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第三章 足りない僕とコーヒーと
下宿先 1
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僕は、利津さんのお礼に耳を疑った。
下宿?? 僕が、利津さんの家に下宿??
「いやなんで、そうなるんですか……?」
全くもって理解ができない。利津さんのお父さんだって、年頃の女性がいる家に男を下宿させるなんて納得しないだろう。
「実はうち、このままだと定食屋の売上と利益は下がる一方で……」
「僕の家賃が必要になったとかですか?」
「いえ、家賃を取ろうとは思っていないんです。単に、お父さんのためで……」
そんな馬鹿な。まだお金が必要ですと言われた方が理解ができる。
「朝食と夕食の食費だけ、1日2,000円いただいて、1ヶ月6万円とかでどうでしょうか? 高いですかね……」
「家賃と光熱費は……」
「ナツさん、いつもお店にいるので、それはいいですから」
利津さんは何を言っているのだろうか。
僕の小さな1DKの水道光熱費はひと月1万円を超えている。
それに、僕みたいな年上の男がひとつ屋根の下にいたら嫌だと思うんだけど。
「利津さんのお父さんはそんなの嫌だと思いますよ」
「ナツさんがいいなら、父の了承は私が取ります」
「いやでも……」
「このまま続けていく中で『定食まなべ』を閉めることになったとしても、父に定食で売上を上げて欲しいんです」
利津さんが思い詰めたように言ったので、僕はようやく意図が分かった。利津さんは、このままお店を続けることは難しいだろうと思っていて、そんな中でお父さんの生き甲斐を残そうとしているらしい。
「そうなったら、利津さんは就職するんですか?」
「……はい。覚悟を決めます」
「分かりました。少し検討しますが、もし僕が利津さんの家に下宿することになったら、僕は利津さんの就職活動中に入りたい時だけ入れるようなバイトを用意します」
僕からの提案に、利津さんは目を見開いた。
大したことを言っているわけじゃないのに、ちょっと泣きそうになっている。
「あ、ありがとうございます……」
いつもは強気な利津さんがしおらしく言うので、僕は困った。
コーヒーショップのカウンターで女の子を泣かせた店長だけにはなりたくないし、利津さんに比べて僕の提案など大したことはない。
「いいんですか? 日葵さん、私の家にナツさんが来て嫌がりませんか?」
うーん、利津さんの誤解がとんでもないところに飛び火している。
まあ、日葵もこの間わざと馴れ馴れしく話しかけて来ていたしなあ……。
「日葵は、本当になんでもない元同僚ですよ。確かに付き合っていたこともありますけど、その間も同僚として向き合っていたことの方が多かったんです」
「でも、日葵さんはまだナツさんのことが好きだと思います……」
利津さんは斜め下の方を見ながら、気まずそうに言う。
女の勘ですとでも言いたげに確信を持っているから僕は参った。
「日葵と僕は、よりを戻したりはしません。お互い、私生活のパートナーとしては相性が悪いことを知っていますし」
「でも、私みたいな女の家にいたら周りの女性からの見え方は良くないですね……」
「いや、それを心配するのは僕ではなく利津さんでは?」
男を下宿させているなんて、誤解されそうな気がする。
利津さんの家はお店の隣なので立地的には申し分ないけれど、祥太くんでもないのに利津さんのお父さんが納得するとは思えなかった。
*
「なんてことがありましてねー。僕には、利津さんの家に下宿するという選択肢が浮上しちゃったんですよ」
「マジっすか。利津がそんなことを言い出すとはなあ」
利津さんに下宿の話をされたので、またしても僕は祥太くんを頼った。
連日夜に祥太くんの家で話をしている。
祥太くんは、すっかり僕の相談相手ポジションだ。ごめんよ真樹ちゃん。
「交通費も掛からなくなるし光熱費も要らないと言われたから、僕の負担なんてたかだか3万円くらいなんですよ。それも、利津さんのお父さんの美味しいご飯が毎食出てくるわけで……。さすがに、そんな図々しく利津さんのお世話になるわけには行かないと思って」
「別に良いんじゃないですか? 利津はナツさんに来て欲しいと思ったわけだし」
思いのほか祥太くんはノリノリで、利津さんの家に僕を置こうとする。
もしかして、真樹ちゃんと一緒にいるために僕が邪魔になったんじゃ……。
「でも、女の子の家に住むなんて」
僕の生きて来た価値観の中で、男が女性の家に上がり込むというのは同棲以外あり得ない。なんでもない男女が一緒に住むというのは健全ではない気がする。例えそこに父親がいたとしても。
「いや俺は、いっそのことナツさんに利津をもらっていただけたら……」
「なんでそれを祥太くんが言うんですか……利津さんの意思がどこにもないじゃないですか」
僕が呆れて祥太くんの冗談を流すと、祥太くんはすっかり黙ってしまった。
祥太くんって、利津さんのことを大切にしているようでそうでもないようなことを平気で言う。
僕は利津さんより11歳も年上で、不安定な事業を始めている何の魅力もない男だ。
絶対にこんな男に幼馴染を勧めちゃダメだぞ、祥太くん。
「利津、日葵さんのことを気にしてませんでしたか?」
「ああ、してましたね。さすが幼馴染」
「で、何て言ったんですかナツさん」
「日葵とは何でもないと言いました」
僕がちゃんと説明した事実に、祥太くんがニヤニヤし始める。
一体何を企んでいるのかと気持ち悪くなって、僕は「何考えてるか教えてもらっても良いですか?」と祥太くんに詰め寄った。
「いや、ナツさんが利津の提案を断る理由が無くなったなと思って」
「断る理由が日葵ですか?」
「利津は、ナツさんが日葵さんとよりを戻そうとしてると思ってるはずですし」
この商店街の近くに住もうと思っていたのは事実だし、日葵を口実に利津さんの申し出を断るつもりはない。
日葵のことはもう何とも思っていないし、付き合っていた時だって仕事のパートナーの範疇をなかなか越えられなかったくらいだ。
「僕はこんな仕事に就いてしまったから、結婚の予定も恋愛の予定もありませんよ」
「ナツさん、そういうの古いっすよ」
「古い……」
祥太くんの言葉の選び方が酷い。僕に一番鋭く刺さる言葉を選ぶとは、君は優しさを纏った鋭利な刃物だったのか。
下宿?? 僕が、利津さんの家に下宿??
「いやなんで、そうなるんですか……?」
全くもって理解ができない。利津さんのお父さんだって、年頃の女性がいる家に男を下宿させるなんて納得しないだろう。
「実はうち、このままだと定食屋の売上と利益は下がる一方で……」
「僕の家賃が必要になったとかですか?」
「いえ、家賃を取ろうとは思っていないんです。単に、お父さんのためで……」
そんな馬鹿な。まだお金が必要ですと言われた方が理解ができる。
「朝食と夕食の食費だけ、1日2,000円いただいて、1ヶ月6万円とかでどうでしょうか? 高いですかね……」
「家賃と光熱費は……」
「ナツさん、いつもお店にいるので、それはいいですから」
利津さんは何を言っているのだろうか。
僕の小さな1DKの水道光熱費はひと月1万円を超えている。
それに、僕みたいな年上の男がひとつ屋根の下にいたら嫌だと思うんだけど。
「利津さんのお父さんはそんなの嫌だと思いますよ」
「ナツさんがいいなら、父の了承は私が取ります」
「いやでも……」
「このまま続けていく中で『定食まなべ』を閉めることになったとしても、父に定食で売上を上げて欲しいんです」
利津さんが思い詰めたように言ったので、僕はようやく意図が分かった。利津さんは、このままお店を続けることは難しいだろうと思っていて、そんな中でお父さんの生き甲斐を残そうとしているらしい。
「そうなったら、利津さんは就職するんですか?」
「……はい。覚悟を決めます」
「分かりました。少し検討しますが、もし僕が利津さんの家に下宿することになったら、僕は利津さんの就職活動中に入りたい時だけ入れるようなバイトを用意します」
僕からの提案に、利津さんは目を見開いた。
大したことを言っているわけじゃないのに、ちょっと泣きそうになっている。
「あ、ありがとうございます……」
いつもは強気な利津さんがしおらしく言うので、僕は困った。
コーヒーショップのカウンターで女の子を泣かせた店長だけにはなりたくないし、利津さんに比べて僕の提案など大したことはない。
「いいんですか? 日葵さん、私の家にナツさんが来て嫌がりませんか?」
うーん、利津さんの誤解がとんでもないところに飛び火している。
まあ、日葵もこの間わざと馴れ馴れしく話しかけて来ていたしなあ……。
「日葵は、本当になんでもない元同僚ですよ。確かに付き合っていたこともありますけど、その間も同僚として向き合っていたことの方が多かったんです」
「でも、日葵さんはまだナツさんのことが好きだと思います……」
利津さんは斜め下の方を見ながら、気まずそうに言う。
女の勘ですとでも言いたげに確信を持っているから僕は参った。
「日葵と僕は、よりを戻したりはしません。お互い、私生活のパートナーとしては相性が悪いことを知っていますし」
「でも、私みたいな女の家にいたら周りの女性からの見え方は良くないですね……」
「いや、それを心配するのは僕ではなく利津さんでは?」
男を下宿させているなんて、誤解されそうな気がする。
利津さんの家はお店の隣なので立地的には申し分ないけれど、祥太くんでもないのに利津さんのお父さんが納得するとは思えなかった。
*
「なんてことがありましてねー。僕には、利津さんの家に下宿するという選択肢が浮上しちゃったんですよ」
「マジっすか。利津がそんなことを言い出すとはなあ」
利津さんに下宿の話をされたので、またしても僕は祥太くんを頼った。
連日夜に祥太くんの家で話をしている。
祥太くんは、すっかり僕の相談相手ポジションだ。ごめんよ真樹ちゃん。
「交通費も掛からなくなるし光熱費も要らないと言われたから、僕の負担なんてたかだか3万円くらいなんですよ。それも、利津さんのお父さんの美味しいご飯が毎食出てくるわけで……。さすがに、そんな図々しく利津さんのお世話になるわけには行かないと思って」
「別に良いんじゃないですか? 利津はナツさんに来て欲しいと思ったわけだし」
思いのほか祥太くんはノリノリで、利津さんの家に僕を置こうとする。
もしかして、真樹ちゃんと一緒にいるために僕が邪魔になったんじゃ……。
「でも、女の子の家に住むなんて」
僕の生きて来た価値観の中で、男が女性の家に上がり込むというのは同棲以外あり得ない。なんでもない男女が一緒に住むというのは健全ではない気がする。例えそこに父親がいたとしても。
「いや俺は、いっそのことナツさんに利津をもらっていただけたら……」
「なんでそれを祥太くんが言うんですか……利津さんの意思がどこにもないじゃないですか」
僕が呆れて祥太くんの冗談を流すと、祥太くんはすっかり黙ってしまった。
祥太くんって、利津さんのことを大切にしているようでそうでもないようなことを平気で言う。
僕は利津さんより11歳も年上で、不安定な事業を始めている何の魅力もない男だ。
絶対にこんな男に幼馴染を勧めちゃダメだぞ、祥太くん。
「利津、日葵さんのことを気にしてませんでしたか?」
「ああ、してましたね。さすが幼馴染」
「で、何て言ったんですかナツさん」
「日葵とは何でもないと言いました」
僕がちゃんと説明した事実に、祥太くんがニヤニヤし始める。
一体何を企んでいるのかと気持ち悪くなって、僕は「何考えてるか教えてもらっても良いですか?」と祥太くんに詰め寄った。
「いや、ナツさんが利津の提案を断る理由が無くなったなと思って」
「断る理由が日葵ですか?」
「利津は、ナツさんが日葵さんとよりを戻そうとしてると思ってるはずですし」
この商店街の近くに住もうと思っていたのは事実だし、日葵を口実に利津さんの申し出を断るつもりはない。
日葵のことはもう何とも思っていないし、付き合っていた時だって仕事のパートナーの範疇をなかなか越えられなかったくらいだ。
「僕はこんな仕事に就いてしまったから、結婚の予定も恋愛の予定もありませんよ」
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