鬼上司は間抜けな私がお好きです

碧井夢夏

文字の大きさ
172 / 187
第三章

不束な嫁 3

しおりを挟む
「交渉……?」

 花森は訳が分からず小首を傾げる。

「彼女、花森沙穂さんとの結婚を認めていただきにきました」

 東御はそう言うと席で深く頭を下げる。
 驚いた花森は同じように頭を下げなければいけないのか、どうしたらいいのか分からない。

「……花森さん」

 源愈に声を掛けられ、「はいっ」と花森はハッキリ返事をした。

「八雲は花の世界では比較的有名でしてね。才能に加えてこの見た目でしょう」
「はい、よく分かります」
「私のところにも耳に入るんですがねえ、八雲はとても評判が良い」
「はい」
「いくらで身を引いていただけますか?」
「はい??」

 穏やかな調子を崩さない源愈に、花森は何か聞き間違えたのだろうかとキョトンとする。

「未来あるお嬢さんにご迷惑をお掛けした分は、父親である私が誠意を持って責任を取ります。500万円でいかがでしょうか?」
「おっしゃっている意味がわからないのですが」
「本来、八雲は自由に結婚を選べる立場にないのです。その位の事も分からないで、貴女に期待を持たせた罪は大きい。重罪です」
「それで、お金なんですか?」
「本人同士で決めたこととはいえ、私のせいで破談になるわけですから、無料タダというわけにはいかないでしょう。ああ、あの家がお望みですか?」
「……物やお金の話は一度もしておりませんが」

 真剣な顔でにこやかな源愈の顔を直視する。
 こんなに穏やかな顔を浮かべながら悪意を他人に向けられる人に、花森は出会ったことがない。

「花森さんのようにお若い方ですと、同じ会社で出会った上司と自由に恋愛をするというのは普通なのかもしれませんね。八雲が至らなかったばかりに」
「八雲さんは、何も悪いことをしていません。私たちが望んでいるのは、ただこれから家族になる事を認めていただきたいだけです」

 花森の身体が小さく震えてくる。
 どうしてこんなことをにこやかに、まるで本日のお日柄などを訪ねるように話すことが出来るのか。

 背があまり変わらないのか、向かい合って座る花森の目線が真っ直ぐ源愈にぶつかった。

「失礼いたします」

 そこで給仕の女性がやってきて、源愈の注文したコーヒーと東御の注文したコーヒーを席に置くと、すぐ後に男性の給仕が続き、花森の紅茶を一杯ティーカップに注いでティーポッドごと席に置いていった。
 源愈はコーヒーカップに口をつけた後、チラリと花森を見やる。

「悪い話ではないはずです。それだけのお金が手に入る事もそうないでしょう。確かに八雲の資産を思えば、身を引くのは惜しいかもしれませんが」
「いえ、私はただ、八雲さんの側にいられれば……一緒にいられればと思っています」

 花森が源愈と話している間、東御はずっと言葉を失っている。

「つまり、八雲の価値を分かってはいないんですね」

 源愈はそう言って「ふふ」と笑った。

「お言葉ですが、八雲さんの価値とはなんでしょう?」
「……私が教えるのですか? 花森さんには分からないと?」

 笑顔を浮かべながらも語尾が馬鹿にしている様子だとよく分かった花森は、さすがにカチンとした。

「お父様がご存じないようでしたから、念のため尋ねただけです」
「貴女のような娘はおりませんから、『源愈げんそうさん』とでも呼んでください」
「では、源愈さん」
「……はい?」
「八雲さんは私のことを心から慕ってくださっています。そして私も、心から八雲さんを慕っています」
「心、ですか」

 ふふんと鼻を鳴らすように笑う源愈に、東御はまだ何も口を開かない。

「頭のおかしなお嬢さんですね」
「口を慎んでください、お父さん」

 源愈の言葉に対して、咄嗟に東御は注意をした。

「彼女を馬鹿にするような発言は、いくらお父さんであろうと許せません」
「八雲? とうとう気でも狂ったか?」
「私の愚かなところはいくらでも責めてくださって結構です。身の程知らずで彼女を好きになった自分を責めて下さる分には、納得もできます」
「八雲さん……」

 これまで無口だった東御が、ずっと自分のことだからと我慢をしていたのだと花森は気付く。

「ですが、沙穂は……花森沙穂のことは悪く言わせません。私が思うこの世で一番素晴らしい女性です。お父さんが私を罵りたい気持ちは分かりますが、彼女の隣を誰かに譲る気はありません」

 花森は隣でハッキリと言い切った東御を見つめながら、じんわりと涙が込み上げそうになるのをぐっと堪えた。
 まだ、源愈には何も伝わっていない。

「八雲さんは、こうして私の味方になって下さいます。どんな時でも、何があっても、八雲さんだけは私の傍で支えて下さいます」
「別に、他の男性と八雲で、その辺は変わらないと思いますが」
「八雲さんは、私相手でなければこうはなりません」
「お父さん、それは間違いありません。私は、彼女以外選べません」

 源愈は、そこで初めてうんざりしたような表情を浮かべてコーヒーをごくりと飲んだ。

「下らない」
「そうやって簡単におっしゃることができるのは、源愈さんが八雲さんを親として愛していないからだと言っているようなものですよ」

 ぴしゃりと花森が告げると、源愈のこめかみがピクリと動く。

「お言葉ですが、赤の他人の貴女に私の家族の何が分かるというのでしょうか?」

 源愈は席で姿勢を正す。薄茶色の着物が、急に威厳を持ったように見えた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

【完結】イケメンが邪魔して本命に告白できません

竹柏凪紗
青春
高校の入学式、芸能コースに通うアイドルでイケメンの如月風磨が普通科で目立たない最上碧衣の教室にやってきた。女子たちがキャーキャー騒ぐなか、風磨は碧衣の肩を抱き寄せ「お前、今日から俺の女な」と宣言する。その真意とウソつきたちによって複雑になっていく2人の結末とは──

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

処理中です...