鬼上司は間抜けな私がお好きです

碧井夢夏

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第三章

婚前 2

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「沙穂のそれは、何泣きだ?」
「分かりません。本当に好き、って思ったら涙が溢れてきて……」
「そうか。悲しい涙でなくて良かった」

 東御は花森の頭を抱え込んで肩をさすった。

「人を好きになるって、こんなに胸がぎゅうってするんですね」
「ああ、そうだな。片想いをしていた時には沙穂が好きで苦しかったが……好きになれたことはずっと幸せだった」
「私のことを好きになって下さって、ありがとうございます」
「いいや。沙穂が沙穂でいてくれることに毎日感謝しているよ」

 東御は花森の頬と耳元に口付けて、手を繋いで朝食に出ようと誘う。
 二人は旅館の中庭を横切りながら、陽の光を浴びてゆっくりと歩いた。

「私、いい奥さんになれる自信はありませんが、八雲さんの幸せをずっと考えていたいです」
「それはいい奥さんだ」
「また、いちゃいちゃ旅行、しましょうね」
「……ああ。次はもっと近所にする」

 花森は意味がよく分からなくてキョトンとした。なぜ次はもっと近所なのだろうか。

「あの……近所ってどういうことですか? こちらの宿も素敵でしたよ?」
「ずっと沙穂に求められるばかりで、情けなかったな」
「??」
「思った以上に体力に余裕がなかったから、次はもっと余力が作れる近所にする」
「それってーー?」

 本館の建物が目の前に見えて、他の宿泊客の姿が見えている。
 そんな中で東御は堂々と花森の唇に軽いキスをした。

「リベンジだ」
「はうんっ。八雲さんのリベンジ……っ。次は私、どうなってしまうんでしょうっ」
「俺も大概、負けず嫌いなのかもしれないな」
「いやん、貞操の危機ですう」
「……何を言ってるんだ」
「心はいつでも乙女なのです」
「……」
「もーっ、呆れないでくださいよおおお」

 怒っているのか恥ずかしいのか、力のない拳で東御の腕を叩く花森を見ながら、東御は急におかしくなってきて笑う。

「なんで笑うんですかああああ」

 納得がいかない花森が叩くのを止めないので、東御花森の両手首を掴んで止めた。

「外では乙女らしくしていたらいい。それ以外の沙穂は全て俺のものだ」
「……その顔とその格好で言うの、反則ですよう!」
「反則だとどうなる?」
「ええと……」

 通り過ぎる年配女性二人組や年配夫婦の生温かい目が注がれており、花森は東御に両手首を掴まれたまま威勢を失う。

「お部屋に戻ったら、少しだけ……長いチュウをします」
「かわいいやつ」

 東御は花森の手首を解放し、手を繋いだ状態で歩き本館に入る。
 食堂に向かって館内を歩いた。

「好きな人が好きな格好をしていたら……そしてそれが素敵なら、おかしくなってしまうんです、普通は」
「ふうん?」
「……八雲さんには、そういうのないですか?」
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