【R18】普通じゃないぜ!

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37 和馬とお味噌汁

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 暗い気持ちに蓋をする。そうして気持ちを切り替えて家に帰る。ただそれだけなのに、今日はなかなか上手く行かない。油断すると直ぐに蓋は飛んでいってしまう。

(どうしようこんな情けない顔して家に帰りたくない)

 幸か不幸か家には和馬がいる。こんな顔を見たらきっと何かあったと思われるし。何かと気を遣う和馬の事だ、ズケズケと聞いてくるに決まっている。

 そこで足を止める。すっかり日が暮れた最寄りの駅から自宅への帰り道。月が浮かんでいた。その月を見ながら和馬を思い笑ってしまう。

(気を遣うのにズケズケって……変なの)

 そう思うと少しだけ、ほんの少しだけ。気持ちが軽くなった。

 だけど、和馬はもっと私の気持ちを軽くする事をやってのけてくれた。



 ◇◆◇

「お帰り。遅かったな」
 玄関を開けると、私のギャルソンエプロンをつけて和馬がお玉を持って登場した。

 百八十センチある身長に私のギャルソンエプロンは丈が短いけれどもそれが可愛く見えた。

 和馬は満面の笑みで私を迎え入れる。

「ただいま……って、この香り」
 玄関のドアを閉めると、お味噌汁の良い匂いがする。

 クンクンと鼻を鳴らすと和馬が手招きをした。
「手洗いうがいをして着替えてこいよ。この間、那波に教えて貰った味噌汁を作ってみたんだ。具が沢山入っているヤツ」
「え。和馬が一人で、お味噌汁を作ったの?」
 私は驚いた。だって和馬は普段料理をほとんどしないと言っていた。私と一緒にお弁当の仕込みや夜ごはんを作る様になったぐらいだ。和馬は仕事もそうなのだが本当に飲み込みが早くて驚くばかりだ。



 小さなテーブルの上には、白いごはんとお味噌汁のお椀が置いてあった。向かい側に座る事が当たり前になった和馬の前にも、ごはんとお味噌汁が並んでいる。白い湯気がほわほわとしていた。

 部屋着に着替えた私は正座をし、目の前のお味噌汁のお椀を覗き込む。お味噌の中に沢山の野菜が入っていた。

「なす、にんじん、じゃがいも、たまねぎ、シメジ。ん? あはは、ちくわが入ってる」
 お弁当や夕食に使っていたけれども少しずつ残った野菜を冷凍していた。それをかき集めてお味噌汁を作ってくれた。

「味噌汁を作るので精一杯だった。那波みたいに、パパッともう一品作るのは無理だな。って事で、もう一品は近くの商店街で買ったコロッケな。でもここのコロッケは美味いよな~俺、癖になりそう」
 向かい側に座る和馬は『頂きます』と両手を合わせて、お味噌汁のお椀を持ち上げた。

「そんな事ない。私はお味噌汁で十分だよ」
 私はお味噌汁の入ったお椀を見つめてゆっくりと両手を合わせる。そして瞳を閉じて和馬にお礼をする様に頭を下げた。

(どうしよう……凄く嬉しい……)

 どんなに豪華なディナーに連れて行って貰うより、高いデリバリーを用意してくれるより、ずっとずっと嬉しい。どんな味がしたっていい。胸の奥をぎゅっと掴まれたみたいな。声が出なくなりそう。感激するとはこういう事なのだろうか。

「頂きます」
 震える声でそっと呟く。その声も和馬はきちんと聞いてくれていた。

「うん。どうぞ」
 和馬はお椀を持ったままじっと私を見つめていた。私の反応が気になるみたい。

 私は目を開けてお箸を持ち、お味噌汁のお椀に口をつける。凄く和馬の視線を感じる。穴が開きそうなほど見つめられる中、お味噌汁を一口飲んでホッと溜め息をついた。自然と口の端が上がって笑顔になる。

(温かい。優しい味。美味しい)
 染み渡るとはこういう事を言うのかな。人が作った料理を食べるのは久し振りだ。しかも男性の手料理なんて初めてだった。

「ど、どうだ?」
 和馬はソワソワしながら私の返事を待つ。私の溜め息をついた後の笑顔を見た和馬は、期待が高まっているのか大型犬が褒められるのを待っている様と似ていた。

(和馬の後ろに大きな尻尾が見える……様な気がする)

 私はその様子におかしくなって、笑いながら和馬に返事をした。

「凄く美味しいよ。出汁もバッチリ。それに私はお味噌汁のじゃがいも大好きなんだ~」
 私はじゃがいもをパクッと食べて見せる。

 うん、ちゃんと火が通ってる。ほとんど自炊をしないと和馬は言っていたけど、それが嘘だと思えるぐらいの出来だ。

(イケメンのポテンシャル恐るべし)

 私は改めてそう思った。
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