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28.ふたりの想い①
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明け方、ユールは救護室を覗いた。
患者の姿はなく、長椅子にひっくり返った医者に、リファリールが毛布をかけてやっているところだった。
「リファちゃん、おつかれ。もう帰れる?」
「はい。ユールさんも、おつかれさまです」
彼女はエプロンを外すと、ユールの腕をとって微笑みかけてきた。
壊れものを扱うようにその手を包むと、細い指が指の間に絡んできた。
ギルドのすぐ裏手のリファリールの部屋までは、いくら彼女の歩調に合わせようと、すぐに着いてしまう。
「じゃあ」
短く促すのに、彼女は手を離そうとしない。
「……夜通し仕事でさ、疲れてるだろ」
「はい。疲れてるから、一緒にいたいんです」
リファリールはユールを引っ張って、ドアの中に招き入れると、待ちかねたように身体を預けてきた。
熟れた蜜の香りが鼻腔から沁み入ってきて、酔いそうになる。
彼女の花は、咲きたてより時を置いた方が芳香が濃くなる。まるで放っておかれて焦れる女だった。
肉体的にも精神的にも疲れている中で、ぎりぎりの理性をかき集めて、ユールはリファリールの肩を慎重に押して身体を離した。
首を傾げて見上げてくる彼女に言った。
「俺、今めちゃくちゃ汚ねえし、臭えから」
「そんなことないです。わたし、ユールさんの匂い好き」
再び、ユールの汗染みたシャツの胸に顔を寄せてくる。
その言葉は嘘ではないのだろう。彼女はいつも、交わった後汗だくになる彼の身体を優しく拭ってくれる。
ユールの代謝の激しい熱い身体を、愛おしいと言ってくれる。
そうして受け入れてくれるのが、嬉しかった。
けれど、今は躊躇ってしまう。
「……ダメだって……」
「嫌じゃないのに」
ユールの頑なさに、彼女は薄い眉を寄せながらも譲った。
「……さっぱりしたいなら、シャワー浴びてください」
ユールは断って帰るかひととき迷って、結局、彼女の言う通りにした。
話しておきたいことがあるんだと、自分に言い訳した。
シャワーから出ると、脱いだ服は回収されていて、布と寝巻きが一揃い用意されていた。
部屋を行き来して泊まり合う関係になってから、そういったものをお互い置くようになっていた。
テーブルには朝食まで並べられていた。
皿にたっぷり盛られた干し草に、桃と林檎も添えられている。
薄切りのレモンが浮いた水のグラスには、その冷たさを示す細かな水滴がつきはじめていた。
昨日の夕方から何も食べていなかった空きっ腹が、ぐうと鳴る。
リファリールが勧めてくる。
「簡単ですけど。あのね、この間のレモン、こうすると美味しいの」
「ありがと。いただきます」
食欲に勝てないユールは、大人しく椅子を引いた。向かい合わせに二脚据えられたそれは、一緒にちゃんと座って食事がとりたいと言ってくれた彼女のために、ユールが作ったものだ。
清涼な果汁を含んだ水が、喉を洗っていく。
リファリールも向かいに座って、同じものを飲んでいた。
「ルクちゃんとラーニャさん、あのあと、ちゃんとおうちに帰れましたか?」
「うん。ルクはずっと寝てたけど」
「そうですか。……怖い思いをしてるから、心配なの」
「ごめん」
「なんでユールさんが謝るの?」
純粋に不思議そうに訊かれて、ユールは言葉に詰まった。
いくら粗暴な男でも、あんな人目の多いところで幼い子供に牙を剥いたのは、以前、同じ半神型の黒山羊に煮湯を飲まされたからなのだろう。
しかし、蘇る血生臭い記憶を、リファリールに語りたくはなかった。
「……ラーニャさん、やっぱりリファちゃんのドレスのこと気にしてたよ。服屋に相談してみるからって言ってた」
「それはいいのに……でも、ルクちゃんの様子気になるから、近いうちにお邪魔してみます」
「うん。そうしてあげて」
リファリールは飲み終えたグラスのふちを、薄緑の指でなぞっている。目の周りが窪んで、やはり疲れているようだった。
「なんだか、一晩って思えないくらい、いろんなことがあって。シェフィール様が王女様だったの、びっくりしちゃった」
「ほんとだよ。偉いくせにひとが悪いよな。まじで怪我させなくてよかった」
顔をしかめるユールを前に、リファリールは口元に指先をあてて笑う。
「開会式、見てくれてましたか?」
「見てたよ。すげえひと多くて、遠かったけど……リファちゃん、きれいだった。お姫様にだって、負けてなかったよ」
きれいという一言では足りないのに、ユールはいつだってうまく言えない。
彼女が別の世界に行ってしまったように感じたほどだったのだ。遠い灯りを眺めるのに似た、物悲しい、憧れのような感情だった。
「そんなことないと思いますけど。ユールさんにそう言ってもらえるの、嬉しいです」
今ふたりきり、自分だけを見てはにかんでくれる彼女が、欲しくてたまらなかった。
彼女の満開の白い花から目を逸らし、獣じみた衝動を、意地で抑え込んだ。
ユールの葛藤を知ってか知らずか、リファリールは立ち上がった。
「わたしもお水浴びてきますね」
ユールが食器を洗い終えたころ、リファリールは淡紅色の寝巻きに着替えて出てきた。
肌から水を吸って、目元にあらわだった窪みも消えている。
「お片付け、ありがとうございます」
ユールの視線が堪えようもなく身体をなぞるのを、彼女は拒まない。
それどころか、首を傾げ、花を揺らして囁いてくる。
「……ね、花もどうぞ」
その優しい誘惑に溺れてしまいたかった。
けれど、胸につかえたままのものを、もう知らないふりはできなかった。
「リファちゃん、俺、話があるんだ」
「なあに?」
「……王女様と、あの……樹花族の魔術師さんに、何か言われたんじゃない?」
「なんで?」
「アメランさんも、黒揚羽さんも、そんなこと言ってたから」
「……虫人さんってお節介」
素直な彼女には珍しくはぐらかそうとする様子があった。なおさら、気になった。
その気持ちを察したのか、リファリールはとうとう答えた。
「実はね、シェフィール様に、王都にいらっしゃいって言われたんです。それに、グリムフィルドさんと結婚したらいいなんて言い出すから、びっくりしちゃった」
いざそう言われれば顔が曇るユールに、彼女は急いで続ける。
「でも、ちゃんと断りました。わたしユールさんがいるもの。あのね、グリムフィルドさんだって全然そんなつもりじゃなくて」
「リファちゃん」
ユールは耐えきれずに遮った。
リファリールの口から、その名が出るだけで腹の底がきりきり痛んだ。
「あのさ……そこまで言ってもらったんなら、あの人たちが帰っちゃう前に、もっぺんよく考えなよ。俺のせいで、そんな大切な話断らせたんだったら……リファちゃんと付き合わなきゃよかった」
リファリールがつぶらな目を見開いた。
「なに言ってるんですか?」
ユールは彼女から目を逸らす。床の木目に視線を彷徨わせ、つかえていたものを吐き出した。
「一年前に街に来た理由、思い出しなよ。子供欲しいんだろ。……けっこう俺としてるけど、できてないしさ……同族となら、きっとすぐだよ。……いいこと教えてもらったって、そういうことだろ?」
同族に惹かれる気持ちは自然なものだ。責められない。
それでも、リファリールはユールの腕に縋ってくる。
「違います! わたし、ユールさんの子供が欲しいの。他のひとじゃ嫌です。ユールさんだって、他のひとから種貰わないでって言ったのに!」
「……もう、気にしなくていいよ」
「ねえ、なんで、そんなこと言うんですか」
「釣り合わねえって、わかったんだよ。リファちゃん、俺は結局、メビウスやタレスみたいなやつらと、縁が切れてねえんだ」
言い始めれば、止まらなかった。
「リファちゃんは、なんにも知らねえで街に来て、はじめに手ぇ出した俺に情が移っただけで……楽しかったよ、でも、リファちゃんは、本当は、もっといい相手と、いい暮らしできるんだよ。その方が、リファちゃんは幸せになれるんだから……俺は、もういい」
「わたしは、よくないです!」
リファリールは強く言い切って、両手を伸ばすとユールの顔を無理やり自分に向けさせた。
「ユールさんのばか、ばかばか! お別れなんてするくらいなら、ユールさんのお家の前で木になっちゃうから!」
「ちょ、あのさあ、そこまで言う?」
「だって、わたしはユールさんが好きなの。ずっとそう言ってるのに、どうして信じてくれないの……!」
ユールはリファリールの唇が震えているのを見た。目にみるみる涙が溜まっていく。
彼女はユールの手を掴むと、自分の胸元に押し当てさせた。
指が沈むやわらかな感触に、動揺して声を上げた。
「な……!」
「ねえ、どきどきしてるの、わかりますか?」
とくん、とくん、ユールの手のひらに、リファリールの心臓の鼓動が伝わってくる。
「わたし、この街に来たとき、こんなじゃなかったです。もっと静かな身体だったの。でも、今はほら、こんなにどきどきして熱くて、苦しいくらい……! わたしをこんなふうにしたの、ユールさんなのに!」
ぽたり、ぽたり、彼女の目から熱いしずくが落ちて、胸元に重なる手に跳ねる。
「泣かないでくれよ」
胸の重しはとれていた。かわりに広がっていくのは、彼女を泣かせた罪悪感だ。
「ああ、ごめん、悪かった……俺、不安なの、リファちゃんにぶつけて、ほんとだせえ」
これは甘えだ。
彼女の幸せを願うふりをして、その実は、まだ受け入れてくれるか確かめようとしたのだ。
彼女の訴えにようやく、自分の臆病に気づいた。
「ごめん、俺、こんなで本当にごめん……」
ユールは指先で彼女の目元をぬぐった。
「謝らなくて、いいですからっ……もう、二度と、お付き合いやめるなんて、言わないで」
リファリールはユールの首にしがみついて、顔を寄せてきた。
「……リファちゃん」
「逃げちゃ、いやです」
ぶつけるようにキスを求めてくる。背伸びをするその身体に腕を回して、抱きとめた。
ちいさな花びらのような唇が、何度もユールの唇を啄む。
涙に潤んだ焦茶の瞳が、ユールを見つめていた。
「お互い好きなら、それでいい。なんにも悩むことないって……覚えてますか? そう言ってくれたの、ユールさんなんだから……!」
覚えていた。
能天気なほどの、その言葉。
でも、異種のふたりは結局、互いの想いだけを頼りに、関係を育ててきたのだった。
患者の姿はなく、長椅子にひっくり返った医者に、リファリールが毛布をかけてやっているところだった。
「リファちゃん、おつかれ。もう帰れる?」
「はい。ユールさんも、おつかれさまです」
彼女はエプロンを外すと、ユールの腕をとって微笑みかけてきた。
壊れものを扱うようにその手を包むと、細い指が指の間に絡んできた。
ギルドのすぐ裏手のリファリールの部屋までは、いくら彼女の歩調に合わせようと、すぐに着いてしまう。
「じゃあ」
短く促すのに、彼女は手を離そうとしない。
「……夜通し仕事でさ、疲れてるだろ」
「はい。疲れてるから、一緒にいたいんです」
リファリールはユールを引っ張って、ドアの中に招き入れると、待ちかねたように身体を預けてきた。
熟れた蜜の香りが鼻腔から沁み入ってきて、酔いそうになる。
彼女の花は、咲きたてより時を置いた方が芳香が濃くなる。まるで放っておかれて焦れる女だった。
肉体的にも精神的にも疲れている中で、ぎりぎりの理性をかき集めて、ユールはリファリールの肩を慎重に押して身体を離した。
首を傾げて見上げてくる彼女に言った。
「俺、今めちゃくちゃ汚ねえし、臭えから」
「そんなことないです。わたし、ユールさんの匂い好き」
再び、ユールの汗染みたシャツの胸に顔を寄せてくる。
その言葉は嘘ではないのだろう。彼女はいつも、交わった後汗だくになる彼の身体を優しく拭ってくれる。
ユールの代謝の激しい熱い身体を、愛おしいと言ってくれる。
そうして受け入れてくれるのが、嬉しかった。
けれど、今は躊躇ってしまう。
「……ダメだって……」
「嫌じゃないのに」
ユールの頑なさに、彼女は薄い眉を寄せながらも譲った。
「……さっぱりしたいなら、シャワー浴びてください」
ユールは断って帰るかひととき迷って、結局、彼女の言う通りにした。
話しておきたいことがあるんだと、自分に言い訳した。
シャワーから出ると、脱いだ服は回収されていて、布と寝巻きが一揃い用意されていた。
部屋を行き来して泊まり合う関係になってから、そういったものをお互い置くようになっていた。
テーブルには朝食まで並べられていた。
皿にたっぷり盛られた干し草に、桃と林檎も添えられている。
薄切りのレモンが浮いた水のグラスには、その冷たさを示す細かな水滴がつきはじめていた。
昨日の夕方から何も食べていなかった空きっ腹が、ぐうと鳴る。
リファリールが勧めてくる。
「簡単ですけど。あのね、この間のレモン、こうすると美味しいの」
「ありがと。いただきます」
食欲に勝てないユールは、大人しく椅子を引いた。向かい合わせに二脚据えられたそれは、一緒にちゃんと座って食事がとりたいと言ってくれた彼女のために、ユールが作ったものだ。
清涼な果汁を含んだ水が、喉を洗っていく。
リファリールも向かいに座って、同じものを飲んでいた。
「ルクちゃんとラーニャさん、あのあと、ちゃんとおうちに帰れましたか?」
「うん。ルクはずっと寝てたけど」
「そうですか。……怖い思いをしてるから、心配なの」
「ごめん」
「なんでユールさんが謝るの?」
純粋に不思議そうに訊かれて、ユールは言葉に詰まった。
いくら粗暴な男でも、あんな人目の多いところで幼い子供に牙を剥いたのは、以前、同じ半神型の黒山羊に煮湯を飲まされたからなのだろう。
しかし、蘇る血生臭い記憶を、リファリールに語りたくはなかった。
「……ラーニャさん、やっぱりリファちゃんのドレスのこと気にしてたよ。服屋に相談してみるからって言ってた」
「それはいいのに……でも、ルクちゃんの様子気になるから、近いうちにお邪魔してみます」
「うん。そうしてあげて」
リファリールは飲み終えたグラスのふちを、薄緑の指でなぞっている。目の周りが窪んで、やはり疲れているようだった。
「なんだか、一晩って思えないくらい、いろんなことがあって。シェフィール様が王女様だったの、びっくりしちゃった」
「ほんとだよ。偉いくせにひとが悪いよな。まじで怪我させなくてよかった」
顔をしかめるユールを前に、リファリールは口元に指先をあてて笑う。
「開会式、見てくれてましたか?」
「見てたよ。すげえひと多くて、遠かったけど……リファちゃん、きれいだった。お姫様にだって、負けてなかったよ」
きれいという一言では足りないのに、ユールはいつだってうまく言えない。
彼女が別の世界に行ってしまったように感じたほどだったのだ。遠い灯りを眺めるのに似た、物悲しい、憧れのような感情だった。
「そんなことないと思いますけど。ユールさんにそう言ってもらえるの、嬉しいです」
今ふたりきり、自分だけを見てはにかんでくれる彼女が、欲しくてたまらなかった。
彼女の満開の白い花から目を逸らし、獣じみた衝動を、意地で抑え込んだ。
ユールの葛藤を知ってか知らずか、リファリールは立ち上がった。
「わたしもお水浴びてきますね」
ユールが食器を洗い終えたころ、リファリールは淡紅色の寝巻きに着替えて出てきた。
肌から水を吸って、目元にあらわだった窪みも消えている。
「お片付け、ありがとうございます」
ユールの視線が堪えようもなく身体をなぞるのを、彼女は拒まない。
それどころか、首を傾げ、花を揺らして囁いてくる。
「……ね、花もどうぞ」
その優しい誘惑に溺れてしまいたかった。
けれど、胸につかえたままのものを、もう知らないふりはできなかった。
「リファちゃん、俺、話があるんだ」
「なあに?」
「……王女様と、あの……樹花族の魔術師さんに、何か言われたんじゃない?」
「なんで?」
「アメランさんも、黒揚羽さんも、そんなこと言ってたから」
「……虫人さんってお節介」
素直な彼女には珍しくはぐらかそうとする様子があった。なおさら、気になった。
その気持ちを察したのか、リファリールはとうとう答えた。
「実はね、シェフィール様に、王都にいらっしゃいって言われたんです。それに、グリムフィルドさんと結婚したらいいなんて言い出すから、びっくりしちゃった」
いざそう言われれば顔が曇るユールに、彼女は急いで続ける。
「でも、ちゃんと断りました。わたしユールさんがいるもの。あのね、グリムフィルドさんだって全然そんなつもりじゃなくて」
「リファちゃん」
ユールは耐えきれずに遮った。
リファリールの口から、その名が出るだけで腹の底がきりきり痛んだ。
「あのさ……そこまで言ってもらったんなら、あの人たちが帰っちゃう前に、もっぺんよく考えなよ。俺のせいで、そんな大切な話断らせたんだったら……リファちゃんと付き合わなきゃよかった」
リファリールがつぶらな目を見開いた。
「なに言ってるんですか?」
ユールは彼女から目を逸らす。床の木目に視線を彷徨わせ、つかえていたものを吐き出した。
「一年前に街に来た理由、思い出しなよ。子供欲しいんだろ。……けっこう俺としてるけど、できてないしさ……同族となら、きっとすぐだよ。……いいこと教えてもらったって、そういうことだろ?」
同族に惹かれる気持ちは自然なものだ。責められない。
それでも、リファリールはユールの腕に縋ってくる。
「違います! わたし、ユールさんの子供が欲しいの。他のひとじゃ嫌です。ユールさんだって、他のひとから種貰わないでって言ったのに!」
「……もう、気にしなくていいよ」
「ねえ、なんで、そんなこと言うんですか」
「釣り合わねえって、わかったんだよ。リファちゃん、俺は結局、メビウスやタレスみたいなやつらと、縁が切れてねえんだ」
言い始めれば、止まらなかった。
「リファちゃんは、なんにも知らねえで街に来て、はじめに手ぇ出した俺に情が移っただけで……楽しかったよ、でも、リファちゃんは、本当は、もっといい相手と、いい暮らしできるんだよ。その方が、リファちゃんは幸せになれるんだから……俺は、もういい」
「わたしは、よくないです!」
リファリールは強く言い切って、両手を伸ばすとユールの顔を無理やり自分に向けさせた。
「ユールさんのばか、ばかばか! お別れなんてするくらいなら、ユールさんのお家の前で木になっちゃうから!」
「ちょ、あのさあ、そこまで言う?」
「だって、わたしはユールさんが好きなの。ずっとそう言ってるのに、どうして信じてくれないの……!」
ユールはリファリールの唇が震えているのを見た。目にみるみる涙が溜まっていく。
彼女はユールの手を掴むと、自分の胸元に押し当てさせた。
指が沈むやわらかな感触に、動揺して声を上げた。
「な……!」
「ねえ、どきどきしてるの、わかりますか?」
とくん、とくん、ユールの手のひらに、リファリールの心臓の鼓動が伝わってくる。
「わたし、この街に来たとき、こんなじゃなかったです。もっと静かな身体だったの。でも、今はほら、こんなにどきどきして熱くて、苦しいくらい……! わたしをこんなふうにしたの、ユールさんなのに!」
ぽたり、ぽたり、彼女の目から熱いしずくが落ちて、胸元に重なる手に跳ねる。
「泣かないでくれよ」
胸の重しはとれていた。かわりに広がっていくのは、彼女を泣かせた罪悪感だ。
「ああ、ごめん、悪かった……俺、不安なの、リファちゃんにぶつけて、ほんとだせえ」
これは甘えだ。
彼女の幸せを願うふりをして、その実は、まだ受け入れてくれるか確かめようとしたのだ。
彼女の訴えにようやく、自分の臆病に気づいた。
「ごめん、俺、こんなで本当にごめん……」
ユールは指先で彼女の目元をぬぐった。
「謝らなくて、いいですからっ……もう、二度と、お付き合いやめるなんて、言わないで」
リファリールはユールの首にしがみついて、顔を寄せてきた。
「……リファちゃん」
「逃げちゃ、いやです」
ぶつけるようにキスを求めてくる。背伸びをするその身体に腕を回して、抱きとめた。
ちいさな花びらのような唇が、何度もユールの唇を啄む。
涙に潤んだ焦茶の瞳が、ユールを見つめていた。
「お互い好きなら、それでいい。なんにも悩むことないって……覚えてますか? そう言ってくれたの、ユールさんなんだから……!」
覚えていた。
能天気なほどの、その言葉。
でも、異種のふたりは結局、互いの想いだけを頼りに、関係を育ててきたのだった。
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