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第九章 嵐の前

ドワーフ地下工房

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 ナナシの怪我は傷が塞がるまでに1週間、全力で戦うためには2週間ほどかかるというのがレジオナの見立てであった。
 片腕をギプスで固めた状態では松葉杖で歩くのも難しいだろうと、レジオナがナナシの脚に工夫をする。レジオナの指先からあふれ出したピンク色のスライムがナナシの脚を覆い尽くすと、特殊な分泌液によって脚の表面に外骨格を形成してゆく。
 太腿から足先までを完全に覆った外骨格は、傷の接合部位へ負担をかけぬよう、体重を太腿と膝付近で分散するように支える構造となっていた。立ち上がったナナシは、傷が全く気にならない事に感動する。何より見た目がとても格好良い。
 治療が終わったナナシは城壁内の仲間たちと合流した。腕を吊ったナナシに民衆が群がり、その武勲を讃える。レジオナの証言により勇者撃退もナナシの手柄となっていた。
 ひとしきり民衆の相手を余儀なくされるナナシ。所用があるからとようやく解放されたのは、それから1時間ほど後の事であった。


 魔王城の城壁の外に、ドワーフ地下工房へと続く出入口がある。ナナシたち一行は、その出入り口に設置された操作盤の前に集まっていた。
 地下工房の出入口にはいくつかの種類がある。搬入出用の貨物列車が出入りするためのトンネルは、使用時に地面からせりあがるようになっていた。ロジーナ姫のゴーレムファイターを運んで来た列車等がそれに当たる。
 また、人間の往来や貨物列車で運ぶほどではない物資等の搬入出に使われる昇降機も存在していた。今回ナナシたちが使用するのはこちらの出入口であった。
 何度か工房を利用した事があるフリーダが、操作を買って出る。
「まあ、なんだかんだ言って私もお得意様だし? まかせといて」
 そんなフリーダへ、思い出したかのようにレジオナが声をかけた。
「あ~、そ~いえばこれ。あんがとね~」
 差し出された突剣キシフォイドを受け取りながら、フリーダがニコニコと請求額を提示する。
「どういたしまして。2時間ちょっと過ぎてるけど、おまけして金貨120枚ね」
 現代日本ならばちょっとした高級外車が買える金額を突き付けられ、ナナシは困り果てた。
「フリーダ、悪いんだけど手持ちが無くて……その……」
 そんなやり取りを見て、キーラが呆れたように言う。
「おいフリーダ、いくらなんでもそりゃ阿漕あこぎだろ。ったく、守銭奴なのもいい加減にしろよ」
 しかしフリーダはそれを鼻で笑うと、ナナシに向かって告げる。
「城下町を見て回ろうって時に、私言ったでしょ。このフリーダ様がドーンと奢ってあげるって。感謝しなさい! 金貨120枚、全部奢ってあげるから!」
「えっ、こんな大金いいの!? ありがとうフリーダ!」
 ドヤ顔で胸を張るフリーダに大喜びで感謝するナナシ。無から大金を生み出し、遺恨の残らぬ形で最大限の感謝を引き出す、錬金術のごときフリーダのワザマエであった。
「ええ~、ナナシたんホント~に騙されやすいタイプだよね~」
「……まあナナシが納得してんならいいんじゃねーの。こいつがお人好しなのは今に始まったこっちゃねーしな」
 無邪気に喜ぶナナシを、レジオナとキーラが生温かく見守る。
「ナナシ皇帝陛下への献上品から払えって言わないあたり、フリーダも本気じゃないんでしょ」
 モニカが『知識の座』に書き込んだ目録を確認しながら言う。概算でも金貨に換算すれば千枚は下らないであろう。
「そういや、皇帝陛下はいまや大金持ちだったな。本人があんな感じなんですっかり忘れてたぜ」
 キーラの言う通り、ナナシ自身も降って湧いた様な献上品に対し、あまり実感が伴っていなかった。そんなキーラとモニカのやり取りを聞いて、フリーダがハッとしたようにナナシを見る。
「言われてみれば、あなたお金持ちになったのよね。うふふ、剣が必要になったらいつでも言って。じゃんじゃん貸してあげる! 物々交換でもいいわよ!」
 笑顔で提案するフリーダに、ナナシとレジオナは顔を見合わせ苦笑いを交わす。
強欲ご~よくエルフに吸い尽くされないよ~に、い~ぶきみつかるといいんだけどにゃ~」
「いざとなったら、貢ぎ物も支払いに使わせてもらおうかな」
 ナナシの遠慮がちな物言いに、呆れたキーラが発破をかける。
「何言ってんだ、おめーの財産なんだから好きに使やあいいだろーが。献上した方も皇帝陛下が強くなんなら文句はねーだろ」
 そんなやり取りをしていると、ナナシたちの目の前の地面が四角く隆起した。地面から現れたのは、厚さ1メートル程の壁に囲まれた、各辺5メートルの立方体の箱部屋であった。
「さあ、この昇降機で地下工房へ行くわよ。ほらほら、乗った乗った」
 フリーダに促され、ぞろぞろと乗り込むナナシたち。全員が乗り込んだのを確認し、フリーダが壁面の操作盤へと手を伸ばす。すると昇降機は静かな駆動音と共に、再び地下へと沈んで行った。


 昇降機は地面に沈むと、地表の蓋となる外壁から切り離されて、さらに深く降りてゆく。切り離された箱部屋部分は20メートル程垂直に降りた後、今度は斜め下方向へと進み始める。
 転落防止のためのシャッターは格子状になっており、進んでゆく通路の様子がよく見えた。通路自体は真っ暗だが、箱部屋の移動と共に前方50メートル程度までが明るく照らされる。この明かりは、箱部屋の左右に備え付けられた『照明ライティング』の魔道具によるものだ。
 通路を駆歩並みの速度(分速約340メートル)で5分程進むと、箱部屋は20メートル四方の広場へと到着する。
 その広場には、ナナシ達が下りて来たのと同様の通路が、東西の壁に沿って計4ヶ所並んでいた。広場の南北は列車用のプラットホームになっており、線路の先には地下鉄の様にトンネルが続いている。
 広場の中央には、高さ1メートルの円筒に長さ三メートルの荷台が付いた、市場などでよく使われるターレットトラックに良く似た車が止まっていた。円筒の上には、人体を戯画化したようなゴーレムの上半身が備え付けられている。
 ゴーレム車はナナシたちを認識すると、静かな駆動音と共に近付いてきた。この車輪は、それ自体を回転の魔法陣により直接回転させているため、エンジン音は発生しない。
 フリーダが、近づくゴーレム車に声をかける。
「武器工房へ行きたいんだけど、次の列車はいつ?」
 ゴーレム車はナナシたちの少し手前で停車すると、あまり抑揚のない声でゆっくり話し始めた。
「最寄りの武器工房へ向かう列車は4分後に到着します。武器工房までは453キロメートル。所要時間は約5時間です」
「あっぶな! これ乗り損ねたら明日まで便がなかったんじゃ……ねえ、その次の列車はいつなの?」
「その次の運行は8時間後です」
「私が乗った時はジルバラント王国の近くだったから、列車の時間が結構違ってたのよ。危ない危ない」
 フリーダとゴーレム車のやり取りを聞いていたキーラが、ふと疑問を口にした。
「5時間もかかるんなら、ナナシに運んでもらった方が早くねえか?」
 しかしナナシは即座に断る。
「やだ! 列車乗りたい!」
「はァ!? 別にこんなもん、馬車とそう変わんねーだろ」
「馬車にも乗った事ないし! この列車には絶対に乗るから」
「全く変なとこで頑固だな、おめーはよ。なんとか言ってやれよフリーダ」
 話を振られたフリーダは、微妙な表情で言う。
「まあ、風景が変わるんならともかく、トンネルの中を走る列車なんて最初の30分で飽きると思うけど……一生にいちどくらいは乗ってみてもいいんじゃないの? 私は積んでる本でも読んで暇潰すから」
「ま~、ナナシたんも大けがしてるんだしさ~、たまにはの~んびり列車のたびもい~んじゃないの~」
 レジオナもふにゃふにゃとナナシを擁護する。
「そういや、足を切り飛ばされたんだっけか。普通に歩いてっからすっかり忘れてたな。悪い、ナナシ」
「ふふっ、気にしないで。レジオナアーマーのおかげで、歩くくらいなら全然痛くないし」
 謝るキーラに、笑って答えるナナシ。そんなナナシの腕のギプスに触れながら、モニカが残念そうに言う。
「ナナシの回復力をもってしても治らない死の刃……ああ興味深い! なんで縫合する前に呼んでくれなかったの!? これは世界の損失よ! そうだ、いちど縫合を解いて、断面とか記録させてくれないかしら?」
「えっ!? やだよ! 何言ってんの!?」
「怖っわ! モニカちん怖っわ! ほんっとそういうとこなんよ~!」
「知識の女神の信徒ヤバいわね……こんなの野放しにしちゃダメでしょ」
「おめーなぁ、やりたきゃてめえの体でやれっての」
 もはや猟奇的とすら言えるモニカの言葉に、一同ドン引きである。そんなやり取りをしている間に、列車がホームへと滑り込んで来た。
 これ幸いとモニカから逃げる様に乗り込むナナシ。それを追いかけて駆け込むモニカに続き、やれやれといった面持ちでキーラとフリーダ、レジオナが乗車してゆく。
 工房間をつなぐ列車は、高さと幅が各4メートルを超える貨車を牽引できるよう作られており、客車もそれに準じた大きさとなっている。大型種族用の座席は用意されていないものの、床に座るには十分な広さがあった。
 全員が乗り込むのを確認し、ゴーレム車が合図を送る。列車は警笛をひとつ短く鳴らすと、ゆっくり動き始めた。


 武器工房は、壁が見えない程の広大な空間を利用した総合開発部署である。天井までは20メートル程の高さがあり、一定間隔に配置された柱がそれを支えていた。そして魔法を利用した鍛冶場や、試し切り、あるいは試射等を行う標的の置かれた場所が何箇所も設置されている。
 その空間はいくつものエリアに分かれており、様々な武器がエリアごとに作成されていた。作業の音が全体に鳴り響き、大勢のドワーフたちがゴーレム車や作業用ゴーレムを従えて歩き回っている。
 警笛がひとつ鳴り響き、制動音と共に列車が武器工房のホームへと到着した。客車の扉が開くと、若干疲れ気味のナナシたち一行がぞろぞろと降りて来る。道中は、初めて見る様な地下の絶景も何箇所かあり、それほど退屈はしなかった。何より、5人もいれば色々と気も紛れるものである。
 また、客車にはヒューマンやティビの一行も何組か乗り合わせていた。商人風の服を着た彼らは列車から降りると、慣れた足取りでそれぞれの目的地へ向かってゆく。魔王軍の動きもあって、武器の需要が高まっているのかも知れない。
 列車の止まったホームは、トンネルからトンネルまでの距離が1キロメートル程もある。ナナシたちの乗って来た10両編成の列車は、そのうち8両が貨車であった。
 貨車のコンテナが一斉に開くと、大勢のドワーフたちがゴーレム車と共に集まり、運ばれて来た資材を次々と仕分けし始める。とてもではないが声をかけられるような様子ではない。
 しかし、そこは勝手知ったるフリーダが率先して案内を買って出た。
「確か剣を扱ってたのはこっちの方だったはず。まあ途中で暇そうなドワーフ見かけたら、詳しく聞けばいいでしょ」
 そう言ってさっさと歩きだすフリーダに、一行も追従する。『虚空録』に地下工房の地図は無いかと検索していたモニカが、ため息を吐いて愚痴をこぼした。
「ドワーフ連中は秘密主義で困るわ。どう考えても『虚空録』で知識を共有した方が得だと思うんだけど、独自のネットワークに固執して外部に漏らさないのよね」
「な~にいってんの~、そこがい~んじゃんよ~。地下本なんかそれで成り立ってるよ~なもんだかんね~」
 レジオナがふにゃふにゃと反論する。地下本の作者の情報が漏れたりしようものなら、死人が出るどころかお家騒動や外交問題にまで発展しかねない。
 いっぽう、ナナシとキーラは様々な武器が作られている様子に目を輝かせていた。工房には人間種のみならず亜人種も見掛けられ、武器を手にドワーフと意見を交換している。そして、たまたま目についた試し切りの場面でふたりの足が止まった。
「うおっ、見ろよナナシ! 剣が斧に変形したぜ!」
「凄いよキーラ! 斧の先がギュンギュン回転してる!」
 衝撃的な光景にキャッキャとはしゃぐふたりを、フリーダが呆れたように急かす。
「ほらほら、そんなキワモノ武器に見とれてないで、もっと堅実なやつを選びに行くわよ!」
 フリーダに促され、名残惜しそうに歩き出すふたり。しかし道中にはまだまだ沢山の誘惑が待ち構えているのであった。
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