鬼上司は間抜けな私がお好きです

第三章

尋問 ３

　すっかり静かになってしまったテーブルで食事を終える。
　食後のドリンクを飲んでいると、東御が重い口を開いた。

「ひとつ誤解をして欲しくないのは、今回のことは沙穂を犠牲にしたわけでも諦めてこうなったわけでもない」
「……？」

　東御はテーブルの下で花森の手を握った。
　那由多と松井は気付いていなかったが、花森はその手の優しさにそれまでの緊張が和らぐ。
　そっと指を絡め合った。

「短期的に見れば、異動は負担もあるしキャリアを考え直したりするリスクがある。だが、このまま俺の下でずるずると働いていたら三木のことや俺のことで沙穂はやりたいようにできないだろう。長い目で見ればそれはマイナスだ」
「……やりたいようにと言われても、まだやりたいことが何か見えるほどお仕事もしてません」
「そういうことを沙穂に考えさせてやれる時間を作らなければいけなかったのに、俺は沙穂と付き合えていることに浮かれて真剣に考えてやれなかった」

「なるほど」

　那由多が納得したように口を開く。

「確かに、部下としてよりも女として見られてたら、花森ちゃんにはマイナスか」
「これからは、東御の妻として社内で暴れてくれればいい。部署が離れても、戸籍が一緒なら俺は妬かずに済むだろうから」
「八雲さん、私が他の部署で楽しそうにしても妬かないんですね」
「妬くに決まってるだろ」

　松井がそこで吹き出した。「妬くの？　妬かないの？」と楽し気に東御を覗き込むようにして見ながらホットコーヒーのカップに手を伸ばす。

「心が狭いと言われようが、器が小さいと言われようが、沙穂が他ですごく楽しそうにしていたら面白くない」
「めんどくさい男だねええ」
「さっき八雲さん、戸籍が一緒なら妬かずに済むって言いましたけど」
「かもしれないという話だ」

　東御が口を尖らせると、那由多と松井がニヤニヤと笑う。

「花森～。これは東御を妬かせるチャンスじゃない？　他の部署で思いっきり楽しんで、いつも余裕ぶってる旦那を嫉妬に狂わせちゃいなさいよ」
「職場と家で主導権が違う位が良いよねえ？」
「沙穂に変な入れ知恵を吹き込むのはやめてもらおうか」

　花森は相変わらず席の下で東御と指を絡めながら、「八雲さんが、嫉妬……」と急に目を輝かせる。
　いつも花森ばかりが嫉妬に狂っていたので、これから東御が嫉妬に苦しむと思うと俄然やる気が湧く。

「言っておくが、俺は嫉妬なんかしなくともずっと沙穂のことばかり考えているんだが？」

　東御が面白くなさそうに花森をじろりと見る。

「ふふ、分かってますよ」

　花森は東御を上目遣いで見ながら小さなウィンクを送る。

「花森ー。あんた悪い女だねえ」
「トーミーは一生尻に敷かれてそうだわ」

「そうですね。一生尻に敷きます。だって八雲さんは私の旦那さんになるんですからね」

　うふふと花森は隣に座る東御に意地の悪い笑顔を見せた。
　東御はその顔を見ながら、繋いだ手にきゅっと力を込める。

「一生尻に敷いていてくれ。多分俺はそれが幸せだから」

　観念したように言う東御を見て花森は嬉しそうに笑った。
　部署が離れても、心が離れてしまうわけではない。これからもずっと一緒だ。