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第二章
寝坊の朝 3
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花森はデスクで東御に差し入れられたサンドイッチをつまんで紅茶を飲んでいる。
東御が花森に差し入れを置いた時、周りの席の先輩たちは何があったのかと花森に尋ねた。会社に来る途中に一緒になって朝食をおごってもらうことになったと話すと、先輩たちは一様に「へえ?」と驚いて納得しているようなしていないような複雑な顔を浮かべる。
部下たちは通勤途中に東御を見かけても見なかったふりをしていた。そんな事情もあって東御と一緒に通勤してきたことがある部下はいない。差し入れを買う東御を見たのは初めてだ。
「那由多さん、今朝、東御と花森と一緒だったんですよ」
「へえ」
「なんか東御、花森のこと滅茶苦茶気に入ってますね」
「そうなんだ。まあ、あんなにハッキリ突っかかってくる子いないからかな」
松井は向かいに座る那由多にこっそりと今朝の話をする。東御の態度がどう見てもおかしかった。あの無表情男が珍しく気遣いを見せていた。
「なんていうか、そういう気に入ってるとはまた違う感じだったんです」
「えっ、それって……」
「あいつ、花森のこと絶対好きですよ」
「まじか」
那由多と松井は自席でコーヒーを飲んでいる東御を見た。普段のしかめ面が心なしか柔らかく見える。
「そう言われてみれば、なんか……春っぽい雰囲気がするような気も……」
「花森は気付いてるんですかね? 鈍そうですけど」
「付き合いだしたばっかりで、トーミーはないでしょー」
「確かに。あのイケメン実業家と東御じゃ比べるに値しませんね」
那由多と松井がそんな噂話をしているのが、地獄耳の東御には全て聞こえている。
那由多と松井にとって宗慈の評価がそんなに高いのも驚きだが、東御の花森への気持ちに気付く鋭さは一体どういうことなのか。女の勘というのはやはり理解を超える。
熱いコーヒーをゆっくり飲みながら不覚だ、と東御は唇を噛んだ。今まで愛情を知らなかった男は、その隠し方も知らない。このままでは社内中に自分が花森に対して片想いをしていると噂が広がるだろう。
なぜ花森が東御を好きだとは噂されないのか。東御には不可解だった。
そもそも東御には浮いた話のひとつもなく、花森には恋人がいる設定になっているのだから花森が東御を好いているとは考えにくい。そんなことが分からない東御は花森の自分への想いは外からは分かりづらいのだろうかと気になる。
その頃、花森はサンドイッチを食べながらチラチラと東御を見ていた。
昨日の東御は酒の量が多かったようだし、体調が気になる。そんな視線に気づいた東御は驚いてどうした? と軽く首を傾げた。
ああ、顔色もいいし大丈夫そうかなと花森は小さく会釈をしてホットティーの入ったカップを持ち上げる。ここは朝食のお礼の体にしておいた。
それを見た東御は小さく笑って満足げに花森から視線を外す。
周りが片想いだと噂をするのなら、その方が都合がいいかもしれない。
自分の気持ちを隠すのは、どうやら東御には無理そうだ。
東御が花森に差し入れを置いた時、周りの席の先輩たちは何があったのかと花森に尋ねた。会社に来る途中に一緒になって朝食をおごってもらうことになったと話すと、先輩たちは一様に「へえ?」と驚いて納得しているようなしていないような複雑な顔を浮かべる。
部下たちは通勤途中に東御を見かけても見なかったふりをしていた。そんな事情もあって東御と一緒に通勤してきたことがある部下はいない。差し入れを買う東御を見たのは初めてだ。
「那由多さん、今朝、東御と花森と一緒だったんですよ」
「へえ」
「なんか東御、花森のこと滅茶苦茶気に入ってますね」
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熱いコーヒーをゆっくり飲みながら不覚だ、と東御は唇を噛んだ。今まで愛情を知らなかった男は、その隠し方も知らない。このままでは社内中に自分が花森に対して片想いをしていると噂が広がるだろう。
なぜ花森が東御を好きだとは噂されないのか。東御には不可解だった。
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ああ、顔色もいいし大丈夫そうかなと花森は小さく会釈をしてホットティーの入ったカップを持ち上げる。ここは朝食のお礼の体にしておいた。
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