黒山羊と花の乙女

NA

文字の大きさ
7 / 52

7.想い、通じて

しおりを挟む
 リファリールのつぶらな目に、みるみる涙が浮かぶ。

「泣くほど嫌?」

 ユールが肩を落とすと、彼女は首を横にブンブン振った。

「違うの、嬉しいけど……わたし、ずるしたから……!」
「なにそれ」
「ユールさんが好きって思ってくれるの、花を食べたせいなの。花を食べた人はわたしを好きになって、なんでも言うこと聞いてくれるようになるの」
「やっぱこれ、魅了の魔力あるんだ」

 ユールは皿の花を見やった。
 食べたくて仕方なくなるので、すぐ視線を外した。

「だから、嬉しいけど、それ、ユールさんの本当の気持ちじゃないの」
「ひでえなあ」
「ごめんなさい」
「違う違う。決めつけないでってこと。俺、多分、花食わなくてもリファちゃんが好きだよ」

 ユールはどさくさに紛れてリファリールを抱きしめている。
 ここで口説き落とさなければ、逃がしてしまう気がしていた。

「魅了使ってでも俺の種欲しがって、好きだって言ったら嬉しいって答えてくれて、でも、ずるしたって泣いてるリファちゃんのこと、すげえかわいいと思ってるんだけど。これって普通に俺の気持ちなんじゃないの?」
「えっ、えっと……わかんないです」

 リファリールはいよいよ切なそうに見つめ返してくる。
 ユールは目の端の涙を指ですくってやった。
 これまでの態度は、ずっとそれを悩んでいたせいかと思うと、いじらしかった。

「でも、わたし山羊じゃないです。ちょっと羊なところはあるけど、ユールさんとは全然違うもの。本当は、好きになってもらえるはずないです」
「そりゃ山羊とは違うけど、頭から足の先まで、丸ごと食いたくなるくらい好き」

 リファリールの顔に怯えが走った。
 多分言葉通りに取ったのだろう。ユールの欲求が食欲だけではないのを、彼女はまだ知らないのだ。
 とりあえず訂正しておくことにする。

「いや食わないけど。見た目とか匂いとか触り心地とかもだし、性格も好き。真面目で一生懸命で、助けてあげたくなる。俺はちゃんと、これまでリファちゃんを見てきて、好きになってるつもりだよ」
「だって、だって」
「うん、もうさ、気になること全部言ってよ」
「だったら、なんで、なんにも言わずに行っちゃったの?」

 北街道への応援のことだった。

「あれは拗ねてた」

 リファリールにつれなく断られて、物分かりのいいふりをしても、落ち込んではいたのだ。

「ちょっとは仲良くなれたつもりでいたけど、リファちゃんからしたら種だけ欲しいのに、彼氏面されんの嫌なのかなって。言うの迷ってるうちに出発になっちゃったよ。でも後悔した。あっちでリファちゃんのことばっかり考えてた。しばらく会えなくて、花も食わなかったけど、好きなのは変わんなかったよ」

 リファリールはユールの胸元に顔を伏せてきた。恥じらって隠れているつもりなら、あまりにもあざとい。
 花どころか、リファリールは存在自体がユールを魅了する。
 確かにずるいよな、とユールはリファリールの頭を撫でた。
 惚れた方が負けだ。なんだってしてやりたいし、許してしまう。

「……花、食べてくれなくなったのは?」
「本当は今も、リファちゃんが帰ったあとにむしゃむしゃ食べてるよ」

 しおれるのが嫌でわざわざ水に放すくらいだ。

「帰ってきて、また誘ってもらえたの嬉しかったけどさ。花っていうかお礼目当てと思われたくなかったんだよ。何度だって言うけど、俺はリファちゃんが好きだからやってんの。他の男に触らせたくないし、種とか貰ってほしくない」
「わかったから……あんまり、その、好きって言わないで」
「なんで」
「胸がぎゅーってなって、苦しくなって、よくわからなくなっちゃうの」

 だったら、とユールは彼女のちいさな顎を捕らえて、唇を重ねた。
 柔らかくて冷たい、花弁のような唇。
 ずっとこうしたいと思っていた。
 嫌われるのが怖くて、許してくれることだけしてきた。
 けれど、金で謝礼を出すとまで言われては、大人しくしていられるものか。
 長い口付けの後、惚けたようなリファリールに訊いた。

「リファちゃんは、俺のことどう思ってる?」
「ユールさんは、あったかくて、優しくて、楽しくて……すきです」
「ありがと」

 顔が緩むのを抑えられない。
 ユールはしっかりとリファリールを腕に閉じ込めた。

「お互い好きなら、それでいいじゃん。なんにも悩むことないよ」
「そう、なの?」
「うん。それに、花も含めてリファちゃんだろ。リファちゃんが不安なら食うのやめてもいいけど、でも、やっぱり食いたい。美味いから」

 山羊の食い意地に、リファリールが目を丸くする。

「それって中毒なんじゃ……」
「かもね。でも俺、リファちゃんになら魅了されて捕まえられてたいよ」

 リファリールは小首を傾げていたが、しまいに微笑んだ。

「……ユールさんが食べたいなら、あげます」

 これにて、ユールの完全勝利だった。




 帰らないで一緒に寝てくれと頼むと、リファリールはふわふわした様子で頷いてくれた。
 「見ないから! あっち向いてるから!」と渡したユールのシャツは、ちょうどワンピースの丈の寝巻きになった。
 肩が落ちてしまっているのが、彼女の華奢さを表していてたまらない。密かにやってみたかったことが叶って、ユールは鼻を押さえていた。

 一方のリファリールはベッドに正座して、羊の三角耳をしょげさせて言った。

「ユールさん、わたし、まだ謝らないといけないことがあるの」
「なに?」
「種をもらうとき、いつも、ごめんなさい。すごく腫れるし、ユールさん苦しそうなのに、わたし上手く手当できなくて。辛いこと、何度もお願いしてごめんなさい。……なんで笑うの?」
「ごめん、いやでもそこ? 俺らとんでもないところですれ違ってんなあ」

 笑うユールを前に、彼女は困り顔だ。

「あれ別に辛くないよ」
「だって」
「リファちゃん、ほんとかわいいな」

 いつまでも悩ませているのも可哀想で抱き寄せた。胡座の上に向かい合わせに座らせて、口付ける。
 リファリールは目を閉じて、身を任せてきた。

「俺、好きな子に触ってもらえて、いつもめちゃくちゃ嬉しかったし、気持ちよかったよ」
「そうなの?」
「うん」
「わたし、本当に、ユールさんのこと好きでいていい?」
「当たり前だろ」
「……嬉しい」

 ユールのシャツの胸元を握ったリファリールは、目を潤ませて見上げてくる。
 先ほど結局花も食べていて、反応するなと言う方が無理だ。
 主張してくるものに、彼女も気づいたようだった。

「……あのさ、だから……今日はもっかい、いい?」
「はい」

 いっそ獣族のやり方で抱きたいとも思ったが、我慢した。性的な興奮すら苦しみと誤解していた彼女だ。焦って傷つけたくない。
 種をもらうためではなく、ユールの欲求を満たすために、「気持ちいい?」と何度も聞いて尽くしてくれる健気さだけで、今夜は充分だった。




 リファリールの髪は春の若葉のように柔らかい。
 その指通りを楽しみながら、ユールは改めて誘った。

「あったかくなってきたからさ、今度、一緒に出かけない? 俺、リファちゃん連れて行きたいところあるんだ」

 リファリールは、今度こそ、満開の花のような笑みで頷いた。




 花の香りが霞のようにけぶる春。
 想い通じて、ようやく二人が恋人になれた夜だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

優しい雨が降る夜は

葉月 まい
恋愛
浮世離れした地味子 × 外資系ITコンサルのエリートイケメン 無自覚にモテる地味子に 余裕もなく翻弄されるイケメン 二人の恋は一筋縄ではいかなくて…… 雨降る夜に心に届いた 優しい恋の物語 ⟡☾·̩͙⋆☔┈┈┈ 登場人物 ┈┈┈ ☔⋆·̩͙☽⟡ 風間 美月(24歳)……コミュニティセンター勤務・地味でお堅い性格 雨宮 優吾(28歳)……外資系ITコンサルティング会社勤務のエリートイケメン

「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します

スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」 眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。 隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。 エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。 しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。 彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。 「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」 裏切りへのカウントダウンが今、始まる。 スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす

小木楓
恋愛
完結しました✨ タグ&あらすじ変更しました。 略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。 「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」 「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」 大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。 しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。 強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。 夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。 恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……? 「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」 逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。 それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。 「一生、私の腕の中で溺れていろ」 守るために壊し、愛するために縛る。 冷酷な仮面の下に隠された、 一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。 ★最後は極上のハッピーエンドです。 ※AI画像を使用しています。

辺境伯夫人は領地を紡ぐ

やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。 しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。 物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。 戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。 これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。 全50話の予定です ※表紙はイメージです ※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

処理中です...