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第一章
鬼上司、追及される 2
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*
「だからぁ、とーみさんはぁ、ちょっと距離が近いんですよぉー」
「さっきも聞いた」
「部下に対してどうゆーつもりなんですかぁ? コンプライアンスで訴えますからにぇえ」
「それは、できれば勘弁してくれないか……」
絡み酒が始まって20分、堂々巡りで花森のセクハラ追及が展開され続けている。
「顔がちょっといいからって、なんでもゆるひゃれると思ったら、おーまちがいでしゅからねぇ」
「いよいよ呂律が回らなくなってきたな」
「大体にぇえ、部下を部屋に入れるとか、ごんごどーだんれす」
「その節は大変ご迷惑をおかけしまして……」
「うるひゃーーい。謝ればいいなりゃ警察がいるきゃああああ」
これはもう、帰ろう、と東御は決めた。
人に迷惑をかけかねないだけではない、明日の仕事にも響きかねない。
「分かった、もう謝るから今日は帰ろうか」
「まだ許してまひぇんよ」
「……どうしたら許してくれるんだ」
「教えてくらひゃい、なんで私に構うんれしゅか?」
なんで構うか、という本当の理由を聞かれているのだろうか。
そんなことは決まっているが、完全に告白になってしまう。
色々と打開策を考えてみるが、良い理由が思い浮かばない。
「それは……勿論……」
「もしかしてえ、わたしのことが、好きらんれひゅか?」
「その通りだ」
夜の鉄板焼き店は、客もまばらになり始めていた。
花森の耳にはハッキリと肯定した言葉が聞こえていたし、真剣な表情で自分を見ている東御が分かる。
「は?」
「花森が好きだ」
「そ、そんなことゆって、私の身体が目当てなんれしゅにぇ?」
「……いや、それは違う。違うが、言い切ってしまうのもどうなんだろうな」
「なんなんれすか」
「欲じゃない、純粋に好きというのか」
「馬鹿にしないでくらひゃい。男の愛なんて、所詮は欲と一緒なんれす!」
「いや、そんな風に一緒くたにされるのは不本意だ」
「パーティの時、触ったじゃないれすか……」
「申し訳ない……」
「ふん。にゃにが純粋れすか、不純れす。不純上司」
東御は酔っぱらった花森に責められながらテーブルで会計を済ませる。
水を頼んで花森にそれを飲むように促すと、東御は花森の肩を抱えて店を出た。
やはりまともに歩けていない。
東御は道でタクシーを捕まえると花森を連れてホテルに戻る。
疲れにアルコールが効きすぎたらしい。タクシーで花森は眠ってしまった。
東御はその肩を抱いて、髪に隠れた寝顔を覗きこもうと髪を掻き上げた。
翌日、全て忘れていてくれないだろうか。
そう願うが、恐らく無理だろう。そっとその唇に親指で触れる。
明日以降はもう、花森に避けられてしまうのかもしれない。
今の時間がこうして過ごせる最後のようで悲しいが、遅かれ早かれこうなる運命だったに違いない。
恋は成就しない方が普通なのだろうと東御は親指を離して花森を抱きしめるようにした。ワイシャツに化粧がついても問題ない。思う存分花森を腕の中に入れて、眠った花森が怪我をしないためだともっともな言い訳を作る。
「花森、今日はよく頑張ったな。チラシ配りの要領を覚えていたじゃないか」
ワイシャツの予備を持ってきていてよかったなと、この状況を楽しめる余裕に口角を上げた。
幸せはこういうことなのだと実感する。
花森を無事に送るために、自分の手で守ることができているのだから。
*
「とーみさん?」
「どうした?」
既視感のある距離感、シーツの隙間、肌が直接触れ合う感触……。
「えっ?? まさか私たち致しちゃいました?」
「憶えていないのか?」
「いやいや、そんなまさか……記憶は無くしませんよ、私」
「自信があるんだな」
得意げに言う東御はどう見ても裸だ。
なぜ裸で自分を抱きしめているのか。そして自分も裸なのか。この距離感は絶対におかしい。
「俺は花森が好きだと言ったぞ。花森はどうなんだ?」
「好きなわけないじゃないですか」
「そうか。まあ、そうだろうな。所詮お前は性欲か」
「しっ失礼な! 私は彼氏としかしません!」
「そうか、じゃあここにいるのは彼氏と彼女なわけだ」
東御が花森の唇を奪う。ああ、またこれだ。
昨日の夢だって、東御はちっともキスを止めなかった。
こうして有耶無耶になっていくんだと花森はうっすらと思う。
そこで目が覚めた。視界に入ったのはホテルの天井だ。
「よ、良かった、夢で……」
なんという夢を見てしまったのか。今回の夢は会話がリアルすぎる。
いくら告白をされたからといって、自分はそれを拒絶したはずだ。
彼氏彼女? あの課長と自分が彼氏彼女だなんて、あり得ない。
「だからぁ、とーみさんはぁ、ちょっと距離が近いんですよぉー」
「さっきも聞いた」
「部下に対してどうゆーつもりなんですかぁ? コンプライアンスで訴えますからにぇえ」
「それは、できれば勘弁してくれないか……」
絡み酒が始まって20分、堂々巡りで花森のセクハラ追及が展開され続けている。
「顔がちょっといいからって、なんでもゆるひゃれると思ったら、おーまちがいでしゅからねぇ」
「いよいよ呂律が回らなくなってきたな」
「大体にぇえ、部下を部屋に入れるとか、ごんごどーだんれす」
「その節は大変ご迷惑をおかけしまして……」
「うるひゃーーい。謝ればいいなりゃ警察がいるきゃああああ」
これはもう、帰ろう、と東御は決めた。
人に迷惑をかけかねないだけではない、明日の仕事にも響きかねない。
「分かった、もう謝るから今日は帰ろうか」
「まだ許してまひぇんよ」
「……どうしたら許してくれるんだ」
「教えてくらひゃい、なんで私に構うんれしゅか?」
なんで構うか、という本当の理由を聞かれているのだろうか。
そんなことは決まっているが、完全に告白になってしまう。
色々と打開策を考えてみるが、良い理由が思い浮かばない。
「それは……勿論……」
「もしかしてえ、わたしのことが、好きらんれひゅか?」
「その通りだ」
夜の鉄板焼き店は、客もまばらになり始めていた。
花森の耳にはハッキリと肯定した言葉が聞こえていたし、真剣な表情で自分を見ている東御が分かる。
「は?」
「花森が好きだ」
「そ、そんなことゆって、私の身体が目当てなんれしゅにぇ?」
「……いや、それは違う。違うが、言い切ってしまうのもどうなんだろうな」
「なんなんれすか」
「欲じゃない、純粋に好きというのか」
「馬鹿にしないでくらひゃい。男の愛なんて、所詮は欲と一緒なんれす!」
「いや、そんな風に一緒くたにされるのは不本意だ」
「パーティの時、触ったじゃないれすか……」
「申し訳ない……」
「ふん。にゃにが純粋れすか、不純れす。不純上司」
東御は酔っぱらった花森に責められながらテーブルで会計を済ませる。
水を頼んで花森にそれを飲むように促すと、東御は花森の肩を抱えて店を出た。
やはりまともに歩けていない。
東御は道でタクシーを捕まえると花森を連れてホテルに戻る。
疲れにアルコールが効きすぎたらしい。タクシーで花森は眠ってしまった。
東御はその肩を抱いて、髪に隠れた寝顔を覗きこもうと髪を掻き上げた。
翌日、全て忘れていてくれないだろうか。
そう願うが、恐らく無理だろう。そっとその唇に親指で触れる。
明日以降はもう、花森に避けられてしまうのかもしれない。
今の時間がこうして過ごせる最後のようで悲しいが、遅かれ早かれこうなる運命だったに違いない。
恋は成就しない方が普通なのだろうと東御は親指を離して花森を抱きしめるようにした。ワイシャツに化粧がついても問題ない。思う存分花森を腕の中に入れて、眠った花森が怪我をしないためだともっともな言い訳を作る。
「花森、今日はよく頑張ったな。チラシ配りの要領を覚えていたじゃないか」
ワイシャツの予備を持ってきていてよかったなと、この状況を楽しめる余裕に口角を上げた。
幸せはこういうことなのだと実感する。
花森を無事に送るために、自分の手で守ることができているのだから。
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「とーみさん?」
「どうした?」
既視感のある距離感、シーツの隙間、肌が直接触れ合う感触……。
「えっ?? まさか私たち致しちゃいました?」
「憶えていないのか?」
「いやいや、そんなまさか……記憶は無くしませんよ、私」
「自信があるんだな」
得意げに言う東御はどう見ても裸だ。
なぜ裸で自分を抱きしめているのか。そして自分も裸なのか。この距離感は絶対におかしい。
「俺は花森が好きだと言ったぞ。花森はどうなんだ?」
「好きなわけないじゃないですか」
「そうか。まあ、そうだろうな。所詮お前は性欲か」
「しっ失礼な! 私は彼氏としかしません!」
「そうか、じゃあここにいるのは彼氏と彼女なわけだ」
東御が花森の唇を奪う。ああ、またこれだ。
昨日の夢だって、東御はちっともキスを止めなかった。
こうして有耶無耶になっていくんだと花森はうっすらと思う。
そこで目が覚めた。視界に入ったのはホテルの天井だ。
「よ、良かった、夢で……」
なんという夢を見てしまったのか。今回の夢は会話がリアルすぎる。
いくら告白をされたからといって、自分はそれを拒絶したはずだ。
彼氏彼女? あの課長と自分が彼氏彼女だなんて、あり得ない。
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