黒山羊と花の乙女

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30.お部屋探しはヤドカリ商会

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 『お部屋探しはヤドカリ商会! 種族問わず、ぴったりのお住まいをご紹介!』

 中央広場にほど近い場所に、そんなのぼりがはためく店がある。
 ガラス戸一面に張り出された物件情報には、ちらほらと「商談中」の赤字。

 ユールは、祭りの出勤の代休をリファリールと揃えてとっていた。ラーニャから預かったルクを連れて通りがかり、立ち止まってそれを見ていた。
 巻貝を背負ったヤドカリ族が出てきて、愛想良く招き入れてくれた。

 までは、よかったのだが。

 カウンターのこちら側では、ルクが、リンゴジュースのコップに麦わらをさしたものを出してもらい、頬をへこませて一生懸命ちゅるちゅると吸っている。
 その様子を、リファリールが微笑ましく見守って……いない。

「私は断固、反対ですよ!」

 カウンターの向こうで怒りに震えているのは、アメランだ。
 ユールは知らず力の入る眉間を指で揉んだ。

「ヤドカリじゃねえよね」
「うち、カナブングループの傘下でして……ちょうど会長が来る日でね……」

 ヤドカリが申し訳なさそうに答えた。

「グリムフィルド様という方がありながら!? 同棲したいって!? しかもあなた子供いるんですか!!!」
「わたしがお付き合いしてるのはユールさんです。グリムフィルドさんとはなんにもないです。変な話が広がって困っているので訂正しておいてください」

 アメランとリファリールが睨み合うのに、ユールは一応追加しておく。

「あとルクは甥っ子っす。今日は子守」

 花祭りの夜以来、元気がなくなってしまったと聞いて、仕事の母親の代わりに遊びに連れ出したのだ。

 ヤドカリは上司の宥め役を放棄して、ルクの相手をすることにしたらしい。

「坊ちゃんおでかけよかったねえ。お天気もいいし。干しぶどうも食べる?」
「うん」
「ハーミット! お出ししてもいいけど包んで! いえね、お子さんに罪はないですけど許しませんよ!」
「うわめんどくせえ。リファちゃん、ルクが飲んだら行こ。ヤドカリさん、冷やかしになっちゃってすみません」
「いえいえ滅相もない! ……うちの会長、リファリールさんのファン過ぎてすみません……」
「ユールさんに意地悪ばっかり言うアメランさんなんて、もう知らないです」

 リファリールが冷たく言い捨てた。
 アメランが「そんな……!」と絶句して、上の二本の腕で頭を抱える。
 ヤドカリのハーミットが干しぶどうの包みをくれるのを、ルクが「ありがと」と受け取った。

「どういたしまして。坊っちゃんちっちゃいのにご挨拶できて偉いねえ」
「ルクちゃんはお利口なんです」
「うん。りーちゃん、いっこあげる。ユールにも」
「お前、喋り増えたと思ったら、なんか俺だけ呼び捨てだよね」

 ユールはそう言いながらも、椅子から飛び降りたルクと手を繋いだ。

「じゃ、そういうことで」
「お役に立てなくてすみませんね、いいお部屋が見つかりますように」

 ハーミットがハサミを振る横で、アメランがバリッと羽を鳴らして復活した。

「いいえいけません! いくら嫌われようと、リファリール様を思えばこそ、私は毒虫にもなるんです! 不動産の寄り合いで連絡回しますからね、どの店行ってもダメですよ!」
「えっ会長なに悪役みたいなこと言ってるんですか。ドン引き」

 ハーミットは巻貝の中に手足を仕舞い込んでみせた。
 ユールとルクと一緒に出ていこうとしていたリファリールが、振り向く。
 花がふわりと芳香を撒いた。

「わたし、アメランさんとはきちんとお話をした方がいいみたい」
「……リファちゃん?」
「ユールさん、ルクちゃん、少しだけ待っててね」

 アメランとリファリールが店の奥に消える。

「あっ、そんな、いけません……いけませんよ……!」

 アメランの悲鳴のようなものが聞こえるのが気まずくて、ユールはルクの耳を塞いだ。

「ユール、りーちゃんなにしてるの?」
「……なーんとなくわかるけどさ」

 ハーミットが目だけ貝から出して訊いた。

「山羊さんわたしこれ止めなくていいやつです? リファリールさん食虫しないですよね?」
「しない。たぶん」
「えっ怖い怖い!」

 しばらくして出てきたアメランの口には、黄色い花粉がついていた。
 そして、リファリールの花が片方ない。

「ハーミット、すぐご紹介して差し上げて! 仲介手数料なしでいいから!」
「アメランさん、わかってくれて嬉しいです」
「もちろんですとも! リファリール様とユール様のお幸せを心より応援させていただきます!」

 アメランの目は完全に酔っていた。

「……手数料は普通に払うっす。覚めた後が怖えから」

 リファリールはアメランに優しく囁きかけた。

「アメランさん、忙しいんでしょう? あとはハーミットさんにお願いしますから。これからも街のために頑張ってくださいね」
「はいっ! ハーミット、よろしく頼みましたよ!」

 アメランはフラフラと店を出て、青空に消えていった。
 微妙な表情をしているユールに、リファリールは言い訳した。

「あんな風に変に気にしてお邪魔してくるの、花のせいなんです。虫人さんって影響受けやすいみたいで。だったら、花で解決してもいいですよね」
「うん。幸せそうだったし今回はいいと思う。けど」

 なんか妬けるから、あんまりやらないでとユールが耳打ちすると、リファリールは悪戯っぽい笑みをみせた。

「会長が失礼をしたところで恐縮ですが、物件のご希望お伺いしても?」

 ハーミットが仕切り直した。
 二人暮らし、ギルドに近くて、予算はこれこれ。リファリールの希望は台所が広くて日当たりがいいことだ。

「ユールさんのご希望は?」
「防犯がしっかりしてる部屋」

 ハーミットは深く頷いた。

「かしこまりました。おすすめの物件がございます!」





 ギルドから二ブロック、通りを一本奥に入った先の、古びているが大きな屋敷だった。
 レンガの壁には蔦がびっしりと絡んでいる。
 応対に出てきた大家は、傭兵団の小隊長の一人、小人族のフィミーだった。

「へーえ、ふーん! このこの!」

 分厚いメガネの奥で大きな目をキラキラさせて、ユールの腹を肘で突いてくる。

「……やめよっか」
「そういいなさんなって! 別に僕、普段はここ住んでないしさ。ずいぶん前に相続して放ったらかしにしてたんだけど、手入れして貸しはじめたんだ。見てってよ」

 入ってすぐのエントランスホールには左右にカーブした階段がついている。二階の廊下中央には上に登る階段が伸び、その左右に二つずつドアが並ぶ。

「こちら、フィミー氏のひいお爺様が建築された物件でございます。小人族の方としては大柄でいらっしゃったそうで、間取りも天井も、いわゆる人族サイズですね。現在は、母屋二階、母屋三階、東棟、西棟の四区画に分けて賃貸されております。築は古いですが、全区画リフォーム済み、共用のこの玄関ホールと応接室とは別に、独立の出入り口と水回りを完備してございます。今回ご案内させていただくのは東棟でして」

 ルクに運ばれつつ、ハーミットが滑らかな営業トークを披露する。

 二階東の突き当たり、蔓草の飾り彫りの木扉を開ける前に、フィミーは全員に木の魔力の付与をかけた。

「ここから先は共用じゃない場所ね。で、この家の特徴なんだけど、部屋によって魔力の障壁をかけてあるんだ。家主の僕は全部屋入れるから、今だけ付けとくね」
「元は魔術工房としてお使いだったそうで、色々と凝った仕掛けがございますよ!」

 入ってすぐの居間は、南側に大きく窓がとられていて、照明がなくとも明るかった。
 木製のどっしりした広い机に、椅子が六脚据えられている。家具付きだとハーミットは説明した。

「二階は居間、キッチンと浴室などの水回りとなっております。一階はストックヤードと勝手口ですね」

 キッチンの広い流しと作り付けの大棚に、リファリールが喜んでいる。ルクは床に取手を見つけて、ハーミットを下ろすと、すかさず引っ張り上げた。
 四角く開いた穴に身を乗り出すのを、ユールがシャツを掴んで止めた。

「はしご!」
「坊っちゃん気をつけてね! こちら、下階のストックヤードに通じています」
「あとこの棚は、魔力かけると一階と二階で入れ替わるよ。リファちゃんなら動かせるんじゃない?」

 フィミーに教わって、リファリールが戸棚の横の、土の魔力の結晶が埋められた操作板に手を添えた。棚がするすると後退して壁に埋もれ、代わりに床から新たな棚がせりだしてきた。

「こういうのもあって、ヤドカリ商会さんには魔力ある人に貸したいって話してたんだ」
「ユールさんもやってみて!」

 リファリールに勧められてユールも操作板に手を当ててみた。棚がもう一周して、元に戻った。

「よかった、ユールくんも合格っぽい」
「ユールさん、ここならお酒もシロップ漬けもジャムもいっぱい置けます!」

 ユールはルクを追いかけてストックヤードに降りた。窓がなく、ひんやりと涼しい。
 続いて、運動は不得意なリファリールが危なっかしく降りてくるのに手を貸す。
 最後は頭にハーミットをしがみつかせたフィミーがついてきた。

「食材が長持ちしますし、葡萄酒の保管にもいいですよ」

 ルクが探検気分で走っていくのを追いかけて出ると、説明通り直に入ってこれる勝手口があった。
 はしごではなく階段を登って二階に戻る。さらに三階は居室が二間、まだ上に階段が伸びていた。

「四階建て?」
「ううん。ま、見てごらん!」

 フィミーが得意げに先に立って、階段を上がった先の扉を開いた。
 光が溢れた。

 ルクが歓声を上げて、飛び出していく。
 そこは、緑溢れる庭だった。足元は確かに土で、柔らかな青草に覆われていた。小ぶりではあったが木も生えている。
 庭の中央には、球体の光の魔力の結晶が浮いていた。

「すごいでしょう! 屋上は母屋、東棟、西棟共通のお庭になっております。あちらの結晶が日の光を吸うことで、お庭を維持する魔力を生み出しているそうです。お洗濯物もよく乾くとか」

 見れば木々の間には洗濯ロープが渡されている。
 そして、ちょうど魔力の結晶の近く、母屋に繋がるらしいドアが開いた。

「おや、こんにちは」

 洗濯物籠を抱えて挨拶したのは、一角獣族の男だ。ルクとかわらないほどの年頃の女の子を連れていた。

「フィミーさんと……あなた、ユールさんじゃないですか。先日はどうもお世話になりました」

 銀縁眼鏡の奥で目を和らげる。彼は算術の学者だ。ユールは少し前に、彼が別の街で学者同士の集まりに参加する行き帰りを護衛していた。

「こんにちは、オーネストさん」

 彼はハーミットを見て了解したらしい。

「お住まい探しですか」
「うん、まあ……どうですか、ここ」

 家主を前に悪くは言わないだろうが、訊いてみた。

「いい住まいですよ。僕は時々、この間のように家を空けますが、ここは魔力障壁がしっかりしていますから。妻子だけの留守でも安心です」

 オーネストは同じく額に一角のある娘の頭を撫でた。

「ユールさんが住んでくれるなら、より安心ですよ」

 洗濯ロープに、オーネストが広げていくシーツがはためく。
 ルクはオーネストの娘のシュシュとすぐに打ち解けて、リファリールを巻き込んで追いかけっこをはじめていた。

「ギルド間近、日当たり良好、広々キッチン、防犯は最上ランク! 正直、これ以上ご要望に合う物件はないかと」

 ハーミットがハサミを振り振りたたみかける。

「なにかお聞きになりたいことは?」

 ユールはため息をついた。リファリールは明らかにここを気に入っているし、ユールとしても文句はないのだが。

「……よすぎるくれえっす。部屋数多いし……いや、いいんすけど、その、予算的に」
「うん、きみたちの懐事情はよーく知ってる」

 ギルドの労務経理含め事務全般を引き受けている小人族は、ユールの前に指を三本立ててみせた。

「二人で月こんくらいならどう? ユールくん二で、リファちゃん一とか」
「金貨三枚は月じゃちょっと」
「銀貨」
「それだと安すぎないすか」
「ぶっちゃけ西棟もそれくらいで貸してるからいいよ。オーネストさんからはもうちょっと貰ってるけど、母屋はもっと便利だし間取りも違うからね」
「いや、なんか話がうますぎて……訳あり?」
「うん、訳あり」

 フィミーはあっさり答えた。

「この家、意思を持ってるんだ。ひいじいちゃんが色々やりすぎて、魔力が染みついちゃったせいだと思うけど。気に入らない相手だと嫌がらせして弾き出しちゃうから、誰にでも貸せるわけじゃないんだよ。でも、今見て回った感じ、ユールくんもリファちゃんも大丈夫。棚、素直に動いたでしょ」
「ダメな方は本当にダメなおうちでしてね、入った瞬間から寒気がするとか、ずっとキィキィ嫌な音がするとかおっしゃって逃げ出されます」
「そんな感じはしねえけど」
「じゃあ決めちゃいなよ」

 フィミーの視線の先には、ルクとシュシュを抱きしめて、庭に寝転んで草の感触を楽しんでいるリファリールがいる。

「オーネストさんたちが引っ越してきたのは、シュシュちゃんのためなんだ。一角獣族の角ってね、魔術の素材としては超高級品でさ。希少種族だし、一生生え変わらないし。……言いたくないような手段で手に入れようとするやつらがいる。他に住んでるひとたちも、同じ理由」

 生きたひとを、モノとしか見ない相手がいることを、ユールも承知していた。

「ガードって難しいよねえ、ユールくん」
「……うん」

 守ると軽々しく言うだけではダメだと、祭りの日に思い知っていた。リファリールと生きていきたいと望むなら、できることは全てやらなくては。

「でも、きみはちゃんとできるようになってる。これからも、できる」

 フィミーはそう、請け負った。

「リファちゃんっていい子だよね。あの子腕がいいから、街の診療所とかから、うちよりいい条件で話が何度も来てるんだ。でも、ギルドの傭兵は怪我が多くて心配だからって全部断ってるんだよ。……僕にも少しは手助けさせてよ」

 引き抜きの話は初耳だった。言わないのはきっと、リファリールに一番心配をかけているのは自分だからなのだろう。
 申し訳ないと思うより、少し、嬉しいのが上回った。

「フィミーさん、ありがと」

 ユールはじゃれあっている子供たちとリファリールのところへ歩み寄った。

「リファちゃん、ここ、どうかな」
「素敵、とっても好き!」

 でも、と少し声のトーンが落ちた。

「お金、足りますか?」
「それ話してきたとこ。大丈夫だよ」
「よかったです! あ、ユールさんは? ここ好き?」

 リファリールの表情を見ていれば、聞かれるまでもなかった。ユールにとっては、彼女が安心して過ごせるのが第一だ。

「うん。決めちゃおう」

 ルクとシュシュがまだ遊びたがるのを、大人で宥めた。
 オーネストとシュシュに見送られて、フィミーとともにヤドカリ商会に戻り、仮契約にサインした。

「それでは、今のお住まいの退去も含めまして進めさせていただきます! 本契約までに保証人の方のサインいただいてくださいね」
「うん、これで全部屋借り手がついた! よかったよかった」
「東棟は特に気難しかったですからね。でも、きっとあの家はお二人を待ってたんですよ。こういうのをご縁って言うんです」

 そんなものだろうかとユールは首を捻ったが、幸運な巡り合わせではあった。
 ヤドカリ商会を出ると、日はもう中天に登っていた。
 ルクの身体から、くぅ、と可愛らしい音がした。

「ユール、お腹すいた」
「よし、ルク、付き合ってくれてありがとな。昼飯食いにいこ!」

 肩車をしてやると、初秋の淡い青空に、ルクの歓声が響いた。日の光が優しい、気持ちのいい天気だった。
 子供がしっかり角を掴んだのを確認して、ユールはリファリールに手を差し出す。
 彼女は自然にそれを受けて、指を絡めてくる。

「お引越し、楽しみですね」
「うん」

 ユールはきゅっとリファリールの手を握り返した。
 きっとこうして一緒にいることが、当たり前になっていく。
 幸せな予感に、足取りが軽くなった。
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