鬼上司は間抜けな私がお好きです

碧井夢夏

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第三章

花森、花を諦める 2

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 花森は馬酔木あせびの枝をぐるりと回して「正面」を探す。
 植物には顔がある。一番見栄えの良い角度を見つけたところまでは良かった。東御も目を細めて「そうだ」と思いながら微笑ましく花森を眺める。

 が、既に芍薬を差した剣山の隙間に馬酔木あせびを差す難易度を東御は読み違えていた。
 花森は馬酔木あせびを差そうとして隣にあった芍薬の枝を思い切り折る。

「あっ……」

 ぐにゃりと曲がった芍薬に気を取られていると、馬酔木あせびが思い切り剣山から倒れた。

「えっ?!」

 倒れた馬酔木の枝が、下にいけていた芍薬の花を思い切り刺している。

「芍薬を救出しろ、馬酔木を持ち上げるんだ」
「えっ、馬酔木って木の方ですよね??」
「そうだ」

 花森が何も考えずに馬酔木を持ち上げると、青々とした馬酔木の葉がぐさぐさと芍薬の花を刺激してしまう。

「!!」

 芍薬の花が無残に抉れた。
 当たり前だが、見事な大輪の花を咲かせる芍薬は物理的な刺激には弱い。

「うええええええん、こんなの、こんなの、無理ですうううう!!」

 一瞬にして花がボロボロになっている。
 東御はすっかり忘れていた。花森は手元がおぼつかない。

  *

「いや、別に花がいけられなくても、俺が全部やればいいんじゃないか?」
「……早々に諦めさせてくる感じ、傷つきます」
「沙穂が無理だと言って泣くから無理してやることはないと言ったつもりだったんだが……」

 こういった時、花森のような負けず嫌いの性格は難しい。
 東御は自分に花を習いたいと言ってきた花森に浮かれ、安請け合いをしてしまった。

 こんなことなら、やらせるべきではなかったのかもしれない。

 東御はすっかり茎が折れた芍薬を救出すべく、自宅のコップを花器代わりに使って瓶花へいかをいけることにした。

 瓶花は花瓶にいけるものだが、投入なげいれと呼ばれるいけ方は剣山を使わずに自立させるため難易度がぐっと上がる。これを花森にやらせるのは酷だ。無言で東御がいけていった。

 長さを先ほどより短めに整えた芍薬は葉と茎を大胆に落としていく。
 馬酔木あせびも使う枝を十分に吟味すると、余分な枝はどんどん落とし、痛んだ葉は一回り小さくしたりして整えて行った。

 先ほどまで3本あった芍薬は1本のみを残すことにする。
 残りの2本は枝と花が花森の粗相によって犠牲になっていた。

「まあ、こんなものだろう」

 すぐに完成した瓶花は花が1本になって小振りに整えられている。

 芍薬を包むようにいけられた馬酔木が複雑な曲線を描いているのは、東御が手で曲げて作った人工的な曲線だ。
 それが作り物のように見えず、生命力を感じる木に見えているのが華道家東御八雲の仕事だった。

「なんか、すっごく簡単そうじゃないですか」
「簡単だが……俺にとっては、と付け加えておく。器の中が安定しない投入なげいれは相当難易度が高い」
「なんか、悔しいです」
「こればかりはキャリアの差だ」

 花森は自分が情けなくて落ち込んだ。華道は昭和の時代に花嫁修業だったらしいが、その時代に生まれていたら嫁に行けなかったかもしれない。
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