鬼上司は間抜けな私がお好きです

碧井夢夏

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第一章

新入社員、初めての展示会

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 会場に着くと、ホールには各社のブースがずらりと並んでいた。
 1社につき10m四方程度のスペースに、アパレル関連企業のブースばかりが設営されている。
 花森はよく理解していなかったが、これはバイヤー向けの商談会が行われる展示会だ。

「東京でやった企画を改めてこちらでもやっている。東京会場は4月の頭に終わっている」
「同じ内容の展示会を東京と大阪でやるんですか?」
「来場する企業が全く別だからな」
「へー」
「他人事だな。秋の東京版はお前もセールススタッフとして売り込みをやるんだぞ」

 花森は、どんなことをやるのか全く想像がつかない。
 売り込みも何も、自社のサービスすらまだよく分かっていないくらいだ。
 自社のブースには、紳士服、婦人服、子ども服が見本として展示されており、素材の説明や納期などのボードが壁に貼られている。

「海外からもバイヤーは来るからな。英語くらいは簡単にできるようにしておけよ」
「そんな無茶な。そういう東御さんはどうなんですか」
「英語のほかには中国語しかできないが、まあアジア圏が主だから何とかなるだろう」
「……」

 この会社を受けた時に、言語のことなど何も言われなかった。花森は急に仕事で英語が要ると言われても話せる気がしない。

「ていうか、みなさんそうなんですか?? 初めて聞いたんですけど??」
「さあな。英語なんて義務教育で習ったレベルで充分だから対応できるだろ」

 花森の視界が急に暗くなる。
 いきなり外国人との商談があると言われても、全くできる気がしない。
 社会人とはこうも難しい世界だったのか。
 いざとなれば、英語と中国語の対応ができると言った東御を頼るしかない。


  *

「いやーお疲れ様でした。花森さんもチラシ配布疲れたと思いますんで、今日はゆっくり休んでください。明日も同じ内容ですので、10時の開場前、大体9時半頃に到着してもらえればいいのかなと」
「承知しました」「はい」「かしこまりましたー」

 関西支社の部長が展示会1日目の終わりに締めの挨拶をする。
 足が棒のようになっている花森は、明日もずっと立ち続けるのかと思うと絶望しそうだ。
 それに比べると東御には疲れが全く見えない。

「じゃあ、今日はこちらで解散です」
「お疲れ様でしたー!!」

 他のブースもスタッフが帰宅している。
 こんな風に働く世界があるのかと花森には新鮮だった。

「じゃあ、帰るか」
「えっ? あ、はい」

 当然の様に東御に同行を促される。花森は戸惑いながらも他の社員と離れて東御についていった。

「疲れただろう?」
「……はい。明日も同じことをやるのかと思ったら……」
「まあ、慣れないとそうだろうな」
「社会人になって立ち仕事をするとは思いませんでした」

 東御は会場からタクシーを拾う。
 電車を使っても不便はない会場だが、花森は一歩でも歩く距離を短くしたかったため藁にも縋る思いだ。

「ふあーーやっと座れたああ……」

タクシーに乗り込んで座席に身体を沈める。嬉しそうな花森を見て、東御は小さく笑った。

「お疲れ。よく頑張ったな」
「2回くらい資料をぶちまけましたが、大丈夫でしたでしょうか……」
「大丈夫ではなかったが、まあ過ぎたことだ」
「そうですね、過ぎたことです」
「だがお前が言うな」

 めんどくさい男だ、と花森は東御が座る席とは反対側、タクシーから窓の外を見た。
 東御の相手をするだけ時間の無駄だ。近寄ったらまた何をされるか分かったものではない。

「来なかったな、外国人」
「はい、対応せずに済みました」
「困っておかしな英語を喋る花森が見れず残念だ」
「もう黙ってもいいですか?」
「なんだ、話をする元気すらないのか」

 あなたと話していたくないんですよ、と花森は心の中で暴言を吐いて黙る。
 疲れていると心が狭くなるらしい。東御の相手がいつもよりだるい。

 花森は一日を振り返っていた。
 営業担当者たちはほとんど休みなく接客をしていた。ブースに来た人に向けて話しかけ、説明をし、自社を売り込む。
 販売員みたいなものかと考えてみたが、販売員はあんなに説明し続けたりはしない。

 社会人ってすごいな、と漠然と思う。
 チラシやカタログを配布していただけの花森は、何か尋ねられたらすぐに東御を頼った。
 その度に的確な対応をして相手との会話が盛り上がっていたのは、やはり社内で異例の昇進を遂げた東御の実力なのだろう。

 タクシーは都会の中を進む。
 実力で隣の男に勝ってみたい。
 花森は、負けっぱなし、やられっぱなしでいるのが悔しかった。
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