229 / 271
ダンジョン探索
227 ランチタイム
しおりを挟むローラはテーブルの上に置かれている、パンパンに膨れ上がった3つの小銭袋を見ながらカーソン達へ聞く。
「あらっ? その袋の中身は何ですの?」
「お金です。ダンジョン入口前まで行って、ちょっと小銭稼ぎを」
「小銭稼ぎ? 何をしてきたのですか?」
「治癒屋って名乗り、ヒーリング水を売ってきました」
「まぁっ!? ヒーリングを売ったのですか?」
「ええ。俺達3人の財布がパンパンになるくらい、結構な売れ行きでした」
「おいくらほど稼いできたのですか?」
「まだ勘定してないんです。金庫に入れて総額を確認しようかなと」
「1回あたり、おいくらほどで売ったのですか?」
「買う人達に任せました。価値に見合ったお金を払って下さい、って」
「あらっ、お値段を決めずに売ったのですね?」
「はい。みんな助かったって喜んでましたよ」
カーソンは小銭袋をポンポンと叩きながら、ローラへ答えた。
クリスとティコは、現地の状況を交えて経緯を話す。
「あそこの泉の前で始めたんですけど、最初はさっぱりでした」
「クリス様と2人で売り子したのですが、怪しいって警戒されましたっ」
「ほいで、こりゃもう実演して見せるしかないかなぁと思ってぇ」
「怪我されている人に説明して、治してあげたのです」
「そしたらもう、あっという間に大行列となりまして」
「列に割り込もうとする人とか出てきて、誘導が大変でしたっ」
「『死にそうだから俺を先に治しやがれ!』とか言って割り込むんですよ」
「それで先に並んでた人達と喧嘩するんですから、まだ元気ですよね」
「列に割り込んで喧嘩おっぱじめる奴のどこが、死にそうなのよって」
「クスクス……確かに、まだまだお元気そうですわね?」
随分と身勝手な怪我人もいるものだと、失笑するローラ。
ティコは治療代に値段を設けなかった理由を、クリスと共に話す。
「カーソン様は治療代を決めずに、治った人達の気持ち分を下さいと」
「払って貰うお金は、お財布痛めない程度の金額でいいですよって事で」
「1ゴールドってケチな人も居ましたけど、皆さん結構な額を支払って下さいましたっ」
「3人ほど、1万ゴールドも支払ってくれましたよ?」
「腕とか足がもげてかけてましたので、凄く喜ばれてましたっ」
「ホントあの人達、欠損させずに帰ってきて良かったよね?」
「諦めて切り捨ててきちゃってたら、治せませんでしたもんねっ」
「あらまぁ。それはまた随分と強運な方達でしたわね?」
「ええ。今日あの時間帯じゃなかったら、治せずに手足失くしてましたね」
「もう既に指とか失くしてた人達、凄く悔しがってましたっ」
もう諦めて切断するしかないような傷も完治し、既に欠損部位のある冒険者達は悔しがっていたと話すティコ。
クリスは逆に治して苦情を受けた事例もあったと、ローラへ話す。
「あ、そうそう。古傷まで治しちゃって、怒る人までいましたよ?
『俺の自慢の勲章が消えた、どうしてくれやがんだ!』ってカンカンに」
「治ったからいいじゃないですかって言っても、ずっと怒りっぱなしでっ」
「同じ場所に同じ傷をつけましょうかって聞いたら、更に怒っちゃって」
「カーソン様に突っかかっていきましたので、クリス様と阻止しましたっ」
「そしたらティコってば、手加減なしにぶん殴るんですもん」
「えっ、先に殴ったのってクリス様っ……」
「あたし殴ってないよ? ちょっと叩いただけだよ?」
「わたしが殴った時には、あの人もう気絶してましたよ?」
「あらあら、それはそれは…大変な目にも遭われたのですね……」
2人からの報告に、ローラは顔を引きつらせながら微笑んだ。
イザベラはカーソンの隣へ座り、右肘でテーブルに頬杖を着きながら話す。
「2人のお姫様に守って貰えるなんて、幸せな王子様ね?」
「いやいや。喧嘩っ早いお姫様なんて、ちょっとおっかないですってば。
クリスはそういう奴なので分かりますけど、ティコまで同じ事するし。
普段は臆病で大人しいクセに、揉め事になるとすぐに手ぇ出すのは……」
「ふふっ……クリスもティコも、貴方の事を守ってあげたいのよ」
「えぇっ…守りたいって……俺ってそんなに頼りない奴ですかね?」
「違うわ、逆よ? 頼れるからこそ、自分も頼りにされたいのよ」
「? それって、どういう事ですか?」
「女心ってのはね、男の貴方じゃ到底理解出来ないくらい複雑なのよ?」
「俺じゃ理解出来ませんかね?」
「そうねえ? 例えば…お腹が減ったら、貴方はどうする?」
「どうするって……ゴハン食べます」
「女はね? お腹が減ったら夢を食べるのよ?」
「え? 夢って……どういう意味ですか?」
「ねっ? 貴方には分からないでしょ? そういう事なの」
「なるほど……そりゃ俺に分かるはずがありませんね」
カーソンはイザベラの例え話を聞き、馬鹿な自分じゃ分からないハズだと納得する。
(あたし一応、女のつもりなんだけど……今の話全然分かんない)
(わたしも女だと思っていますけれど……全く分かりませんでした)
(夢って食べたら……どんな味がすんだろね?)
(何となくですけど……甘酸っぱそうな味でしょうか?)
(苺みたいな味すんの?)
(ハチミツをかけたレモンのような気がします)
(あーそっちか。そりゃ甘酸っぱいわ)
クリスとティコも、イザベラの例え話が分からないと小声で話し合う。
傍で会話を聞いていたローラとソニアも理解出来なかったが、大人の女性なフリをし無表情のまま静かに相槌を打っていた。
微妙な雰囲気を察し、話題を変えようとギルド主任のセイルがカーソン達へ話しかける。
「君達、今日はダンジョンへ探索に行くのかい?」
「あ、いえ。今日はお休みします」
「じゃあ、午後の予定は無いんだな?」
「はい。ギルドから何か、俺達に依頼でもありますか?」
「いいや、今のところは無いよ? 今後増えそうな予感はするがね」
「増えそう……と、いいますと?」
「君達が治癒の魔法を使えるというのは、ごく一部で噂になっていたんだ。
だがしかし今日、それで商売した事によって多くの人達へと知れ渡った」
「あ、そうか。治癒屋してない時にも治してくれって来るのか」
「今後、治癒の依頼がひっきりなしに来るかも知れないが…大丈夫か?」
「ええ、特に問題はないかな」
「自身の身体へ一切負担をかけずに、使えるような能力でもないんだろ?」
「まあ……それなりにオドは使いますね」
「オドって先程聞いたのだが……精神力や気力のようなもんなんだろ?」
「はい、そうです」
「消耗しすぎて、君の命に関わるような不測の事態にならないか心配だ」
「あ、それなら大丈夫ですよ。そっちの回復手段もありますので」
「おお、あるのか。ちなみにどんな事をして回復するんだ?」
「オド減ったら、ちょっとクリスにお願いしでべぶっ!?」
バコンッ
途中まで話しかけていたカーソンは、クリスに後頭部を握り拳で殴られた。
「あだだ……舌噛んだ……」
「いらん事まで言うな馬鹿ーソン!」
「拳はやめてくれ、拳は……いだだ……」
「……すまない。聞いちゃいけない事を聞いてしまったようだな」
「なぁティコ。俺の頭、穴とかあいてないよな?」
「たんこぶが出来ちゃってます」
「くぅぅ……死ぬほどいてぇ……」
「クリス様じゃなくて、わたしの名を使って下されば良かったのにぃ」
「そうか、お前だったら殴られなかったよなぁ……」
「わたしの事、自由に使ってもいいのですからねっ?」
「ほれほれ! 使うとか馬鹿な事言ってないでゴハン食べに帰るよ!」
「へぇーいっ」
「お財布は、わたしが持ちますねっ」
カーソン達は椅子から立ち、昼食の為ギルドから出て行った。
セイルは、カーソンの後ろ姿を見送りながら呟く。
「人間じゃ複数相手にするなんて、禁忌行為に近いんだけどなぁ。
5人もとっかえひっかえ、いつでもどこでも出来るなんてなぁ。
あの種族は一夫多妻が普通なのかね……実に羨ましい。
女を抱いて、気力を回復かぁ……何とも羨ましすぎるぞ、カーソン君」
翼の民が唇を重ね合わせるキス行為で、オドを融通しあう事を知らないセイル。
カーソンがクリス達との性行為でオドを回復させていると勘違いし、羨ましがっていた。
ライラの宿まで戻ってくると、既に入り口前には行列が出来ていた。
クリス達は5組ほど並んでいる列を見ながら話す。
「あちゃ、もう並んでる」
「人気だよなぁ、ライラさんの料理」
「だって美味しいですもんっ」
「本当、美味しいのよねライラの料理って」
「飽きのこない味付けですものね」
「特に好物でなかったものも、ライラが作れば好物になってしまう。
好物だったものなら、もう尚更に。あの腕前は本当に大したものだ」
行列が出来るのはライラの調理技術の賜物だと話しながら、カーソン達は列の最後尾へと並んだ。
暫く待っていると、食事を終えた客と共に次の客を案内しようとセランが店内から出てきた。
セランは並んでいるカーソン達を見つけると、声をかけてくる。
「あっ! カーソン兄ちゃんお帰りなさい!」
「ただいま」
「カーソン兄ちゃん達も中へどうぞー!」
「いやいいよ。ちゃんと順番になってから入るよ」
「ううん! ご宿泊中のお客様はね、お部屋で食べられるようにしたの」
「え? 部屋で食えるのか?」
「うん! お部屋に持って行きますので、どうぞ中へ」
「そりゃいいな、ありがとう」
セランに誘導され、カーソン達は先頭に並んでいた客達と共に店内へ入った。
カーソンは厨房で腕を振るっているライラへ声をかけ、ソシエ以外に見かけた事のない3人が調理している事に気付く。
「ライラさん、ただいま」
「おかえりなさい! お待ちしてましたぁ!」
「あの……なんか人増えてませんか?」
「ええ! 今日から手伝って貰ってまぁす!」
「そうなんですか。皆さん、よろしくお願いします」
「ヤー!」
厨房に居る3人は、カーソンへ聞いた事のない返事をする。
「ヤー?」
「あっ、ごめんなさい。みんなレストラン時代の仲間なんです」
「おおっ、仲間が応援に来てくれてるんですね?」
「気心知れた仲なので、言葉足らずでも意思疎通できちゃうんですよ」
「それで、ヤーって答えたんですね?」
「ヤーってのは、『分かりました』とか『出来ます』って意味なんです」
「へぇ? じゃあ、出来ないみたいな表現は?」
「『ノー』です……ソシエさーんお願いしますぅー」
「はいっ!」
ライラは出来上がった料理をフライパンから皿へ盛り付ける。
ソシエが盛り付けを手直し、カウンターで待機していたポランへと手渡す。
料理人達も自分が担当するパンやサラダを仕上げ、カウンターへと運ぶ。
最後にスープを受け取ったポランはお盆にまとめ、注文した客へと持って行った。
ライラは次の注文伝票を見ながら、料理人達へ声をかける。
「ベシャ6ぅ、デミ4いけるぅ?」
「ヤー!」
「デミ残り10ぅー」
「追加いけるぅ?」
「ヤー! 火ぃかけまーす」
「よろぉー」
「ヤー!」
3人の料理人達はライラの簡素な指示で、テキパキと動く。
レニタが客の食べ終えた食器を下げてきて、カウンターへと置く。
ソシエは下げた食器を奥へと運び、洗い桶へと沈める。
奥の竈では大きな寸胴を差し替え、先程デミと呼ばれた調理素材の加熱をしている。
パン窯からは焼きたてのパンが取り出され、食欲をそそる匂いがホールまで漂ってくる。
2つの小鍋に移された、白いソースと赤茶色のソースがフライパンを振るうライラの横へと置かれる。
ライラは別々に調理していた2つのフライパンの中へそれぞれソースを入れ、炒めていた食材と絡めて仕上げをしていた。
流れるような動きの厨房に、カーソンは感嘆の声を漏らす。
「すげぇ……無駄のない洗練された動きだ。
なんか、剣術に通じるモノがあるなぁ……」
「よっと。ベシャ6デミ4あがりー!」
「ヤー!」
「カーソンさん。次の次ですので、お部屋でお待ち下さいね?」
「はい、楽しみにしてます」
厨房前から立ち去ろうとしたカーソンの横で、注文を受けてきたセランが伝票を持って読み上げる。
「オーダー! 赤2白3でーす!」
「ヤー!」
「セラン? 赤と白って何だ?」
「今日のメニューは2種類で、ソースの色が赤と白なの」
「デミってのと、ベシャってやつの事か?」
「うんっ。お兄ちゃん達には両方持ってくから、待っててね」
「おほーっ、ありがとう」
セランはそのまま会計所まで小走りに進み、清算を待っていた客から代金を受け取っている。
そして客の見送りと次の客を案内する為に出入口へと向かう。
途中、すれ違うレニタへカーソン達の部屋の鍵を手渡すセラン。
レニタから部屋の鍵を受け取ったカーソン達は、部屋へと向かった。
部屋着に着替えたイザベラ達は、椅子に座り昼食の配達を待ちながら話し合う。
「3人の料理人加入で、厨房は調理の流れが早くなったみたいね?」
「ですが、給仕するセラン達が余計に忙しくなってしまいましたわね」
「作る人が増えたぶん、出てくるのが早くなりましたからね」
「こうなってくると、給仕係も増やしたほうがいいよね?」
「セラン達、お部屋の掃除もしなくちゃいけないですものね……」
「私達が出かけていた間に、この部屋は掃除を済ませたようだな」
綺麗に整えられたベッドを見ながら、セラン達の仕事量を心配するソニア。
カーソンはセラン達の仕事を、右手の指で数えながら話す。
「えっと……今、どんくらいやってんだ?
朝起きて、朝食の準備に給仕と後片付け。
それが終わったら宿の掃除だろ?
部屋の掃除もしてかなきゃないだろうし。
そうこうしてるうちにお昼の給仕。
片付け終わってから、やっとゴハンと休憩か?」
右手の指が握り拳となったところで、クリスが続けて話す。
「お風呂もだよ? 掃除と湯沸かし。
使ったシーツやタオルとかも洗濯しなきゃないし。
お風呂沸かしてる最中に洗濯して、屋上で干してるみたい」
ティコも追随して話す。
「そうこうしているうちに、晩ゴハンのお給仕もですね。
お皿洗いが終わっても、お風呂の当番しなくちゃいけませんね」
「セラン達ちょっと、働きすぎじゃないのか?」
「そもそも、全部ライラさんひとりでやるつもりだったんでしょ?」
「ライラさんもソシエさんも、同じくらい忙しいのですよね?」
「あれからずっと満室で、毎日50人くらい泊ってるみたいよ?」
「お昼のレストランは、更にもっと利用されているみたいですわね」
「この宿、こんな人数で本当にやりくり出来るものなのか?」
利用している客側とはいえ、イザベラ達も従業員が過労で倒れやしないかと不安になる。
コンコン
部屋の扉がノックされ、席を立ったカーソンは扉を開ける。
扉の向こうには、セラン達3姉妹がワゴンに昼食を乗せて待っていた。
「お待たせしましたっ! ご昼食ですっ!」
「おっ! 旨そうっ!」
「カーソン兄ちゃん、ちょっとお願いがあります」
「ん? お願いってなんだ?」
「私達もお昼休憩なの。お部屋で一緒に食べてもいいですか?」
「おっ、そうかそうか! 入れ入れ。一緒に食べよう」
「やったぁ!」
「セラン達もお昼だそうなんで、みんなで食べましょう」
「あら、いいわね。丁度良かったわ」
「セラン達に聞きたかったところでしたものね」
「お疲れさま! ささ、おいでおいで」
「食べて休めるなら、ここで休んでってねっ」
「うむ。ベッドへ横になり、昼寝していってもいいぞ」
カーソン達に許可され、セラン達は喜んで部屋へ食事を乗せたワゴンと共に入室した。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる