません。私は何もする気はありませんよ」
「何もしないでも、フェリシアといるだけで僕は幸せだ」
ジスランの言葉が素直に嬉しい。しかしながら、心のままに「私も」と返事をしたら、終わりが来る恋が加速しそうで怖い。
突然ジスランは私を横抱きにすると、石段を駆け上がる。
「僕はいつだってフェリシアを抱きたいけどね」
無邪気に軽薄な言葉を吐く彼には呆れてしまう。
しかも、彼自身も自分の発した言葉に呆れているから手の施しようのない。
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