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第三章
不束な嫁 2
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「この建物の2階と3階が大広間になっていて、そこで結婚披露宴ができるようになっている」
「まだ結婚式って出席したことないです」
「ここは和装をしたい女性が利用する挙式場だったが、最近は和装で登場してお色直しで洋装になったり、その逆だったりするケースも多いらしい。会場装花は和洋折衷の雰囲気がするものを好まれることが増えて来ている。人生に一度のことだから和洋の格好をしたい新婦がいるようだ」
「なるほどー」
「沙穂は? どっちが着たい?」
「……私ですか?」
改めて聞かれてみると、結婚披露宴か、と現実的なものを思い出す。
「え、えっと……」
「和装が好きなんじゃないのか?」
「それは見る方専門と言いますか……」
結婚式のことなど考えに無かったと花森は気付く。
確かに結婚式は女性のものだと聞いたことがあるが、ウェディングドレスや打掛を着たいという憧れはない。
「まあ、時が来れば必死になって選ぶことになるだろう。まずは目の前にやってくる敵のことを心配しよう」
「はい、いよいよですね……」
東御におかしな手紙を寄越したことや、花森に接触してきた黒づくめの男を思い出す。
我が子相手にあんなことをする親など花森には信じられなかった。
つまり、花森の思う家族や親の常識の中には収まらないことを平気で言うのかもしれない。
「来た」
東御が呟くので花森は東御の視線の先を必死に探す。
薄茶色の着物を着て白髪を肩まで伸ばした男性が歩いてくるのを見てあの人かと気付いた。
ロビーラウンジの受付で、係の女性に和やかに話しかけている。
その際に浮かんだ笑い皺に、花森の印象は大きく崩れた。
出会ったばかりの東御の方がよほど怖い顔をしていたし、ぱっと見はむしろ人が良さそうにすら見える。
「あの、八雲さん……お父さんって、あの着物の人ですよね?」
「そうだ」
隣の東御は、完全に表情が固まっていた。
その顔を見ていると緊張感が伝わってくるようだが、白髪で初老の男性はにこやかにこちらを見て歩いてくる。
座っていた東御と花森は一度席を立って歩いてくる源愈に向かって頭を下げた。
「本日は、お時間をいただきましてありがとうございます」
「ありがとうございます」
東御と花森がそう言って顔を上げると、にこやかな源愈が「まあまあ、座って」と言いながら席に着く。
「注文を」
源愈は席に着くな否や、給仕を呼んだ。全くメニューを見ずに、やってきたスタッフに「コーヒーを」と告げる。
「私はコーヒーを、彼女には紅茶を」
東御も源愈に続けた。「そちらの注文はまだでしたか」と小さく口にすると東御と花森に視線を移す。
「で、本日はどういう交渉をしたいわけですか?」
源愈はテーブルに置かれたおしぼりで手を拭きながら尋ねた。
「まだ結婚式って出席したことないです」
「ここは和装をしたい女性が利用する挙式場だったが、最近は和装で登場してお色直しで洋装になったり、その逆だったりするケースも多いらしい。会場装花は和洋折衷の雰囲気がするものを好まれることが増えて来ている。人生に一度のことだから和洋の格好をしたい新婦がいるようだ」
「なるほどー」
「沙穂は? どっちが着たい?」
「……私ですか?」
改めて聞かれてみると、結婚披露宴か、と現実的なものを思い出す。
「え、えっと……」
「和装が好きなんじゃないのか?」
「それは見る方専門と言いますか……」
結婚式のことなど考えに無かったと花森は気付く。
確かに結婚式は女性のものだと聞いたことがあるが、ウェディングドレスや打掛を着たいという憧れはない。
「まあ、時が来れば必死になって選ぶことになるだろう。まずは目の前にやってくる敵のことを心配しよう」
「はい、いよいよですね……」
東御におかしな手紙を寄越したことや、花森に接触してきた黒づくめの男を思い出す。
我が子相手にあんなことをする親など花森には信じられなかった。
つまり、花森の思う家族や親の常識の中には収まらないことを平気で言うのかもしれない。
「来た」
東御が呟くので花森は東御の視線の先を必死に探す。
薄茶色の着物を着て白髪を肩まで伸ばした男性が歩いてくるのを見てあの人かと気付いた。
ロビーラウンジの受付で、係の女性に和やかに話しかけている。
その際に浮かんだ笑い皺に、花森の印象は大きく崩れた。
出会ったばかりの東御の方がよほど怖い顔をしていたし、ぱっと見はむしろ人が良さそうにすら見える。
「あの、八雲さん……お父さんって、あの着物の人ですよね?」
「そうだ」
隣の東御は、完全に表情が固まっていた。
その顔を見ていると緊張感が伝わってくるようだが、白髪で初老の男性はにこやかにこちらを見て歩いてくる。
座っていた東御と花森は一度席を立って歩いてくる源愈に向かって頭を下げた。
「本日は、お時間をいただきましてありがとうございます」
「ありがとうございます」
東御と花森がそう言って顔を上げると、にこやかな源愈が「まあまあ、座って」と言いながら席に着く。
「注文を」
源愈は席に着くな否や、給仕を呼んだ。全くメニューを見ずに、やってきたスタッフに「コーヒーを」と告げる。
「私はコーヒーを、彼女には紅茶を」
東御も源愈に続けた。「そちらの注文はまだでしたか」と小さく口にすると東御と花森に視線を移す。
「で、本日はどういう交渉をしたいわけですか?」
源愈はテーブルに置かれたおしぼりで手を拭きながら尋ねた。
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