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the 21st day 呪術の対価
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まだ陽の登らない時間から、暗い城内では2人が城門に向かって歩く。1人は軽装にポニーテールの王女で、もう1人は王女付の護衛だった。
城門に向かう途中で何人かの使用人とすれ違った。城内は朝食の支度が始まっている。
「今日は、眠れたのか。顔色が良いな」
カイが少しだけ早足で歩きながら言うと、
「そうね、前日に眠れなかった分も眠れたんじゃないかしら」
とレナはいつも通りの様子でカイに返した。
そう言っているうちに城門前に到着し、カイはレナを待機させて城門にスウを迎えに行った。
レナはカイの後ろ姿とスウの姿を視界に入れる。
「王女殿下。覚悟はできておりますかな」
スウがそう言いながら近づいてくるので、
「何の覚悟か教えていただければ、覚悟しておきます」
とレナは堂々と言い返した。スウはその王女の態度に感心すると、レナとカイを交互に見てなかなか組み合わせの良い2人だなと目を細めた。
「まず、術の本質からお教えしましょう。昨日の姿を消す術は、あなたが実際に消えたわけではなく、あなたを視界に入れる者たちに錯覚を起こしているだけのことです」
スウがそう説明すると、聞いていたカイが大きく驚いていた。
「そういう原理なのか……? ということは、殿下は一度に何人もの目から自分を消す呪いをかけた……?」
カイの問いに、スウはニヤリと笑って、
「その通りだ。なかなか複雑な仕組みだろう」
と得意げに言う。
「そこに、気配を消す術を載せる、ということは、あなたの気配を感じることが出来る者たちから、あなたの気配の情報を奪うのだ」
スウの言葉に、
「待って。その術を使うことが出来る者が他にもいるとしたら、とても危険ではないの?」
とレナは当然の疑問をぶつけた。
「だから、この術は不用意に他人には教えられない。あと、気配を消す術の影響で、術の最中は声を失うことになるから、更に複雑だ」
そう告げたスウの情報に、レナは、
「完全犯罪が出来てしまうわね」
と自分が教わろうとしている呪術の恐ろしさに緊張していた。暗殺はこの術だけでも完成してしまう。
「そんなわけで、禁呪なんだ。他人に伝わらぬように気を付けて使用するのだぞ」
とスウはまたニヤリと笑った。
「よし、姿も、気配も消えているな。劉淵、お前にも気配は分からんだろう」
スウに聞かれ、カイは、
「確かに……消えているな……」
と驚いていた。レナは、カイの服の裾を少し引っ張ってみる。
「で、そこに居るのか……」
レナは返事をしたが、術の影響で声は周囲に聞こえていなかった。
「よし、術を解け」
スウの声でレナは術を解いてみると、カイの視線がハッキリ自分に向いたので、今は見えているのだなと分かる。
「才能の塊だな。こんな恐ろしい呪術師が、こんなところにいたとは」
スウが言うと、レナはそういうものなのかとピンと来ていない。
「術を解くことすら、最初は上手くできないものだ。そんな自在に感覚で使いこなされると、私の威厳に関わる」
スウはそう言って複雑な表情を見せると、
「いいか。この術が必要だと思った時がきたら、迷わずに使うんだ」
と急に真剣な顔をしてレナに言った。
「ええ……でも、私がこの術を必要とするときって、何かしら……」
レナは姿を消さなければいけない場面が思い浮かばず、少し困ったように言う。
「あとは、ここに更に術を加えて応用できるものがあるんだが……まだやれそうか?」
スウに尋ねられ、レナは頷く。
「この間、劉淵は、姿を消した私の声と、幻を見ただろう?」
スウの言う術には、カイはハッキリと覚えがあった。
「あの、悪趣味な術か」
カイは、実体のない姿のスウが何人も現れたのを思い出して言った。木の枝がすり抜けてしまったスウは、しっかりとそこで声を上げていたようだった。
「そうだ、あれは悪趣味が過ぎる術でな……。相手に姿と気配を見せないように術をかけた後で、他人の意識の中にいる自分を使って姿と声を別の場で再現するという術を掛け合わせている」
スウは、何やら複雑な術の説明をした。
「つまり、こちらは何重にも呪いをかけられているわけだな」
カイが呪術の恐ろしさに麻痺をしそうになると、
「その呪術は、対価が要りそうね」
とレナはスウに問いかけた。呪術に対価がつきものだというのは、呪術師として育って来ていなくてもルリアーナでは当たり前の認識だった。
「鋭いな。この術を使うと、王女を知っている者の誰かの記憶から、王女の記憶だけが消えてしまう。全く関係のない他人の意識から、お前の記憶を引っ張り出して、映像を作り出してしまう術だ」
スウの説明に、
「それだと、私の姿が安定しないんじゃないかしら。私を良く知る人か、そうでない人かで私の記憶の中の姿は違う気がするわ」
とレナが納得できないような顔をして言った。
「これが面白いところでな、見る側のイメージでしか見えないのがこの術なんだ。同じ場所に3人いて同じ術を掛けられているとして、その3人が見ている姿は同じではないということが起きる。姿自体は他人の記憶をもとに出来上がっているのに、見ている側は見ている側の記憶でしか見ることができない。つまり、利用される記憶のお前は魂に近い形で引き出され、見る側にとっては良く知ったお前の姿を勝手に作り上げてしまうというわけだ。実は、幽霊もこうやって作ったりするぞ」
スウが嬉しそうに話す呪術の内容に、カイは呪術の気味の悪さに顔をしかめた。
「誰かの記憶を消費して、誰かから忘れられてしまうのね。その記憶の元は選べないんでしょ?」
レナがスウに尋ねると、スウは当然だと言って笑う。つまり、身近な人からも忘れ去られてしまう危険があるということなのか。レナは、なるべくこの術は使いたくないなと思いながら、スウにしっかりと術を教え込まれていた。
城門に向かう途中で何人かの使用人とすれ違った。城内は朝食の支度が始まっている。
「今日は、眠れたのか。顔色が良いな」
カイが少しだけ早足で歩きながら言うと、
「そうね、前日に眠れなかった分も眠れたんじゃないかしら」
とレナはいつも通りの様子でカイに返した。
そう言っているうちに城門前に到着し、カイはレナを待機させて城門にスウを迎えに行った。
レナはカイの後ろ姿とスウの姿を視界に入れる。
「王女殿下。覚悟はできておりますかな」
スウがそう言いながら近づいてくるので、
「何の覚悟か教えていただければ、覚悟しておきます」
とレナは堂々と言い返した。スウはその王女の態度に感心すると、レナとカイを交互に見てなかなか組み合わせの良い2人だなと目を細めた。
「まず、術の本質からお教えしましょう。昨日の姿を消す術は、あなたが実際に消えたわけではなく、あなたを視界に入れる者たちに錯覚を起こしているだけのことです」
スウがそう説明すると、聞いていたカイが大きく驚いていた。
「そういう原理なのか……? ということは、殿下は一度に何人もの目から自分を消す呪いをかけた……?」
カイの問いに、スウはニヤリと笑って、
「その通りだ。なかなか複雑な仕組みだろう」
と得意げに言う。
「そこに、気配を消す術を載せる、ということは、あなたの気配を感じることが出来る者たちから、あなたの気配の情報を奪うのだ」
スウの言葉に、
「待って。その術を使うことが出来る者が他にもいるとしたら、とても危険ではないの?」
とレナは当然の疑問をぶつけた。
「だから、この術は不用意に他人には教えられない。あと、気配を消す術の影響で、術の最中は声を失うことになるから、更に複雑だ」
そう告げたスウの情報に、レナは、
「完全犯罪が出来てしまうわね」
と自分が教わろうとしている呪術の恐ろしさに緊張していた。暗殺はこの術だけでも完成してしまう。
「そんなわけで、禁呪なんだ。他人に伝わらぬように気を付けて使用するのだぞ」
とスウはまたニヤリと笑った。
「よし、姿も、気配も消えているな。劉淵、お前にも気配は分からんだろう」
スウに聞かれ、カイは、
「確かに……消えているな……」
と驚いていた。レナは、カイの服の裾を少し引っ張ってみる。
「で、そこに居るのか……」
レナは返事をしたが、術の影響で声は周囲に聞こえていなかった。
「よし、術を解け」
スウの声でレナは術を解いてみると、カイの視線がハッキリ自分に向いたので、今は見えているのだなと分かる。
「才能の塊だな。こんな恐ろしい呪術師が、こんなところにいたとは」
スウが言うと、レナはそういうものなのかとピンと来ていない。
「術を解くことすら、最初は上手くできないものだ。そんな自在に感覚で使いこなされると、私の威厳に関わる」
スウはそう言って複雑な表情を見せると、
「いいか。この術が必要だと思った時がきたら、迷わずに使うんだ」
と急に真剣な顔をしてレナに言った。
「ええ……でも、私がこの術を必要とするときって、何かしら……」
レナは姿を消さなければいけない場面が思い浮かばず、少し困ったように言う。
「あとは、ここに更に術を加えて応用できるものがあるんだが……まだやれそうか?」
スウに尋ねられ、レナは頷く。
「この間、劉淵は、姿を消した私の声と、幻を見ただろう?」
スウの言う術には、カイはハッキリと覚えがあった。
「あの、悪趣味な術か」
カイは、実体のない姿のスウが何人も現れたのを思い出して言った。木の枝がすり抜けてしまったスウは、しっかりとそこで声を上げていたようだった。
「そうだ、あれは悪趣味が過ぎる術でな……。相手に姿と気配を見せないように術をかけた後で、他人の意識の中にいる自分を使って姿と声を別の場で再現するという術を掛け合わせている」
スウは、何やら複雑な術の説明をした。
「つまり、こちらは何重にも呪いをかけられているわけだな」
カイが呪術の恐ろしさに麻痺をしそうになると、
「その呪術は、対価が要りそうね」
とレナはスウに問いかけた。呪術に対価がつきものだというのは、呪術師として育って来ていなくてもルリアーナでは当たり前の認識だった。
「鋭いな。この術を使うと、王女を知っている者の誰かの記憶から、王女の記憶だけが消えてしまう。全く関係のない他人の意識から、お前の記憶を引っ張り出して、映像を作り出してしまう術だ」
スウの説明に、
「それだと、私の姿が安定しないんじゃないかしら。私を良く知る人か、そうでない人かで私の記憶の中の姿は違う気がするわ」
とレナが納得できないような顔をして言った。
「これが面白いところでな、見る側のイメージでしか見えないのがこの術なんだ。同じ場所に3人いて同じ術を掛けられているとして、その3人が見ている姿は同じではないということが起きる。姿自体は他人の記憶をもとに出来上がっているのに、見ている側は見ている側の記憶でしか見ることができない。つまり、利用される記憶のお前は魂に近い形で引き出され、見る側にとっては良く知ったお前の姿を勝手に作り上げてしまうというわけだ。実は、幽霊もこうやって作ったりするぞ」
スウが嬉しそうに話す呪術の内容に、カイは呪術の気味の悪さに顔をしかめた。
「誰かの記憶を消費して、誰かから忘れられてしまうのね。その記憶の元は選べないんでしょ?」
レナがスウに尋ねると、スウは当然だと言って笑う。つまり、身近な人からも忘れ去られてしまう危険があるということなのか。レナは、なるべくこの術は使いたくないなと思いながら、スウにしっかりと術を教え込まれていた。
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