鬼上司は間抜けな私がお好きです

碧井夢夏

文字の大きさ
28 / 187
第一章

鬼上司、追及される

しおりを挟む
「えっ、ここですか??」
「ああ、ここだが??」

 到着したのは、天井の高い大人の雰囲気が漂う鉄板焼きの店だった。
 中にいるのはカップルばかりだが、バーカウンターもあり一人で来ているらしい客が座っている。

「お酒を飲むところっていうより、お食事をするところのようですが……?」
「どうせ夕食があれだったんだ、何かつまみながら飲むだろう?」
「ああ、まあ、お腹に余裕がなくはないですけど……」

 納得できるようなできないような、と思っているうちに席に案内され、薄暗い店内の白いテーブルクロスが敷かれた席に到着した。

 以前東御とお洒落な店に行ったときは、高いドレスを着ていたせいか気後れなどしなかった。今はブラウス一枚でこの空間に着てしまったことに申し訳なさを感じている。

「大丈夫だ。ここの店はこう見えてカジュアルだ」

 不安そうな花森を見て、東御はフォローを入れる。確かに客層を見ると若い世代が多く、カジュアルな服装の客もいる。

「へえ……」

 感心しているうちに女性店員がやってきて、ドリンクとフードのお薦めを説明し始めた。
 さすがにステーキは、と花森は説明されている間に苦笑したが、周りを見て鉄板焼きが気になっているのも確かだ。

「ドリンクも、色々と飲める」

 東御がドリンクメニューを花森に渡すと、カクテルの項目が多くて驚いた。
 店員は「決まりましたらお声がけください」とにこやかな笑顔で去っていく。

「フローズン美味しそうです」
「頼めば良いだろ」
「えっ、たっか」
「そういうことを言うな。心配しなくていい」

 メニューに並ぶ1杯1,000円以上のドリンク。
 バーなどに行ったことが無い花森からすると、この価格帯は信じられない。

 二人がMZのパーティ後に行った店はホストとゲストでメニューが変えられており、価格が載っていないメニューがゲストに配られる。
 つまり花森は金額を把握せずに注文していたが、あの日は相当高いワインを飲んでいた。

「え、じゃあ、このフローズンマルガリータを……」
「度数が高いが、大丈夫か?」
「今まで東御さんが私を見てきてどう思います?」
「1杯までなら大丈夫だと思う」

 じゃあ、と花森はフローズンマルガリータを1杯だけ飲もうと決める。
 ノンアルコールのメニューも豊富な店で、酒以外にも美味しそうなドリンクが揃っていた。

 東御は店員を呼びつけて注文をする。
 注文が済むと東御は座っている一人掛けのソファに背中を沈めて眼鏡を外し、目を両手で覆っていた。

「どうしました? 眼精疲労ですか?」
「……なぜ花森が誘ってくれたのか、知りたいような知りたくないような」
「ああ、なるほど」

 東御はあまりいい想像はしない。
 身体を起こして眼鏡をかけ、覚悟を決める。

 花森に嫌われているのは間違いない。東御は淡い期待などしなかった。この店に来るまでの間に浮かれていたが、それは一緒に過ごせる嬉しさによるものだ。

「いや、さっきのうどん、どうしてあれを買ってきてくださったのかなって……」
「あれか。俺が初めてこっちに来た時、一人で食べたのがあれだったんだ」
「へえ……」
「関東で大阪うどんの認知は低いが、こちらでは定番らしい。初めて食べた時、優しい味に感動した」
「東御さんが、うどんに感動……?」
「だから俺を何だと思ってるんだ」

 それは勿論、人造人間のような、と花森は言ってしまいたい。

「それで、わざわざ私に買ってきてくださったんですね」
「疲れているようだったから、ああいうものがいいだろうと思った」
「……東御さんも、初めて食べた時に疲れていたんですか?」
「ああ、もうボロボロだったよ」

 花森はボロボロの東御など想像がつかない。いつでも余裕で、部下に容赦ないダメ出しをしている印象しかない。

 だが、東御にも新卒だったことがあるのだ。
 なんでも完璧にこなすこの男にも、思い通りにいかないことがあったのかもしれない。

「まあ、仕事のことはこれからいくらでも教えてやる。今日は純粋に飲みたい気分だ」

 東御は自分達のドリンクが来たのを目に入れて言った。
 花森は初めて一緒に外食した時に比べて酒の量が増えてきている。
 鍛えてしまったのだろうと思いつつも東御は一緒に飲めるのが楽しい。花森は酔うと普段より砕けるので、急に距離が縮まる感じがした。

「わーい! フローズンマルガリータ! 写真撮っても良いですか?」

 喜ぶ花森を見ながら、東御は店員に撮影の可否を確認する。いくらでもどうぞ、と言われたので花森は携帯電話を構えた。

 東御はそんな様子を見ながらじっと待っている。乾杯ができていない。

「ふふ、おしゃれー。美味しそー」
「気は済んだか?」
「あっ、はい。お待たせしました」

 二人は乾杯をするとそれぞれのドリンクに口をつけた。

「わぁっ、冷たい! あっ爽やか!」

 花森の喜び方が幼くて、子どもか? と笑いながらその様子を眺める。東御はハウスワインの白を頼んでいた。

「仕事の出張なのに、飲んでしまっても良いんですかぁ??」
「大抵の社会人は、出張先に行けば酒くらい飲む」
「そうですかねぇ? 偏ってそうですけど」

 花森は東御の言うことをあまり信用しない。そもそも人の企画から外れた人外扱いをしているのだから、当然といえば当然だ。

「なんか、社会人って大変なんですね」

 花森はポツリと言った。その寂しそうな物言いに、いつもと違うなと東御は急に心配になる。

「急になんだ」
「私、ほんとに何もできないので社会人は大変だなぁってつくづく思いました。大学とは全然違う」
「そりゃ、大学とは違う。当たり前だ」

 花森なりに現場に触れて感じたものがあったようだ。この肌感が日常の業務に繋がれば良いなと東御は思う。

「あの東御さんでさえ、営業中は爽やかな笑顔を作れるんですもん……怖い世界です」
「どういう意味だ」
「私にそんな化けの皮を被るようなこと……」

 何に対して不安がっているんだ、と東御は途端に白けた。化けの皮ではない、営業トークに作り笑顔を付け加えただけだ。

「素のままで仕事をしているやつもいる。花森は繕わなくてもそのままで感じがいいからあえて外向けの顔を作る必要はない」
「何言ってんですか。こんな営業担当、迷惑しかかけないですよ」
「う、うーーーーん……」
「言葉を失ってやがりますね」

 花森は冷たいフローズンを順調に飲んでいく。ペースが速いなと東御は不安げに見つめた。

「東御さんは、私みたいなすっとこどっこいが社会で生きていけると思いますか?」
「ああ、生きていける」
「息ができるとかじゃないですよ? 仕事ができるかってことですよ?」
「上司が生かす。社会ってのはそうやって回ってる」

 なにをかっこつけたことを、と花森はつんとしながら手元のドリンクを飲み切った。

「セクハラ男が偉そうに言ってんじゃないですよ」
「……今のは来るな」
「大体なんですか、部下の新卒に対して馴れ馴れしすぎるんですよ」
「そうか、そんなつもりはなかった。気を付ける」

 空になったドリンクの追加がいるかなと東御はドリンクメニューをすっと花森の前に出す。

「ストロベリーモスコミュールで!」
「いや、もうアルコールは止めておこうか?」
「私、ストロベリーモスコミュールが飲みたいんです!!」
「……ああ、わかったよ」

 明日の仕事に響かないように……と東御は気を遣ったのだが、モスコミュールの1杯くらいなら問題ないか、と割り切ることにした。
 こういった場面での妥協というのは一番よくない。

 これが東御の運命を大きく変えてしまったことを思えば、たかが一杯、されど一杯ということなのだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない

絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

会社のイケメン先輩がなぜか夜な夜な私のアパートにやって来る件について(※付き合っていません)

久留茶
恋愛
地味で陰キャでぽっちゃり体型の小森菜乃(24)は、会社の飲み会で女子一番人気のイケメン社員・五十嵐大和(26)を、ひょんなことから自分のアパートに泊めることに。 しかし五十嵐は表の顔とは別に、腹黒でひと癖もふた癖もある男だった。 「お前は俺の恋愛対象外。ヤル気も全く起きない安全地帯」 ――酷い言葉に、菜乃は呆然。二度と関わるまいと決める。 なのに、それを境に彼は夜な夜な菜乃のもとへ現れるようになり……? 溺愛×性格に難ありの執着男子 × 冴えない自分から変身する健気ヒロイン。 王道と刺激が詰まったオフィスラブコメディ! *全28話完結 *辛口で過激な発言あり。苦手な方はご注意ください。 *他誌にも掲載中です。

処理中です...