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第九章 嵐の前
神骨金(オリハルコン)
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ナナシたちは、フリーダの先導によって武器工房のとある一角へとたどり着いた。道中、珍しい武器に目移りして足が止まってしまうナナシとキーラ、そしてレジオナにフリーダがキレたのは仕方のない所であろう。
そのエリアでは数人のドワーフが帰り支度をしていた。地下工房は恒常的に『照明』の魔道具で照らされているため時間の感覚が麻痺しがちだが、西方諸国では既に夜も遅い時間である。
地下工房は基本的に3交代制で運用されているが、仕事がひと段落するまで持ち場を離れたがらないドワーフも多い。そのためこのシフトは厳密に守られているとは言い難かった。ちなみに残業代などは一切出ない。
そもそもドワーフ地下工房は賃働きのシステムでは動いていなかった。食事は食堂で無料提供されており、忙しければゴーレムに命じて工房まで届けさせる事もできる。必要な物があれば、地下工房内で調達できる物ならば無条件で取り寄せられるし、それ以外でも申請書を提出すればたいていの物は手に入れる事ができた。
ならばドワーフたちは何のために働いているのだろうか。それはひとえに作りたい物を作るためである。彼らドワーフはそのために生まれ、そのために生き、それを成して消えてゆく。それがドワーフという種族であった。
そのドワーフたちのひとりがフリーダに気付いて声をかける。
「よう、誰かと思えばお大尽のエルフ嬢ちゃんじゃねえか。どうだい突剣キシフォイドの使い心地は」
「あら、あなた確かハールだったかしら。おかげさまでとっても役に立ってるわ。それより丁度良かった、この紹介状見て欲しいんだけど」
フリーダは渡りに船と、魔王から預かった紹介状を見せた。ハールと呼ばれたドワーフは、紹介状をざっと確認して答える。
「そいつはこの先ちょっと行ったとこでやってるレギンってやつだな。魔王ロックの依頼で金剛鋼とエルフ銀の積層鍛造を研究してた伝手だろう。案内してやるよ」
気のいいドワーフに連れられて、ナナシたちは数分歩いた先のエリアへと到着した。そこでもドワーフたちが帰り支度を始めている。ハールは辺りを見回すと、細かく髭を編み込んだドワーフに声をかけた。
「よう、レギン。魔王ロックのお客さんだとよ。うちで神骨金の武器を買ったお大尽のエルフもいるぜ」
レギンは道具を片付ける手を止める事なく答える。
「今日はもう仕舞いだ。明日にしろ」
至極真っ当な言い分に、ナナシは困ってしまった。顧客のわがままでサービス残業など、到底許される事ではない。もし仮に強要した所で、あちらの対応が悪化するだけであろう。
しかし今から出直すというのも骨が折れる話だ。こういう時は、魚心あれば水心というやつである。ナナシは今こそ貢ぎ物の使い所と、レジオナに耳打ちして酒樽をひとつ取り出してもらった。
「こんな時間にお邪魔してすいません。あの、良かったらこれ、皆さんで飲んでください」
ナナシの前世の知識による、ドワーフならば酒が好きだろうという安直な発想であったが、こういう細かな気配りこそが世の中の潤滑油となる。
ドワーフは身長こそティビより少し高い程度であるが、その体躯はまさに筋肉で出来た樽と言えよう。平均身長140センチメートルに対し、平均体重は80キログラムを優に超える。強靭な内臓がみっちりと詰まった腹は出ているものの、決して肥満ではない。
恐るべき筋肉量に加え、鍛冶という重労働を支える為か、ドワーフの食事量は平均的なヒューマンの約3倍にも及ぶ。そして当然の事ながら、消費される酒の量もそれに比例して多くなる。つまりこの世界のドワーフも、例に漏れず大の酒好きであった。
「ほう、こいつは中々どうして、上等な酒じゃねえか」
酒樽の蓋に書かれた産地や銘柄を見て、ハールが嬉しそうに言う。それを聞いたレギンもついに手を止め、ナナシたちの方へと近づいてきた。
「魔王の紹介だけあって、少しは礼儀をわきまえている様だな。飲んでいる間くらいは話を聞こう」
酒盛りの気配に、帰り支度をしていたドワーフたちもぞろぞろと集まって来る。レジオナが無限収納からつまみを提供すると、すぐに宴が始まった。
ドワーフたちは酒好きなだけあって、樽の大麦の蒸留酒をそのままガブガブと飲んだりはしない。仕事場に備え付けられた魔導式冷蔵庫から、各々好きなチェイサーや割るための炭酸水、氷などを持ち寄って来ると、こだわりの飲み方で楽しみ始めた。
すっかり上機嫌になったレギンが、魔王の紹介状をざっと眺めてナナシに聞く。
「鬼切玉宿参號が切断されたって? どれ、見せてみろ」
差し出された鬼切玉宿の切断面を観察し、レギンは納得したように続ける。
「なるほど、この切り口は確かに次元流だな。どんなに鋭利な刃物でもこうは切れん。しかし、次元流の斬撃を受けられる武器となると、理論上は神骨金くらいしか選択肢が無いぞ」
「ちなみに~、予算は金貨千枚なんよ~」
レジオナのふにゃふにゃとした予算開示に、ドワーフたちから爆笑が起きた。飲みかけた酒にむせたハールが、咳き込みながら言う。
「いやいやいや、いくらなんでもそれじゃ足りねえよ。なんせ神骨金の武器と言やあ、世界中の地下工房を合わせても7本しかねえって代物だからな」
「あはは、まあそうですよね……やっぱり普通の剣で我慢するしかないのかな」
力なく笑うナナシの肩を、フリーダがポンと叩く。その顔には悪い笑みが広がっていた。
「何も武器じゃなくていいのよ。必要なのは神骨金なんだから」
フリーダの言葉に、ハールがニヤリと笑う。
「ほお、さすがお大尽の嬢ちゃんだ。神骨金の何たるかを良く知ってるみてえだな」
訳知り顔で会話するふたりを前に、怪訝な表情で困惑するナナシ。その様子を見たハールが、改めてナナシに説明を始める。
「神骨金の武器がどうして貴重なのかと言やあ、答えは簡単。通常の方法では破壊不可能だからさ」
「……あっ! つまり地金はあるけど武器に加工出来ないって事ですか?」
ナナシの言葉にうなずくハール。
「中々察しがいいじゃねえか。そんで破壊不能な神骨金を加工するたったひとつの方法が、同じ神骨金による切削なのさ。細けえ方法は秘密だが、そこの突剣キシフォイドで削り出すのに5万年かかってるらしいぜ」
あまりの製作期間に絶句するナナシ。それほどまでに手間がかかっていれば、その価値が天井知らずなのも当たり前だろう。しかし、そこにふと疑問がよぎった。
「もしかして……加工が難しすぎるせいで、地金そのものにはそこまで価値が無い……?」
ナナシの呟きに、今度はハールが驚く。
「おいおいおい、人は見かけによらねえにしても、オークにしちゃあちょっと察しが良すぎんじゃねえか? まあ実際には埋蔵量が限られてるから、地金そのものも貴重だがな」
「埋蔵量が正確に把握できてるんだ? それとも単に産出量が少ないって事?」
尽きぬ疑問に、ついモニカの方を見てしまうナナシ。待ってましたとばかりに、モニカが知識を開陳する。
「この世界が生まれる前、まだ神々が存在していなかった頃には、大いなるエネルギーの流れが収縮と膨張を繰り返し、宇宙そのものが何度も生成と消滅を繰り返していたの。やがて大いなるエネルギーの流れに意識が芽生える。これが原初の神、全知全能たる大いなる者よ。大いなる者は全知全能であるが故に」
「面白そうなんだけど、その辺ガッツリ端折ってもらっていいかな?」
導入からしてどうやら1時間コースは固いと見たナナシがすかさず突っ込む。モニカは、やれやれこれだから素人はとでも言いたげに肩をすくめ、神骨金についての核心部分へと話を進める。
「大地母神が死してその身をこの星へと変えた時、内包されて残った神の骨こそが神骨金なのよ。つまり神骨金は大地母神の骨格と同じ数しか存在しないってわけ。そしてその大きさは必ずしも巨大とは限らない。むしろ部位によって大きさは様々なの。これは神骨金の存在そのものが、高位次元からの投影だからと言われているわ。現在観測されている最大級の物は、北極にある頭蓋骨と大陸中央にある大腿骨ね。これらは巨大すぎて利用しようが無いの。その上、全てが地表の採掘可能な場所にあるとは限らない。必然的に、採掘技術と加工技術を兼ね備えたドワーフが神骨金の主な収集者になっているのが現状よ」
モニカの説明に、ハールが続く。
「突剣キシフォイドはその名の通り、胸骨の剣状突起をほぼそのまま利用して刃を付けてある。こいつは本当に丁度いいサイズで見つかった例だな。おかげで5万年程度で仕上がったと言える。要は、少ない加工で武器として利用できる丁度いいサイズの神骨金が最も貴重、かつ希少って話だな」
ヒューマンの成人で骨の数は約206個。すなわち神骨金の総数もおおよそその程度であろうと推測されていた。所在が知れていても、加工不可能なサイズの物はそもそも発掘せずに放置されている。
そして、話を聞くうちにナナシの頭をある光景がよぎった。
「そういえば世界のエネルギーと同化した時、北極にでっかい頭蓋骨みたいな山があったけど、あれ本当に頭蓋骨だったんだ」
「まあ、基本的には破壊不可能だからな。そんな馬鹿デカい塊があった所で、逆に使い道がねえってわけよ」
そう言ってハールは杯をあおる。そこへ、いい感じに出来上がったキーラが疑問を挟んだ。
「なんでえ、じゃあ武器にも出来ねえ半端な神骨金は倉庫に積みっぱなしって事かよ? そりゃ何とももったいねーな。ナナシなら別に剣じゃなくても、神骨金の塊を振りまわしゃ立派な武器になんだろ」
「そうそう、それなのよ」
キーラの言葉にフリーダがすかさず合いの手を入れる。現状使い道のない神骨金、それこそがフリーダの狙いであった。
「武器に加工する目処が立たない神骨金を倉庫の肥やしにしてるくらいなら、安く譲った方が得でしょう? 使うにしてもどうせ数万年先なら、百年くらいの貸し出しって事でもいいわ」
キーラとフリーダの言葉を受けて、ハールとレギンが相談を始める。武器と言えば刃の付いた物を想像しがちではあるが、ハンマーや棍棒といった打撃用の武器も多い。実際、未加工の神骨金の中でも、棍棒として丁度いいサイズの物は武器として取引されているのだ。(ただし、未加工品はドワーフの誇りにかけて7つの武器には数えられていない)
ややあって、ハールがナナシへ提案する。
「確かに、お前さんなら使えそうな奴があるにはある。女神の橈骨で、長さが350センチ、直径が細い所で30センチって代物だ。まあ50万年くらいかけりゃヒューマン用の槍にでも出来そうだが、今んとこ予定はねえ」
長さはともかく太さがそれでは、加工しなければ人間には使えないだろう。しかしナナシの巨大な手にはしっくり収まるに違いなかった。
「やった! じゃあそれお願いします!」
喜ぶナナシにハールが渋い顔をする。
「まてまて慌てんなって。いくら使う当てがねえったって、金貨千枚じゃ譲れねえよ。せいぜい貸し出し10年ってとこだな。商業神の契約書を発行してもらうから、その料金もそっち持ちで頼むぜ」
「10年か……」
相場が分からないナナシは、顎に手を当てながらフリーダの方を見た。あまりに暴利ならば、この守銭奴エルフが黙っていまい。
「まあいいんじゃないの? ただ、契約書分は込みにしてよね。どうせ置いとくだけなら利益ゼロなんだから」
「お大尽の癖に細けえな。まあいいか、俺たちの技術を安売りする訳じゃねえし。契約書の作成料金も込みで金貨千枚にしといてやるよ」
フリーダの交渉にハールが同意する。そこへ、ふにゃふにゃとレジオナが追加の要望を出した。
「ど~せならさ~、鬼切玉宿のさきっちょをはめてもらって槍にしちゃえば~? もったいないじゃん~」
それを聞いたレギンがピクリと眉を上げる。
「ほう、確かに切断されたとはいえ、元がデカいから先端側でも優に1メートルは残っているな。穂先に使うには十分すぎるサイズだ。神骨金は加工出来なくとも、骨の形状に合わせた留金を作れば固定の強度も問題ないだろう。面白い」
「ほんじゃ~、加工の料金はこれでよろ~」
ドワーフ側から金額を提示される前に、レジオナが貢ぎ物の残り5樽を取り出した。留金に金剛鋼を使ったとしても、価値として足りないという事はないだろう。
「ふむ、その代わり参號の柄側は回収させてもらうぞ。仕事が立て込んでるからな、すぐにとはいかんが……魔王の紹介状もある事だ、半年後までには仕上げてやろう」
手帳を取り出し予定を確認するレギン。そして手元の杯を飲み干すと、ニヤリと笑って言う。
「号は……そうだな、神・鬼切玉宿でどうだ?」
「「それな!」」
厨二心をくすぐる名前に、思わずハモるナナシとレジオナであった。
そのエリアでは数人のドワーフが帰り支度をしていた。地下工房は恒常的に『照明』の魔道具で照らされているため時間の感覚が麻痺しがちだが、西方諸国では既に夜も遅い時間である。
地下工房は基本的に3交代制で運用されているが、仕事がひと段落するまで持ち場を離れたがらないドワーフも多い。そのためこのシフトは厳密に守られているとは言い難かった。ちなみに残業代などは一切出ない。
そもそもドワーフ地下工房は賃働きのシステムでは動いていなかった。食事は食堂で無料提供されており、忙しければゴーレムに命じて工房まで届けさせる事もできる。必要な物があれば、地下工房内で調達できる物ならば無条件で取り寄せられるし、それ以外でも申請書を提出すればたいていの物は手に入れる事ができた。
ならばドワーフたちは何のために働いているのだろうか。それはひとえに作りたい物を作るためである。彼らドワーフはそのために生まれ、そのために生き、それを成して消えてゆく。それがドワーフという種族であった。
そのドワーフたちのひとりがフリーダに気付いて声をかける。
「よう、誰かと思えばお大尽のエルフ嬢ちゃんじゃねえか。どうだい突剣キシフォイドの使い心地は」
「あら、あなた確かハールだったかしら。おかげさまでとっても役に立ってるわ。それより丁度良かった、この紹介状見て欲しいんだけど」
フリーダは渡りに船と、魔王から預かった紹介状を見せた。ハールと呼ばれたドワーフは、紹介状をざっと確認して答える。
「そいつはこの先ちょっと行ったとこでやってるレギンってやつだな。魔王ロックの依頼で金剛鋼とエルフ銀の積層鍛造を研究してた伝手だろう。案内してやるよ」
気のいいドワーフに連れられて、ナナシたちは数分歩いた先のエリアへと到着した。そこでもドワーフたちが帰り支度を始めている。ハールは辺りを見回すと、細かく髭を編み込んだドワーフに声をかけた。
「よう、レギン。魔王ロックのお客さんだとよ。うちで神骨金の武器を買ったお大尽のエルフもいるぜ」
レギンは道具を片付ける手を止める事なく答える。
「今日はもう仕舞いだ。明日にしろ」
至極真っ当な言い分に、ナナシは困ってしまった。顧客のわがままでサービス残業など、到底許される事ではない。もし仮に強要した所で、あちらの対応が悪化するだけであろう。
しかし今から出直すというのも骨が折れる話だ。こういう時は、魚心あれば水心というやつである。ナナシは今こそ貢ぎ物の使い所と、レジオナに耳打ちして酒樽をひとつ取り出してもらった。
「こんな時間にお邪魔してすいません。あの、良かったらこれ、皆さんで飲んでください」
ナナシの前世の知識による、ドワーフならば酒が好きだろうという安直な発想であったが、こういう細かな気配りこそが世の中の潤滑油となる。
ドワーフは身長こそティビより少し高い程度であるが、その体躯はまさに筋肉で出来た樽と言えよう。平均身長140センチメートルに対し、平均体重は80キログラムを優に超える。強靭な内臓がみっちりと詰まった腹は出ているものの、決して肥満ではない。
恐るべき筋肉量に加え、鍛冶という重労働を支える為か、ドワーフの食事量は平均的なヒューマンの約3倍にも及ぶ。そして当然の事ながら、消費される酒の量もそれに比例して多くなる。つまりこの世界のドワーフも、例に漏れず大の酒好きであった。
「ほう、こいつは中々どうして、上等な酒じゃねえか」
酒樽の蓋に書かれた産地や銘柄を見て、ハールが嬉しそうに言う。それを聞いたレギンもついに手を止め、ナナシたちの方へと近づいてきた。
「魔王の紹介だけあって、少しは礼儀をわきまえている様だな。飲んでいる間くらいは話を聞こう」
酒盛りの気配に、帰り支度をしていたドワーフたちもぞろぞろと集まって来る。レジオナが無限収納からつまみを提供すると、すぐに宴が始まった。
ドワーフたちは酒好きなだけあって、樽の大麦の蒸留酒をそのままガブガブと飲んだりはしない。仕事場に備え付けられた魔導式冷蔵庫から、各々好きなチェイサーや割るための炭酸水、氷などを持ち寄って来ると、こだわりの飲み方で楽しみ始めた。
すっかり上機嫌になったレギンが、魔王の紹介状をざっと眺めてナナシに聞く。
「鬼切玉宿参號が切断されたって? どれ、見せてみろ」
差し出された鬼切玉宿の切断面を観察し、レギンは納得したように続ける。
「なるほど、この切り口は確かに次元流だな。どんなに鋭利な刃物でもこうは切れん。しかし、次元流の斬撃を受けられる武器となると、理論上は神骨金くらいしか選択肢が無いぞ」
「ちなみに~、予算は金貨千枚なんよ~」
レジオナのふにゃふにゃとした予算開示に、ドワーフたちから爆笑が起きた。飲みかけた酒にむせたハールが、咳き込みながら言う。
「いやいやいや、いくらなんでもそれじゃ足りねえよ。なんせ神骨金の武器と言やあ、世界中の地下工房を合わせても7本しかねえって代物だからな」
「あはは、まあそうですよね……やっぱり普通の剣で我慢するしかないのかな」
力なく笑うナナシの肩を、フリーダがポンと叩く。その顔には悪い笑みが広がっていた。
「何も武器じゃなくていいのよ。必要なのは神骨金なんだから」
フリーダの言葉に、ハールがニヤリと笑う。
「ほお、さすがお大尽の嬢ちゃんだ。神骨金の何たるかを良く知ってるみてえだな」
訳知り顔で会話するふたりを前に、怪訝な表情で困惑するナナシ。その様子を見たハールが、改めてナナシに説明を始める。
「神骨金の武器がどうして貴重なのかと言やあ、答えは簡単。通常の方法では破壊不可能だからさ」
「……あっ! つまり地金はあるけど武器に加工出来ないって事ですか?」
ナナシの言葉にうなずくハール。
「中々察しがいいじゃねえか。そんで破壊不能な神骨金を加工するたったひとつの方法が、同じ神骨金による切削なのさ。細けえ方法は秘密だが、そこの突剣キシフォイドで削り出すのに5万年かかってるらしいぜ」
あまりの製作期間に絶句するナナシ。それほどまでに手間がかかっていれば、その価値が天井知らずなのも当たり前だろう。しかし、そこにふと疑問がよぎった。
「もしかして……加工が難しすぎるせいで、地金そのものにはそこまで価値が無い……?」
ナナシの呟きに、今度はハールが驚く。
「おいおいおい、人は見かけによらねえにしても、オークにしちゃあちょっと察しが良すぎんじゃねえか? まあ実際には埋蔵量が限られてるから、地金そのものも貴重だがな」
「埋蔵量が正確に把握できてるんだ? それとも単に産出量が少ないって事?」
尽きぬ疑問に、ついモニカの方を見てしまうナナシ。待ってましたとばかりに、モニカが知識を開陳する。
「この世界が生まれる前、まだ神々が存在していなかった頃には、大いなるエネルギーの流れが収縮と膨張を繰り返し、宇宙そのものが何度も生成と消滅を繰り返していたの。やがて大いなるエネルギーの流れに意識が芽生える。これが原初の神、全知全能たる大いなる者よ。大いなる者は全知全能であるが故に」
「面白そうなんだけど、その辺ガッツリ端折ってもらっていいかな?」
導入からしてどうやら1時間コースは固いと見たナナシがすかさず突っ込む。モニカは、やれやれこれだから素人はとでも言いたげに肩をすくめ、神骨金についての核心部分へと話を進める。
「大地母神が死してその身をこの星へと変えた時、内包されて残った神の骨こそが神骨金なのよ。つまり神骨金は大地母神の骨格と同じ数しか存在しないってわけ。そしてその大きさは必ずしも巨大とは限らない。むしろ部位によって大きさは様々なの。これは神骨金の存在そのものが、高位次元からの投影だからと言われているわ。現在観測されている最大級の物は、北極にある頭蓋骨と大陸中央にある大腿骨ね。これらは巨大すぎて利用しようが無いの。その上、全てが地表の採掘可能な場所にあるとは限らない。必然的に、採掘技術と加工技術を兼ね備えたドワーフが神骨金の主な収集者になっているのが現状よ」
モニカの説明に、ハールが続く。
「突剣キシフォイドはその名の通り、胸骨の剣状突起をほぼそのまま利用して刃を付けてある。こいつは本当に丁度いいサイズで見つかった例だな。おかげで5万年程度で仕上がったと言える。要は、少ない加工で武器として利用できる丁度いいサイズの神骨金が最も貴重、かつ希少って話だな」
ヒューマンの成人で骨の数は約206個。すなわち神骨金の総数もおおよそその程度であろうと推測されていた。所在が知れていても、加工不可能なサイズの物はそもそも発掘せずに放置されている。
そして、話を聞くうちにナナシの頭をある光景がよぎった。
「そういえば世界のエネルギーと同化した時、北極にでっかい頭蓋骨みたいな山があったけど、あれ本当に頭蓋骨だったんだ」
「まあ、基本的には破壊不可能だからな。そんな馬鹿デカい塊があった所で、逆に使い道がねえってわけよ」
そう言ってハールは杯をあおる。そこへ、いい感じに出来上がったキーラが疑問を挟んだ。
「なんでえ、じゃあ武器にも出来ねえ半端な神骨金は倉庫に積みっぱなしって事かよ? そりゃ何とももったいねーな。ナナシなら別に剣じゃなくても、神骨金の塊を振りまわしゃ立派な武器になんだろ」
「そうそう、それなのよ」
キーラの言葉にフリーダがすかさず合いの手を入れる。現状使い道のない神骨金、それこそがフリーダの狙いであった。
「武器に加工する目処が立たない神骨金を倉庫の肥やしにしてるくらいなら、安く譲った方が得でしょう? 使うにしてもどうせ数万年先なら、百年くらいの貸し出しって事でもいいわ」
キーラとフリーダの言葉を受けて、ハールとレギンが相談を始める。武器と言えば刃の付いた物を想像しがちではあるが、ハンマーや棍棒といった打撃用の武器も多い。実際、未加工の神骨金の中でも、棍棒として丁度いいサイズの物は武器として取引されているのだ。(ただし、未加工品はドワーフの誇りにかけて7つの武器には数えられていない)
ややあって、ハールがナナシへ提案する。
「確かに、お前さんなら使えそうな奴があるにはある。女神の橈骨で、長さが350センチ、直径が細い所で30センチって代物だ。まあ50万年くらいかけりゃヒューマン用の槍にでも出来そうだが、今んとこ予定はねえ」
長さはともかく太さがそれでは、加工しなければ人間には使えないだろう。しかしナナシの巨大な手にはしっくり収まるに違いなかった。
「やった! じゃあそれお願いします!」
喜ぶナナシにハールが渋い顔をする。
「まてまて慌てんなって。いくら使う当てがねえったって、金貨千枚じゃ譲れねえよ。せいぜい貸し出し10年ってとこだな。商業神の契約書を発行してもらうから、その料金もそっち持ちで頼むぜ」
「10年か……」
相場が分からないナナシは、顎に手を当てながらフリーダの方を見た。あまりに暴利ならば、この守銭奴エルフが黙っていまい。
「まあいいんじゃないの? ただ、契約書分は込みにしてよね。どうせ置いとくだけなら利益ゼロなんだから」
「お大尽の癖に細けえな。まあいいか、俺たちの技術を安売りする訳じゃねえし。契約書の作成料金も込みで金貨千枚にしといてやるよ」
フリーダの交渉にハールが同意する。そこへ、ふにゃふにゃとレジオナが追加の要望を出した。
「ど~せならさ~、鬼切玉宿のさきっちょをはめてもらって槍にしちゃえば~? もったいないじゃん~」
それを聞いたレギンがピクリと眉を上げる。
「ほう、確かに切断されたとはいえ、元がデカいから先端側でも優に1メートルは残っているな。穂先に使うには十分すぎるサイズだ。神骨金は加工出来なくとも、骨の形状に合わせた留金を作れば固定の強度も問題ないだろう。面白い」
「ほんじゃ~、加工の料金はこれでよろ~」
ドワーフ側から金額を提示される前に、レジオナが貢ぎ物の残り5樽を取り出した。留金に金剛鋼を使ったとしても、価値として足りないという事はないだろう。
「ふむ、その代わり参號の柄側は回収させてもらうぞ。仕事が立て込んでるからな、すぐにとはいかんが……魔王の紹介状もある事だ、半年後までには仕上げてやろう」
手帳を取り出し予定を確認するレギン。そして手元の杯を飲み干すと、ニヤリと笑って言う。
「号は……そうだな、神・鬼切玉宿でどうだ?」
「「それな!」」
厨二心をくすぐる名前に、思わずハモるナナシとレジオナであった。
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