10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました

専業プウタ

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21.シンデレラは振り返らない

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玄関扉を開けると、私はすかさずパンプスを脱ぎエレベーターのある側の廊下に投げた。
(これで、誤魔化せれば良いけど⋯⋯)
 非常階段のある重い鉄の扉を開く。
 どこまでも続きそうな階段に息を飲む。
 なんだか身体に少しだるさを感じるが、両頬を叩いて気合を入れて階段を降り始めた。
 冬馬さんへの恐怖からか、体調が悪いからか体の震えが止まらない。足を踏み外さないように手すりを掴みながら階段を降りる。
 非常階段を降り始めてすぐの踊り場で、階段を登ってきた江夏君と出会す。江夏君は少し汗をかいていて疲れが見えた。

「江夏君、どうして?」
「桜田さんのことが心配で⋯⋯」
 江夏君が私の足元に目線を映し、靴を履いていないことに驚いたのが分かった。中学の時に上履きを捨てられた裸足の私を見て、目を逸らした彼を思い出し暗い気持ちになる。
 気が付くと私は彼に抱き締められていた。
「今度こそ何があっても桜田さんを守り抜くから」
 私は彼の声に自分の震えが止まるのを感じた。
(私、怖かったんだ⋯⋯)
 
 その時、階上より重い扉が開いた音がして、また体が震え出すのが分かった。江夏君が私を抱きしめる力を強める。

「桜田さん、体が凄く熱い。熱があるんじゃ?」
 そういえば、冬馬さんも私が熱がありそうだと言っていた。私を騙して弄ぼうとしながら、私の体の心配をする彼は理解不可能だ。

「靴を落としましたよ。シンデレラ」
冷ややかな冬馬さんの声がして、私は体がビクつくのが分かった。
そっと江夏君の腕から覗き見ると、階上に冬馬さんが立っていた。
冬馬さんは私の投げたパンプスを持っていて、彼の瞳は燃えるような怒りで満ちていた。

「冬馬さん⋯⋯」
「どうして、俺から逃げようとするの?」
 冬馬さんの顔が一瞬苦しそうに見えて、私は罪悪感を抱きそうになる。彼と一緒にいた時間で情が芽生えたのかもしれない。


「もう、私の事は放っておいてください」
「俺は未来が好きだから、放っておかない」
 冬馬さんは強い力で、私を江夏君から引き剥がした。
 そして、私の前に跪いて王子様のように靴を履かせてくれる。私をずっと縋るような目つきで見てきて、思わず目線を逸らしてしまった。そんな私を冬馬さんが抱き寄せる。高そうなコロンの香りがして、彼はやはり自分とは住む世界が違うと感じた。

「江夏爽太! 北海道行きもなしにして、好きな部屋買ってやるから俺の前から消えろ」
 頭の上から冬馬さんの冷たい声がする。彼は当然のように人の人生を左右する選択を自分ができると思っている。
「城ヶ崎副社長がお望みなら、俺は姿を消します。でも、桜田さんは絶対に貴方には渡しません」
 江夏君の凛とした強い声がする。

「⋯⋯離してください」
 私は思いっきり冬馬さんの胸を押し返した。
 
「未来が好きだから離れたくない」
 冬馬さんが骨が折れそうなくらいに私を抱きしめる力を強める。
その温かさと優しい声色に勘違いしそうになる。

「私が好きなら手放してください」
「好きとか軽い感情じゃないから、心から愛してるから手放せない」
 私を騙していた男の気持ちなど信じられるはずがない。

「そんなこと、好きでもない人からいられても迷惑なだけです。さよなら、冬馬さん」
 私の冷たい言葉に冬馬さんの拘束が一瞬弱まった。
 その隙に私は江夏君とエレベーターホールに行った。後ろから冬馬さんの視線を感じたけれど、私は振り返らなかった。

「江夏君、私、実家に帰るね。私を心配してくれてありがとう」
「俺も一緒に地元に帰るよ。こんな夜遅く桜田さんを一人で歩かせられない」

 私は自分が刺されそうになった時の恐怖を思い出して、江夏君の厚意に甘えることにした。
 地元までの鈍行列車に乗ると、揺れが気持ち良いのかうとうとし始める。
「桜田さん? 眠いなら寝ても良いよ」
「んっ? でも、そういう訳には⋯⋯江夏君、地元に戻ったら会社遠くなっちゃうよ」
 私は薄れゆく意識の中で江夏君が心配になった。
 彼のことは私を虐めた連中以上に大嫌いだった。でも、今は彼が複雑な気持ちだった事を理解できる。

「別に同じ関東地方だよ。通勤が大変になることを心配してくれてるの? 俺は桜田さんが地元にいる間は地元から会社に行くよ。人の事ばかり気にして、相変わらず桜田さんは優しいね」
「あんな高級マンションの部屋を買ったのに、住まないと勿体なくない?」

 私は自分で言っていて、江夏君と自分が過ごした十年は全く違うのだと思い知らされた。
「賃貸だから、気にしないで! 流石に二十代であのレベルのマンションの部屋は買えないよ」
 フラフラする私を抱き寄せながら江夏君が言う。私は気がつけば彼の肩に頭を乗せていた。身体中が熱を持っていていうことを聞いてくれそうにない。

「熱い⋯⋯」
「熱が篭ってる。到着したら起こすから、もう寝て」
 私のクラクラする頭を江夏君はそっと自分の太ももの上に持っていく。
膝枕と言うやつだろうか、そんなに柔らかくないのに気持ちいよい。

「好きだよ。本当にずっと君のことだけが好きだった⋯⋯」
 熱がだいぶ上がっているのかもしれない。私は地元に向かう電車の中で、江夏君が私に囁く言葉を聞きながら意識を手放した。
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