鬼上司は間抜けな私がお好きです

碧井夢夏

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第三章

旅行 6

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  *

 食事が終わり、ようやく給仕に入っていた女性たちが退出した。
 また二人きりの時間になったのだと思うと、和室の座卓を挟んで向かい合って座りながらお互いにどう切り出すかで迷ってしまう。

「……風呂に入るのは、もう少し時間を開けた方がいいかもしれないな」
「美味しかったです。お腹いっぱいになりましたねえ」

 薦められた日本酒をちびちびと飲んでいた花森は、顔を赤くして普段よりもふにゃふにゃとしている。

「下着を回収するのを忘れるなよ」
「あ、そうですね」

 花森は自分の座っていた座布団の下から赤くて小さな布のショーツを取り出したが、果たしてこれを今履くべきなのか、履くとしたらどこで履くのかと考えて固まる。

「考えていることを当ててやろうか?」
「……いいです」

 そう言いながら、花森は自分の手に握りしめたショーツのやり場に困る。
 そもそもあの露天風呂は脱衣所らしき場所がないようだったが、どこで服を脱ぐのだろうか。
 そう思った時、「ここ?」と冷静になる。外に出てから服を脱ぐのはなんだかおかしい。

「沙穂」
「はい……」
「沙穂は食事どころじゃなかったはずだと思うんだが」
「……食事は食事で必要ですよ」
「じゃあもういいのか、そのまま風呂で」
「意地悪言わないで下さい」

 拗ねる花森の元に東御が近付く。
 そっと口づけるとお互いから日本酒の香りがふんわりと漂い、花森からは熱っぽい吐息が漏れた。

「ん……さっきより、八雲さんが美味しそうです」
「それは良かった、実は俺も沙穂の色気に参っていたところだ」
「嘘です、色気なんてないですよう」
「食事中の顔や酒に酔い始めた沙穂を見ながら、あの時間がなかなか終わらないのがもどかしかった」
「同じですね。私も、ずっと……」

 抱き合って身体に触れると、お互いの気持ちが伝わってくるような感覚がする。

「ずっと、何だ?」
「続きをしたくて……」
「それは良かった。俺も色々と限界だ」

 笑いながらキスをする。
 東御は花森を抱き上げると、隣の部屋に向かう。そこにあった低めのベッドに花森を下ろしてその身体を包んだ。

  *


「そういえば、まだ着物を着ていない」
「はい……」

 程よく汗をかいていた東御は、このまま温泉に入るのもいいなと思った。
 そうして、「風呂上がりに着物か?」と考え直す。

「風呂に入る前の短時間になるが、今、着てこようか」
「はいっ。見たいですう」

 熱烈な花森の期待に応えるべく、東御は荷物のある部屋に向かって行った。
 その間、花森は何も身に着けていない状態でベッドに入って待っている。


「お待たせ」

 襖を開けて現れた東御を観た途端、花森は身体を掛布の中に入れたままジタバタと身もだえていた。
 最初は声にならない声を上げ、そして「きゃん!」と鳴き声のようなものを上げる。

 東御はそっと花森のいるベッドに腰を下ろした。

「八雲しゃん……しゅき……」
「顔が赤いな。酒がいよいよ回ったか」
「やあん、色っぽいですう……。たったいま愛し合ったばかりなのに、今の八雲しゃんを滅茶苦茶にしたくなっちゃいますう。きゃっ。やだもう、私ったら、うふふ」
「本当に発言が痴女化したな」

 東御が銀と黒の色味が入った着物に着替えて現れると、花森は途端におかしくなって行った。
 そもそも表情が違う。

 何かに取りつかれているように東御を凝視しながらも、時折身体が激しく波打つ。
 冷静に観察をすると心霊現象のようだ。

「お着物、素敵ですよう。いつもこんな八雲さんを見ている生徒さんに妬けちゃいますよう」
「そんなにメロメロになってくれるなら、沙穂が仕事で俺の下に就いた時に見せればよかったな」
「どうしよう、私、お着物の八雲さんともいちゃいちゃしたいですう」
「……それは……」
「沙穂は、温泉よりも八雲さんがいいでしゅ」
「やけにアグレッシブじゃないか……」
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