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第三章

第107話 救いたい人、そうでない人②

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 竜王教会、タートルロック大聖堂の地下基地にて。

「ドラゴンコア十七号。心肺停止。竜王本体には何も反応ありません。……失敗です」

 その報告を聞いたマクシミリアン司教は焦っていた。

「ちっ、イワノフ主任。ドラゴンコアのストックはあと何個ある?」

「はい、あと5体。しかし、いずれもまだ幼く、最悪一回の実験でロストする可能性が高いです。
 ……それに、言いにくいのですが、これらのドラゴンコア、品質の劣化が著しいです。
 化け物だらけではないですか。とくに最後に産まれた個体はほぼレッサードラゴンでしたよ。
 出産の際に母体を食い破ったそうじゃないですか。あれは最早ただのモンスターとしか思えません」

「……薬の量を増やした弊害か、だが構わん。もう我らにはあまり時間がないのだ」

 我々の計画は恐らくロクサーヌがばらしてしまっただろう。
 組織を大きくし過ぎた弊害か。

 だが、後悔しても遅い。竜王様復活の為に最後の賭けに出るしかないか。
 
 
「マクシミリアン司教。失礼します。その、緊急でご報告が……」
 信者の一人がマクシミリアンに耳打ちする。

 どうやら、タートルロック全体に避難勧告が発令されたとのことだった。

 その内容は温泉から有毒ガスが噴出して、全ての住民は速やかに街から避難すること、というものだった。
 
 そんなわけがない。この地域にある温泉は全て偽物だ。

 それを知ってるのは温泉宿の関係者か、ここの領主のみ。そして避難勧告は領主権限でしかだせないはず。

 つまり、これから我々への攻撃が始まるという事か。それも街全体を巻き込んだ大規模な攻撃が。

「イワノフ主任。すまんな、もう時間切れのようだ。次が最後になるだろう。ドラゴンコアを全てぶちこめ。
 ……案外成功するかもしれんぞ」

「……たしかに、それは試したことがありませんでした。盲点でしたね」

 イワノフは檻の中で鎖に繋がれた、レッサードラゴンと人間の中間の生き物を見ながら思った。

 知らない人間からしたら、これが人から生まれた生物だと誰が思うだろうか。

 これはこれで育てれば新たな発見はあるだろうか。
 いや、こんな不完全な醜い生き物、無事に育つわけがない。

 ウロコがないトカゲ。
 そして鋭く発達した爪、自分の肌を爪で引っ掻いただけで血が噴き出し、泣いている。

 知能は低い、また忘れたころに自分を引っ掻いてまた泣き叫ぶのだ。

 
「おい、皆! 最後のチャンスだ。これを全て竜王に繋げ。同時に起動実験を行う」

 イワノフはため息をつく。こんなのは実験ではない。
 行き当たりばったりで、事前の計算もしていない。
 何のアウトプットも得られないだろう。

 どのみち、失敗したらそれが我々の最後には違いないか。
 捕まれば死刑確定だからな。

 いや、成功しても我々は死ぬだろう。

 そうだ、こんな制御できないドラゴンコアは意味がない。

 洗脳教育を施し。少なくともしっかりとした自我を持つ10歳以上でなければ制御などできないのだから。

 イワノフは研究者としての矜持と、自身の行ってきた罪を考える。
 まあ、失敗したか、それも成果の一つであり、罪であり罰なのだ。

 せいぜい、カウントダウンのその日まであがくとしよう。
 死は平等だと聞く。それこそが俺の救いなのだ。
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