調教テレフォン

尾崎ふみ緒

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Lesson3【声の奴隷になりました】

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 例の不倫現場を目撃してから一週間後のこと、葉月は学校を休んだ。というかサボった。これは、人生で初めてしたズル休みだった。両親はそんなこととは知らず、体が怠いという言葉を真に受けて病院に連れて行こうとしたけれど、もちろん断った。
「休めば大丈夫だから」 
 ささやかな、本当にささやかな嘘ではあったが、葉月の胸には罪悪感が檻のように沈んだ。皆は学校に行って授業を受けているのに、パジャマ姿のままでいるのは邪なことな気がして、心が落ち着かない。
 でも、怠いというのは本当だった。頭が重い、胸が苦しい。そんな状態が続いていた。
 あの日以来、体が言うことを聞いてくれなくなったのだ。何というか、体が勝手に熱くなって、なんだか芯がウズウズしてくる。理性に体が反抗しているような、心と身体がちぐはぐな感じがしていた。
 始めは気のせいだと思っていた。だが、気のせいにしては体が苦しすぎた。そわそわと落ち着かない。腰が疼く。そして何より、気がつくとあの光景ばかりが頭によぎっていた。裸の大竹先生と橋本先生が絡みつき、必死に腰を振っていたあの姿。それを思い浮かべては、ぼーっとすることが多くなっていた。
 そしてこの日も、日がな一日ベッドで過ごしながら、考えることはあのことだった。葉月は自分の変化に戸惑い、狼狽えていた。
 わたし、おかしくなっちゃったのかなぁ?あんなの思い出したくもないのに、あのことばっかり考えちゃうなんてさ……。
 葉月は自分の変化に戸惑い、理性に耳を貸さない自分の体に狼狽えていた。また、何かが自分の中で目覚めようとしている予感に怯えてもいた。何かが蠢いていることに慄いていた。
 一方で、その予感の先にあるものの正体を、葉月は気づいていた。気づいていながら見て見ぬ振りをし続けていたのである。なぜならば、その正体を、明確に言うなら欲望を葉月は嫌悪していて、己の中にそんな汚らわしいものがあることに衝撃を受けていたからだった。
 その欲望、性欲自体は何の不思議もない、人として当然の欲求である。だが、理屈では分かっているこの欲望を、葉月は自分のものとして認めることはできなかった。
 性欲を認めてしまうことを、葉月は異常なほど怖れた。彼女は性に対して言いようのない不安があった。それは、汚いとかふしだらであるとかといった表面的な感情ではなく、本能が感じる怖れだった。性は、自分のことを根本からひっくり返してしまう恐ろしいものという思いを抱いていた。
 体の中いっぱいに蠢く性への欲動を感じながら、行き場のない思いを抱え一日を過ごしていた夕方、葉月のスマホが鳴った。電話だった。画面を見ると、登録されていない番号だった。
 最初は無視しようと思った。イタズラ電話か何かだろうと思ったのだ。しかし、呼び出し音は一分以上も続き、一向に鳴り止む気配はなかった。その音からは、何が何でも葉月を引きずり出そうとする意思が感じられた。まるで脅されているようで怖くなった彼女は、思わずスマホを耳に押し当てた。
 最初は出てもすぐ切ろうと思っていた。どうせイタズラ電話か詐欺の電話だろうから、相手にしないと決めていた。だが、聞こえてきたのは、意外な言葉だった。
「あ、もしもし、葉月さん?電話に出て大丈夫?って、本当に心配なら放っておけよって感じだよね。ごめん。でも、学校休むなんて初めてだから気になってさ。体、大丈夫かな?」
 親しげで優しい男の声だった。そして、何やら自分のことをよく知っているらしい。葉月のことを気遣う言葉を、次々言ってくる。だが、友人知人の番号なら登録してあるし、聞き覚えもあるが、この番号は知らないし、この男の声も記憶にない。
「あの、どちらさまでしょうか?」
 相手の機嫌を損なわないように、下手に出て遠慮がちに訊いてみる。すると相手は、何か曰くありげな含み笑いをしてこう言った。
「それは、知らない方が君のためだと思うよ。ま、強いて言うなら《センセイ》かな。今から僕は君のセンセイになるんだ」
「えっ、はい?センセイ?学校の?塾の?」
 葉月の疑問に《センセイ》と名乗る男は、笑いながら否定した。
「いいや、学校のでも塾のでもないよ。僕は君の個人教師になる。それも、特別な科目のね。それで僕が、君を苦しみから救ってあげる」
 意外な言葉に、葉月は面食らった。
「……それは、どういうことですか?」
「君は今、ある悩みを抱えているね?それも、人に言えないような類のものをね」
「……何を知っているんですか?」
「僕は、君のことなら何でも知ってるよ。君の内申書の中身から、使ってる生理ナプキンのメーカーまで何でもね。だから、あの日君が見たものも僕は知ってる」
「……」
「あれは、君みたいな真面目で潔癖な人間には毒みたいなものだったね。あの二人、意外な組み合わせだよね。でも、よくやるよ。旦那も同じ職場だっていうのに、こっそり陰で不倫してるなんてさ。でも、そこがいいんだろうな。あの時言ってたように、バレたらってスリルで燃えるんだろうね。で、あの二人のセックスを見た時、何を感じた?」
 葉月は男の声に、どこか嬉しそうに挑発している響きを感じた。その見下してくる物言いに彼女は反発を覚えた。何故、見知らぬ人間にそんなことを言わねばならないのか。そもそも自分も、この男も、あの出来事に関係ない部外者だ。放っておいて欲しいというのが本音だ。そこで憤りを込めて、葉月はこう言い放った。
「何も。もう忘れたわ」
 そして電話を切ろうとした。だがその瞬間、男はそれを察したようにこう言ってきた。
「切ったからって苦しみが消えるわけじゃないけどね」
 すべてを見透かしているような言い方に、葉月は言葉を失った。この男の「何でも知っている」という言葉ははったりでも何でもなく、本当のことなんだと思い知らされた。見知らぬ人間にすべてを知られているということに、恐怖で体が震える。
 だが、怖がってばかりでは男の思うつぼだ。葉月はなんとか自分を奮い立たせて、男に問う。
「何が……何が欲しいんですか?」
 何故自分なのか、何が目的なのか。そのことを知らなければ、どうにも対処できないと思った。
 だが、男の言葉は予想を裏切るものだった。
「大丈夫だよ。僕は君を危ない目に合わせたいわけじゃない。むしろ、君を助けたい。君を檻から出してあげたいんだ」
 宥めるような落ち着いた声で男は言う。
「檻……?」
「そう、君は皆が作った優等生という枠が、窮屈で退屈で仕方ないだろう?苦しくて苦しくて仕方がないと感じているよね。でも、僕なら君をそこから自由にしてあげる」
「……どうやって?」
「あの二人がヒントを与えてくれたじゃないか」
「どういうこと?」
「セックス、性欲だよ。君はセックスが嫌いだろう? いや、正確には、怖い、かな? どちらでも構わないけど。でも君は今、性的欲求を感じながら絶対それを認めまいとして苦しんでいる。違うかな?」
「……」
「でも、あの二人のセックスを見て、確かに君も興奮したはずだよ。そして、思ったはずだ。『自分もしてみたい』って。体の奥から欲望が突き上げてきたでしょ? でも、だからって君にはセックスするような相手はいないし、まだその度胸もない。さあ、こういう時どうする?」
「どうするって……?」
「自分の体を落ち着かせる方法だよ。今感じてるソワソワとかムラムラなんかを鎮めるには、これしかないと思うけど」
「これって、何を……?」
「ふふふふ、君がしてる勉強ってホント、教科書とか参考書の中だけの知識なんだね。もう少し俗っぽいことも勉強しなよ。ま、それはともかく。今の君に必要なのはね……自慰だよ」
 思いがけない答えに、葉月は唖然とした。
「自慰……?って、あの……?」
「そう、自慰、つまりオナニーのこと。自分の体を慰めてあげれば、君の苦しみは消えていく」
「そんな簡単には……」
「難しいって思ってる?でも、君が自分にしている仕打ちに比べたら簡単だと思うけどね」
 葉月には、《センセイ》の言っていることの意味が飲み込めなかった。
 自分にしていること? 何のことだろう?
「君は自分を愛してあげていないよね。自分を押し殺して、枷で縛り付けている。もっともっと、本当の自分の声に素直にならなきゃいけないのに、否定して、周りの人間にとって都合の良い優等生を演じている。君の今の状態は、そんな本当の自分の悲鳴なんだよ。体が心を代弁してあげているんだ。性欲という自然の欲求にすら耳を塞いでいた君を、体は解放してあげようとしているんだ。それを素直に受け入れてあげれば、君はこの苦しみから救われるよ」
 するすると流れるように繰り出される言葉に対して、葉月は反論しようとした。「自分を縛っているのは周囲の人間であって、自分ではない」と。しかし、《センセイ》の言葉が胸に突き刺さった。一つ一つに真実の力が籠もっているようだった。
 その迫力に、葉月は少し考え、胸に手を当てて考えてみる。
 わたしは自分のことを理解し、愛しているだろうか?
 そう考えた時、胸を張ってイエスと答えることはできなかった。
 自分自身から逃げていた。良い子の仮面を被ることで、本当の自分の心と向き合わずに済んでいた。
 そのことに気づいた瞬間、葉月の瞳から涙が零れた。
「うん……そう、わたし、自分が嫌いだった。だから、わたし、皆に好かれようと頑張ってきたの……でも、もう辛い……楽になりたい……自分のことを好きになりたい……」
 しゃくり上げながらこう話す葉月に、《センセイ》は優しく、こう声をかけた。
「うん、よく言えたね。認めるのも辛かっただろう?でも、それだけでももう成長したよ。偉いね」
 その愛しげな声で、葉月はこれまで纏ってきた鎧から自由になれたような気がした。そして、本当の自分を認めてくれる人がいた嬉しさで、心に沈んでいた重しが取れた感じがした。
「ありがとう……ありがとう……」
 葉月は《センセイ》に何度も礼を言った。そして言いながらこう思った。この人の言葉は啓示だと。どこの誰かは分からないけれど、自分のことを誰よりも、自分よりも見抜き、理解してくれている。この人の言うことは絶対だ。だから、この人の言葉に従おう。そうすれば自分はもっと自由になれるはずだ。そう思った。
「で、センセイが言った通りのことをすればいいんですね?」
「そう。オナニーをすれば、体と心がひとつになって、自分を愛せるようになるよ」
「分かりました。やってみます。でも……」
 そこまで言って葉月は言い淀んだ。何か言葉に詰まっている様子だったが、葉月のことなら何でも分かっていると言うセンセイは、葉月が何を言いたいのかも知っていた。
「オナニーをしたことなくても大丈夫。僕の言う通りにすればいいから。まず手始めに、胸を揉んでみてごらん。自分のことを愛しいと思いながらやってみて。きっと気持ちいはずだよ」
 葉月はセンセイの言葉に従い、パジャマの中に手を入れて、胸をそっと揉み始める。最初は手の動きも控えめだったが、初めて感じる心地よさにすぐさま勢いを増した。
「あ……あ……何か、いい……」 
 呼吸が荒くなるにつれて、手にも力が籠もっていく。
「そうだろう? でも、それだけじゃないよ。次は乳首を指先でくりくりとこねくり回してみて」
「あっ、ン……」
「ああ、いい声だ。でも、こねくり回すだけじゃなくて、ぎゅうって摘まんでみたり、爪先で引っ掻いたりしても気持ちいいよ」
 その通りにしてみると、本当に気持ちが良かった。初めて知った刺激に、葉月はすぐさま夢中になった。
「あん……はぁ……はぁ……」
 静かな部屋に、葉月の甘い吐息が広がる。その声はまるで自分のものとは思えなかった。そう、この間聞いた、橋本先生が出していたような、悦楽に耽る慎みのない声。だが、不快には感じなかった。むしろ自分の中にこんな可愛らしい部分があることに、新鮮な驚きを感じていた。
 そんな葉月の変化を、センセイは見逃すはずはなかった。
「ふふ、何かを感じたみたいだね。声が蕩けてきてるよ。今の気分を言ってみて。自分の胸を揉むってどんな気分?」
「はぁ……何か悪いことをしてるような、感じがするけど、もう止められない、です……わたし、自分の胸って大嫌いだったんです、大きいばっかりでみっともないって……でも、こうしてあげると可愛いなって、思えてきました……」
「それは嬉しいな。君がどんどん自分を可愛いって思えるように、僕も手伝うよ」
「ありがとう、ございます」
「うん。じゃあ、その手を下の方に動かしていって。そう、股の方に伸ばしてごらん。下着の上からでも溝が分かるよね?その溝をすうっとなぞってもっと下に行くんだ。小さな膨らみがあるね。それをつんつんって突いてみて」
 突き当たった膨らみを指先で叩いてみる。
「あふっ……」
 電話の向こうのセンセイは、葉月の吐息に満足そうだった。
「うんうん、その調子だよ。そうやってその小陰唇をぐにぐにと弄って」
 初めて触れた場所は柔らかく、ふにふにしていた。その感触の面白さと気持ちよさに頭の中がぽーっとしていく。手の動きに弾みがつき、くるくると円を描くように弄っていたら、ある一点で感じたことのない刺激が体の中を走った。背筋が電流を走ったような気がした。
「ひゃんっ……」
 思わず上げた声に、センセイは、
「ん?もしかして、アレに触ったのかな?」
と言った。
「アレ……? って何ですか?」
「学校で習ったでしょ? 俗にいうクリトリス、つまり陰核だよ。女の人の気持ちいいところの一つだよね。じゃあ、下着の中に手を入れてクリを弄ってみようよ。そのびらびらよりもっと気持ちいいはずだよ。さあ、やってみて感想聞かせて」
 楽しそうなセンセイにつられるように、葉月の期待も高まる。小陰唇だけでもこんなに気持ちいいのに、それ以上に気持ちいいなんてどんな感じだろう?
 へその上から下着の中に手を挿し入れ、秘所へと手を伸ばす。陰毛が手に絡みつく。こんなことはかつてなら汚いと感じただろうけれど、今なら気にならなかった。快楽への興味と期待だけが、葉月の心を支配していた。
 そして、割れ目の先に触れてみる。さきほど触っていた陰唇がじっとりと濡れていた。下着のクロッチ部分も濡れている。
「ああ……すごい濡れてる……」
 葉月の感嘆したような声に、センセイの声が大きくなる。
「そう!?それは良いことだよ。君の体も快感には貪欲で、敏感だってことだからね。じゃあ、その小陰唇の上にある突起を触ってみて」
 葉月は、柔らかい二枚貝のような膨らみの上に指を動かしてみた。すると先ほどには比べようもないほどの刺激が、体を駆け巡った。
「あっ、あっん……何これ、すごい気持ち、いい……」
 一瞬にしてこの快感の虜になった。指に力を込めて、その豆のような突起をこねくりまわした。
「はぅっ……ああ……いやん……これ、ハマりそう……イケないって分かってるのに、止められない……」
「そう、そうだよ。その感じがいいんだ。その気持ちよさに身も心も委ねるんだ」
「はい、分かり、ました……あんっ……はぅっ、はぁっ……クリ、気持ちいい……ぐりぐりたまんない……」
 指の動きが加速していき、クリトリスが固く立ち上がってきた。それにつれて、葉月の息づかいも荒くなった。
「ああ……あん……もう、おかしくなりそう……怖い……でも、気持ちよすぎて、止めたくない……」
 もはや葉月はこれまでの彼女ではなくなっていた。快感で頭が痺れたようになり、ついさっきまで全身を縛り付けていた理性は溶けてなくなった。
「大丈夫、怖くないよ。この気持ち良さの先に新しい君が待ってるんだよ。僕がついてるから大丈夫、安心してイケばいい」 
 意識がぼんやりと遠くなっていく中で、センセイの優しい声が葉月の体を包んだ。
 そうだ、この人がいる。この人について行けば、何も怖いものはない。安心して、新しい世界に飛び込もう。
 葉月の手は勢いを増し、上擦った声が部屋に響いた。
「あふっ……うん……もうだめ、わたし、イク、イク、イク……あっ、あっ、あっ、あっは……はっん、はぅっ、あ、あ……あ、あぁぁぁぁぁ……!」
 こうして、初めてのレッスンは終わった。
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