鬼上司は間抜けな私がお好きです

碧井夢夏

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第二章

寝坊の朝

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 翌日、二人は寝坊をした。

 いつも家を出る時間の3分後に起床し、普段ではあり得ないスピードで身支度を終えて10分で家を出る。

「ああああノーメイクなんですけどおおおお」
「大丈夫だ! 若さで乗り切れ!」
「もおおおおおだから言ったのにいいいい」

 小走りで駅に向かう途中、花森は危うく転びそうになる。つまずいて前に身体が倒れかけた時、横から東御が腕を引いて倒れる前に引き寄せた。

「何でもないところでも転ぶんだな」
「……すごい運動神経してますね」
「その台詞、そのまま花森に返してやる」

 東御は花森を立たせるとあまり急ぐとまた転ぶなと判断した。

「今日は時間差の出勤をやめて一緒に会社に行くぞ」
「……遅刻しないためにですか?」
「そうだ。たまたま新入社員と直属の課長が一緒に出社したところで誰も付き合っているとは思わないだろう」
「まあ……はい」

 早歩きで駅に向かいながら、東御は花森の手を引いている。
 転ばぬ先の杖になることにしたらしい。

「朝食を買う余裕もいるだろう」
「朝食は諦めます」
「……俺のせいで食べ損ねたと思いたくないんだ」
「なんのプライドなんですか」
「沙穂の腹が鳴り続けているのをどんな気持ちで聞けと言うんだ……」
「俺が悪かったなーって思いながら聞いててください」
「いや、悪くなんかない。あの時はあれが正解だった」
「……じゃあ開き直って私の腹の虫の声を聞いていてください」

 そんな言い合いをしているうちに駅に着き、二人は地下鉄のホームに向かう。
 花森が駅で息を荒くしてぐったりしていたのを見て、東御はその身体を抱きしめながら背中をさすった。

「体力がないんだな」
「東御さんは……体力あるんですね」

 最後に言い合いをしながら早歩きをしたのが花森には効いている。東御はどうやら肺活量があるらしい。

 花森は東御からそっと離れる。
 ホームにやって来た電車に乗ろうとすると、停まった電車にショートヘアの松井が乗っているのを見つけてしまう。
 電車のドアが開いた瞬間、花森は東御から離れて隣の車両に向かった。
 東御は訳が分からず花森をじっと見て「どうしたんだ?」の顔をするが、花森は人差し指で電車をひたすら指している。

 訳が分からず花森を追いかけると、東御は一緒に隣の車両に乗り込んだ。

「何やってるんだ?」
「あの車両に松井さんが乗ってました」
「ああ、松井か」
「私と東御さんが同じ駅から乗ったらおかしいです」
「たまたま同じ駅に住んでいてもいいだろう」
「そんな話、松井さんにしたことありません。不自然です」

 東御はうーんと唸って「知らなかったことにしておけばなんとかなりそうだが」と言うと電車の揺れで花森がよろける。車内は適度に混雑していて掴まっていられる場所がなかった。

「危なっかしいな」

 東御が花森を支えようと腕を掴む。花森が顔を上げると、隣の車両からこちらを凝視している松井と目が合ってしまった。

「東御さん……」

 花森はゆっくり声をかける。東御は何事かと花森の視線の先を見た。
 そこには、眉間に皺を寄せたまま二人の姿を見ている松井の姿があった。
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