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058 8月7日 幼なじみに戻ろう
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「お姉さん、一人歩いていってしもうたけど。放っておいてええのん?」
チューッとアイスコーヒーを吸い上げながら七緖くんがチラリと怜央を見つめる。
「どうせ萌々香も戻ってくるか、どっかでふてくされてるだろ。なんせ鞄はここにあるからな、スマホも財布も持ってねぇから何処にも行けねぇよ」
怜央はそう言うと、背もたれにぐっと背を預けて深く椅子に腰かけた。全く萌々香ちゃんを追いかける素振りはない。
「ほんまや。才川くんお姉さんの鞄持っとって良かったなぁ」
七緖くんはずるずるとコーヒーを啜り笑った。
「嫌みかよ」
怜央は心底疲れたと言う様に溜め息をついた。
私は少し目尻にたまった涙を指で拭い怜央に向き直った。怜央は私を見つめながら深く座った椅子から体を起こした。
「今日はどうして萌々香ちゃんと会っていたの?」
私が疑問を投げかけると、怜央は前髪をかき上げて両手を頭の後ろで組んだ。
「明日香が最後の大会で電話をかけたって言ったろ?」
「うん」
「あの時本当にかかってきたと思っていなくて。俺は明日香の事を信じてやれなかった」
「うん……」
翌日すぐに膝の手術をする事になって病院に入院した私だった。手術を終え病室で怜央に会った時その事を話したが信じてもらえなかった。怜央も私の足の惨状を見て気が動転していたのかもしれない。
(怜央だって膝の話を聞いていなかったから寝耳に水で、私が疑問に思った様にどうして教えてくれなかったのだろうと思ったのね)
「バレーボール部の打ち上げの時、俺はスマホをカウンターに置いたままにしていた事を思い出してさ。もしかして萌々香が電話をとったんじゃないかと思って。やっと今日時間が出来たから直接、萌々香に聞こうと思ったんだ」
怜央がぽつりと呟くと、飲みかけのアイスコーヒーの中に入っていた氷がカランと音を立てた。
怜央はもう諦めている様で、何も隠す素振りはなかった。そもそも萌々香ちゃんに電話を取られるかもというのもどうなのだろう。それだけ怜央と萌々香ちゃんの距離は元々近かったという事なのだろう。
「そうだったの」
そういえば私が声をかける前、二人は揉めている様子だった。怜央なりに萌々香ちゃんに問い詰めていたのだろう。怜央は頭の後ろで組んでいた手を解くと、テーブルの上で拳を作った。
真っ直ぐに私を見て、そしてまぶしそうに瞳を細めた。
私が好きだった怜央の顔だ。
「明日香。済まなかった」
そう言って怜央は頭を深く下げた。テーブルにおでこがすりつく程だ。
その様子を見て私は涙があふれそうになった。
ずっとずっと知らない怜央の顔ばかり見てきたけど、謝った怜央の姿は、私が知っている怜央だった。
(だけど、もう遅すぎたよね)
私は怜央に向かて手を伸ばした。怜央は机の上で伸ばした私の手を握りしめる。
何で手を伸ばしたのかって? それは恋人として怜央に触れるのが最後だから。
「怜央。私はずっと怜央が本当に好きだった」
「ああ」
「幼なじみのままでずっと過ごすのだと思っていたところに、怜央が『付き合おう』って言ってくれて、夢みたいだった。嬉しかった。でも──私は自分が思っている以上に、二番なのは嫌だったみたい」
真実を知った時、いっそのこと知らなければ良かったと思った。でも知ってしまった。
「怜央。萌々香ちゃんの事は昔の事だと思うけど。そういう事を許せる心の広い人じゃなくて、ごめんね」
もっと私が大人だったら許せたのかな。そんな事を思う。
「いいや。謝るのは俺の方だ。明日香。本当にごめん。沢山傷つけて本当に俺が悪かった」
怜央が私の名を切なそうに呼んで許しを請う。
私と初めて関係を持とうとした大雨の日みたいに。怜央の掠れた切ない声だ。
(いつか七緖くんが言った通り絆されそう。怜央を許してしまいたい。だけどこれだけは譲れないの)
「これからも怜央はずっと私の幼なじみだっていう事は変わらないから。だから別れよう」
そうぎこちなく笑って私は怜央の手を握り返した。
私の泣きそうな笑い顔に怜央は眉を寄せて苦しそうだった。怜央も首を左右に軽く振ってから、声を絞り出した。
「……ああ、分かった。一度別れて幼なじみに戻ろう」
怜央は一度を強調し、ようやく頷いた。
私の手を強く握って離した。
(ああ、これで終わった)
私は笑って頷いた。笑えている? かな。
「うん。別れても幼なじみなのは変わらないよ?」
「分かってるさ」
そう言って私と怜央は笑った。
さよなら怜央。さよなら二番だった私。
そんな私と怜央を見て、ぽつりと七緖くんが呟いた。
「ええなぁ幼なじみって。喧嘩しても別れてもずっと幼なじみでおられるんやなぁ。僕にはないから、ちょっと羨ましいし妬けるし」
七緖くんが口を尖らせた。
「本当に七緖は嫌みっぽいな」
怜央が心底嫌そうな顔をしていた。
チューッとアイスコーヒーを吸い上げながら七緖くんがチラリと怜央を見つめる。
「どうせ萌々香も戻ってくるか、どっかでふてくされてるだろ。なんせ鞄はここにあるからな、スマホも財布も持ってねぇから何処にも行けねぇよ」
怜央はそう言うと、背もたれにぐっと背を預けて深く椅子に腰かけた。全く萌々香ちゃんを追いかける素振りはない。
「ほんまや。才川くんお姉さんの鞄持っとって良かったなぁ」
七緖くんはずるずるとコーヒーを啜り笑った。
「嫌みかよ」
怜央は心底疲れたと言う様に溜め息をついた。
私は少し目尻にたまった涙を指で拭い怜央に向き直った。怜央は私を見つめながら深く座った椅子から体を起こした。
「今日はどうして萌々香ちゃんと会っていたの?」
私が疑問を投げかけると、怜央は前髪をかき上げて両手を頭の後ろで組んだ。
「明日香が最後の大会で電話をかけたって言ったろ?」
「うん」
「あの時本当にかかってきたと思っていなくて。俺は明日香の事を信じてやれなかった」
「うん……」
翌日すぐに膝の手術をする事になって病院に入院した私だった。手術を終え病室で怜央に会った時その事を話したが信じてもらえなかった。怜央も私の足の惨状を見て気が動転していたのかもしれない。
(怜央だって膝の話を聞いていなかったから寝耳に水で、私が疑問に思った様にどうして教えてくれなかったのだろうと思ったのね)
「バレーボール部の打ち上げの時、俺はスマホをカウンターに置いたままにしていた事を思い出してさ。もしかして萌々香が電話をとったんじゃないかと思って。やっと今日時間が出来たから直接、萌々香に聞こうと思ったんだ」
怜央がぽつりと呟くと、飲みかけのアイスコーヒーの中に入っていた氷がカランと音を立てた。
怜央はもう諦めている様で、何も隠す素振りはなかった。そもそも萌々香ちゃんに電話を取られるかもというのもどうなのだろう。それだけ怜央と萌々香ちゃんの距離は元々近かったという事なのだろう。
「そうだったの」
そういえば私が声をかける前、二人は揉めている様子だった。怜央なりに萌々香ちゃんに問い詰めていたのだろう。怜央は頭の後ろで組んでいた手を解くと、テーブルの上で拳を作った。
真っ直ぐに私を見て、そしてまぶしそうに瞳を細めた。
私が好きだった怜央の顔だ。
「明日香。済まなかった」
そう言って怜央は頭を深く下げた。テーブルにおでこがすりつく程だ。
その様子を見て私は涙があふれそうになった。
ずっとずっと知らない怜央の顔ばかり見てきたけど、謝った怜央の姿は、私が知っている怜央だった。
(だけど、もう遅すぎたよね)
私は怜央に向かて手を伸ばした。怜央は机の上で伸ばした私の手を握りしめる。
何で手を伸ばしたのかって? それは恋人として怜央に触れるのが最後だから。
「怜央。私はずっと怜央が本当に好きだった」
「ああ」
「幼なじみのままでずっと過ごすのだと思っていたところに、怜央が『付き合おう』って言ってくれて、夢みたいだった。嬉しかった。でも──私は自分が思っている以上に、二番なのは嫌だったみたい」
真実を知った時、いっそのこと知らなければ良かったと思った。でも知ってしまった。
「怜央。萌々香ちゃんの事は昔の事だと思うけど。そういう事を許せる心の広い人じゃなくて、ごめんね」
もっと私が大人だったら許せたのかな。そんな事を思う。
「いいや。謝るのは俺の方だ。明日香。本当にごめん。沢山傷つけて本当に俺が悪かった」
怜央が私の名を切なそうに呼んで許しを請う。
私と初めて関係を持とうとした大雨の日みたいに。怜央の掠れた切ない声だ。
(いつか七緖くんが言った通り絆されそう。怜央を許してしまいたい。だけどこれだけは譲れないの)
「これからも怜央はずっと私の幼なじみだっていう事は変わらないから。だから別れよう」
そうぎこちなく笑って私は怜央の手を握り返した。
私の泣きそうな笑い顔に怜央は眉を寄せて苦しそうだった。怜央も首を左右に軽く振ってから、声を絞り出した。
「……ああ、分かった。一度別れて幼なじみに戻ろう」
怜央は一度を強調し、ようやく頷いた。
私の手を強く握って離した。
(ああ、これで終わった)
私は笑って頷いた。笑えている? かな。
「うん。別れても幼なじみなのは変わらないよ?」
「分かってるさ」
そう言って私と怜央は笑った。
さよなら怜央。さよなら二番だった私。
そんな私と怜央を見て、ぽつりと七緖くんが呟いた。
「ええなぁ幼なじみって。喧嘩しても別れてもずっと幼なじみでおられるんやなぁ。僕にはないから、ちょっと羨ましいし妬けるし」
七緖くんが口を尖らせた。
「本当に七緖は嫌みっぽいな」
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