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第十九話
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「それで? 緊急事態とは何なのよ、エンヒ。あんたがそんなに慌てて私のところに駆け込んでくるなんて、よっぽどのことでしょう?」
フィリスは、からかうような表情から一転、真剣な眼差しでエンヒを見つめた。
その紫の瞳の奥には、深い叡智と、全てを見通すような力が宿っているように見えた。
エンヒは、意を決したように、しかしどこかバツが悪そうに、圭吾の手をぐいと引っ張ってフィリスの前に突き出した。
「これじゃ! この男とその……うっかり、『龍の契約の紋』を結んでしまったのじゃ! だから、その、契約を破棄する方法を教えてほしい!」
エンヒは早口でまくし立てた。
フィリスは、エンヒの言葉を聞くと、驚くでもなく、ただ大きな、本当に大きなため息をついた。
「はぁぁぁ………やっぱりね。いつか、あんたならそんなヘマをやらかすんじゃないかと思ってたのよ。まったく、このじゃじゃ馬龍が」
フィリスは呆れきった様子で呟くと、圭吾の手を取り、手の甲に浮かぶ紋様を注意深く観察し始めた。
その細く長い、美しい指先が紋様に触れると、紋様は陽光に当たった時のように、淡い緑と金色に輝きを増した。
「ふむ。見事な紋じゃないの。ここまで鮮明に顕現するとは。エンヒ、あんた、よっぽどこの人間のことを心を許した……というか、魂レベルで気に入ったのねぇ」
フィリスは意味深な笑みを浮かべ、圭吾の顔を見上げた。
圭吾は、その言葉の意味がよく分からず、ただ戸惑うしかなかった。
フィリスは、圭吾の手を離すと、説明を始めた。
「いいこと、圭吾とやら。龍の契約というのは、そんなに簡単なものじゃないのよ。これは、龍族がその生涯でただ一度だけ、真に認め、魂の絆を結びたいと願った相手……古来より、それは偉大な英雄であったり、賢王であったりしたわけだけど」
「そういった相手に対してのみ捧げられる、最も神聖で、そして重い契約。一度結ばれたら、契約者か龍、どちらかの魂が消滅するその時まで、決して解けることはないわ」
「え……じゃあ、解除はできないってことですか!?」
圭吾は愕然として聞き返した。
「まあ、落ち着きなさい。完全に『破棄』することは不可能よ。だけどね、契約というのは、龍が契約者に何かを強く求め、その対価として契約者が何かを与えることで初めて成立し、そしてその力を増していくものなの。対価が重ねられるごとに、契約の絆は強固になり、龍と契約者の間での魔力の共有や、時には龍の能力の一部を契約者が授かる、なんてことも可能になる」
フィリスの左目の上に半透明の魔法陣が浮かび上がる。
どうやら圭吾の身体情報を読み取っているようだった。
「それに、そこまで消耗してないみたいね。これなら命の危機はないわ。貴方、英雄の素質があるのかもね、それとも余程過酷な環境で鍛え上げたのかしら」
フィリスはそこまで言うと、再びエンヒに向き直った。
「で? あんた、この人間に何を求めて、対価として何を受け取ったのよ? まさかとは思うけど、何かとんでもないものを要求したんじゃないでしょうね?」
問い詰められたエンヒは、顔を真っ赤にして俯き、もごもごと口ごもった。
「そ、それは……その……対価は……ご飯、じゃ……」
「……は?」
フィリスは一瞬、聞き間違いかと思ったように眉をひそめた。
「ご飯? ご飯って、あの食べるご飯のこと?」
「う、うむ……けいごの作った、アヒージョとかいう料理が……その、あまりにも美味すぎて……魂が、その、勝手に……」
エンヒがしどろもどろに説明すると、フィリスは数秒間、ぽかんとした表情で固まっていたが、やがて、こらえきれなくなったように、くつくつと笑い出した。
「ぷっ……あははは! ご飯!? 龍の契約の対価が!? あんた、本気で言ってるの!? あーっはっはっは! お腹痛い……!」
フィリスは腹を抱えて笑い転げている。
「わ、笑うなー! けいごの飯が美味すぎるのが悪いんじゃー!」
エンヒは、耳まで真っ赤にして涙目で叫んでいる。
圭吾は、そのやり取りを唖然として見ていた。
「やっぱり俺が趣味で作ったキャンプ飯が、この契約の原因ってことですか……」
思い出を辿るためのキャンプが、まさか龍との魂の契約に繋がり、命の危機かもしれない状況を引き起こすとは。
あまりの展開に、もはや笑うしかなかった。
「はは、とんでもないことになったな……」
圭吾は乾いた笑いを漏らしながら、天を仰いだ。
契約の経緯があまりにも間抜けだったせいか、フィリスの笑いはしばらく収まらなかった。
ひとしきり笑い終えると、彼女は涙を拭いながら、改めて圭吾に向き直った。
「ふぅ。いや、ごめんなさいね。でも、龍の契約の対価が料理だったなんて、前代未聞だわ。エンヒも、本当にあんたらしいというか……」
フィリスがそう言いかけた、まさにその時だった。
ぐうぅぅぅぅ~~~~……。
静かな倉庫の中に、盛大な腹の虫の音が響き渡った。
音の主はもちろん、エンヒだ。
昨夜からアヒージョ、チョコレートバーと美味しいものを立て続けに食べたせいか、あるいは転移でエネルギーを使ったせいか、彼女のお腹は正直だった。
エンヒは「うっ……」と呻き、顔を真っ赤にして両手でお腹を押さえた。
圭吾とフィリスの視線が一斉に彼女に集まる。
「ち、違う! 今のは、その、床がきしんだ音じゃ!」
エンヒは必死に誤魔化そうとするが、説得力は皆無だ。
フィリスは、楽しそうににやりと笑った。
「ふふ、相変わらず食い意地が本当にすごいのね、あんたは。でも、まあ、仕方ないか。龍が魂ごと絆されて契約を結んでしまうほどの料理なら、無理もないわ。……ねえ、圭吾とやら」
フィリスの紫の瞳が、好奇心の色を帯びてキラリと光った。
「その、龍をも虜にするという料理、私もぜひ一度、食べてみたいものだわ」
「え、い、今ここで、ですか!?」
圭吾は慌てた。
「いや、でも、材料もほとんどないですし、ちゃんとしたキッチンも……」
言いかけて、圭吾は自分のバックパックの中身を思い出した。
今日のお昼に食べる予定だったスキレットで作るカレーリゾットの材料が入っている。
「あー、まあ、本当に簡単なものなら、作れるかもしれませんけど……」
圭吾がそう言うと、エンヒが待ってましたとばかりに目を輝かせた。
「おお! けいごの飯なら、何でも美味いに決まっておるぞ! フィリスもきっと驚くに違いない!」
「期待してるわよ。龍族に契約を結ばせるほどの料理の腕前とやらをね」
フィリスは悪戯っぽくウインクした。
「いや、そんな大袈裟なものじゃ……」
圭吾は苦笑いするしかなかった。
フィリスは、倉庫の奥、ドアの近くにある一角を指さした。
そこには、石を組んで作られた簡素な炉と、大きな木の切り株を利用したようなテーブルが置かれており、さながらキッチンのようだった。
壁には鍋やフライパンのようなものもいくつか掛けられている。
「そこで作りなさい。火ならすぐに起こせるわ。もし、何か材料が足りないというなら、私の貯蔵庫から融通してあげてもよろしくてよ。香辛料とか、干し肉とか、珍しい茸とか、色々あるわ」
「いえ、多分、あるもので何とかなると……思います」
圭吾は、リュックからレトルトのカレールーと卵、保冷剤に包まれたロース肉、ピザ用チーズ、パックご飯、オリーブオイルを取り出した。
異世界の賢者と龍に、現代日本の、それもキャンプ用のシンプルな男料理を振る舞うことになるとは、夢にも思っていなかった。
「早く! 早く食わせろー!」
エンヒは、もう待ちきれないといった様子で、テーブルの周りをうろうろと歩き回っている。
ふと圭吾は、どこかこの状況を楽しんでいる自分に気づいていた。
フィリスは、からかうような表情から一転、真剣な眼差しでエンヒを見つめた。
その紫の瞳の奥には、深い叡智と、全てを見通すような力が宿っているように見えた。
エンヒは、意を決したように、しかしどこかバツが悪そうに、圭吾の手をぐいと引っ張ってフィリスの前に突き出した。
「これじゃ! この男とその……うっかり、『龍の契約の紋』を結んでしまったのじゃ! だから、その、契約を破棄する方法を教えてほしい!」
エンヒは早口でまくし立てた。
フィリスは、エンヒの言葉を聞くと、驚くでもなく、ただ大きな、本当に大きなため息をついた。
「はぁぁぁ………やっぱりね。いつか、あんたならそんなヘマをやらかすんじゃないかと思ってたのよ。まったく、このじゃじゃ馬龍が」
フィリスは呆れきった様子で呟くと、圭吾の手を取り、手の甲に浮かぶ紋様を注意深く観察し始めた。
その細く長い、美しい指先が紋様に触れると、紋様は陽光に当たった時のように、淡い緑と金色に輝きを増した。
「ふむ。見事な紋じゃないの。ここまで鮮明に顕現するとは。エンヒ、あんた、よっぽどこの人間のことを心を許した……というか、魂レベルで気に入ったのねぇ」
フィリスは意味深な笑みを浮かべ、圭吾の顔を見上げた。
圭吾は、その言葉の意味がよく分からず、ただ戸惑うしかなかった。
フィリスは、圭吾の手を離すと、説明を始めた。
「いいこと、圭吾とやら。龍の契約というのは、そんなに簡単なものじゃないのよ。これは、龍族がその生涯でただ一度だけ、真に認め、魂の絆を結びたいと願った相手……古来より、それは偉大な英雄であったり、賢王であったりしたわけだけど」
「そういった相手に対してのみ捧げられる、最も神聖で、そして重い契約。一度結ばれたら、契約者か龍、どちらかの魂が消滅するその時まで、決して解けることはないわ」
「え……じゃあ、解除はできないってことですか!?」
圭吾は愕然として聞き返した。
「まあ、落ち着きなさい。完全に『破棄』することは不可能よ。だけどね、契約というのは、龍が契約者に何かを強く求め、その対価として契約者が何かを与えることで初めて成立し、そしてその力を増していくものなの。対価が重ねられるごとに、契約の絆は強固になり、龍と契約者の間での魔力の共有や、時には龍の能力の一部を契約者が授かる、なんてことも可能になる」
フィリスの左目の上に半透明の魔法陣が浮かび上がる。
どうやら圭吾の身体情報を読み取っているようだった。
「それに、そこまで消耗してないみたいね。これなら命の危機はないわ。貴方、英雄の素質があるのかもね、それとも余程過酷な環境で鍛え上げたのかしら」
フィリスはそこまで言うと、再びエンヒに向き直った。
「で? あんた、この人間に何を求めて、対価として何を受け取ったのよ? まさかとは思うけど、何かとんでもないものを要求したんじゃないでしょうね?」
問い詰められたエンヒは、顔を真っ赤にして俯き、もごもごと口ごもった。
「そ、それは……その……対価は……ご飯、じゃ……」
「……は?」
フィリスは一瞬、聞き間違いかと思ったように眉をひそめた。
「ご飯? ご飯って、あの食べるご飯のこと?」
「う、うむ……けいごの作った、アヒージョとかいう料理が……その、あまりにも美味すぎて……魂が、その、勝手に……」
エンヒがしどろもどろに説明すると、フィリスは数秒間、ぽかんとした表情で固まっていたが、やがて、こらえきれなくなったように、くつくつと笑い出した。
「ぷっ……あははは! ご飯!? 龍の契約の対価が!? あんた、本気で言ってるの!? あーっはっはっは! お腹痛い……!」
フィリスは腹を抱えて笑い転げている。
「わ、笑うなー! けいごの飯が美味すぎるのが悪いんじゃー!」
エンヒは、耳まで真っ赤にして涙目で叫んでいる。
圭吾は、そのやり取りを唖然として見ていた。
「やっぱり俺が趣味で作ったキャンプ飯が、この契約の原因ってことですか……」
思い出を辿るためのキャンプが、まさか龍との魂の契約に繋がり、命の危機かもしれない状況を引き起こすとは。
あまりの展開に、もはや笑うしかなかった。
「はは、とんでもないことになったな……」
圭吾は乾いた笑いを漏らしながら、天を仰いだ。
契約の経緯があまりにも間抜けだったせいか、フィリスの笑いはしばらく収まらなかった。
ひとしきり笑い終えると、彼女は涙を拭いながら、改めて圭吾に向き直った。
「ふぅ。いや、ごめんなさいね。でも、龍の契約の対価が料理だったなんて、前代未聞だわ。エンヒも、本当にあんたらしいというか……」
フィリスがそう言いかけた、まさにその時だった。
ぐうぅぅぅぅ~~~~……。
静かな倉庫の中に、盛大な腹の虫の音が響き渡った。
音の主はもちろん、エンヒだ。
昨夜からアヒージョ、チョコレートバーと美味しいものを立て続けに食べたせいか、あるいは転移でエネルギーを使ったせいか、彼女のお腹は正直だった。
エンヒは「うっ……」と呻き、顔を真っ赤にして両手でお腹を押さえた。
圭吾とフィリスの視線が一斉に彼女に集まる。
「ち、違う! 今のは、その、床がきしんだ音じゃ!」
エンヒは必死に誤魔化そうとするが、説得力は皆無だ。
フィリスは、楽しそうににやりと笑った。
「ふふ、相変わらず食い意地が本当にすごいのね、あんたは。でも、まあ、仕方ないか。龍が魂ごと絆されて契約を結んでしまうほどの料理なら、無理もないわ。……ねえ、圭吾とやら」
フィリスの紫の瞳が、好奇心の色を帯びてキラリと光った。
「その、龍をも虜にするという料理、私もぜひ一度、食べてみたいものだわ」
「え、い、今ここで、ですか!?」
圭吾は慌てた。
「いや、でも、材料もほとんどないですし、ちゃんとしたキッチンも……」
言いかけて、圭吾は自分のバックパックの中身を思い出した。
今日のお昼に食べる予定だったスキレットで作るカレーリゾットの材料が入っている。
「あー、まあ、本当に簡単なものなら、作れるかもしれませんけど……」
圭吾がそう言うと、エンヒが待ってましたとばかりに目を輝かせた。
「おお! けいごの飯なら、何でも美味いに決まっておるぞ! フィリスもきっと驚くに違いない!」
「期待してるわよ。龍族に契約を結ばせるほどの料理の腕前とやらをね」
フィリスは悪戯っぽくウインクした。
「いや、そんな大袈裟なものじゃ……」
圭吾は苦笑いするしかなかった。
フィリスは、倉庫の奥、ドアの近くにある一角を指さした。
そこには、石を組んで作られた簡素な炉と、大きな木の切り株を利用したようなテーブルが置かれており、さながらキッチンのようだった。
壁には鍋やフライパンのようなものもいくつか掛けられている。
「そこで作りなさい。火ならすぐに起こせるわ。もし、何か材料が足りないというなら、私の貯蔵庫から融通してあげてもよろしくてよ。香辛料とか、干し肉とか、珍しい茸とか、色々あるわ」
「いえ、多分、あるもので何とかなると……思います」
圭吾は、リュックからレトルトのカレールーと卵、保冷剤に包まれたロース肉、ピザ用チーズ、パックご飯、オリーブオイルを取り出した。
異世界の賢者と龍に、現代日本の、それもキャンプ用のシンプルな男料理を振る舞うことになるとは、夢にも思っていなかった。
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