黒山羊と花の乙女

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33.憧れの結婚式

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 高く澄んだ秋の空に、鐘の音が響き渡る。
 教会の両開きの扉が開いて、結婚の誓いをたてた新郎新婦が姿を現す。

 黒兎の新婦は、白いドレス。
 白兎の新郎は、黒い礼服。
 お互いの色を身につけて、手を取って進む。

 参列者からの祝福の歓声と、花びらのシャワーを浴びて、今まさに夫婦として歩み始めたふたりは幸せそうに微笑み交わし……





「すっごく、素敵でした……!」

 いつものギルドの前のベンチで、リファリールはほうっとため息をついた。
 先日、ギルドの傭兵のラパンと式を挙げた黒兎族のアナが、ふっくらした口元から白い前歯を覗かせる。

「ウフフー! 照れちゃう!」

 昼食の人参を口に運ぶ、その指には、銀の指輪がある。そこに埋め込まれた輝石に、リファリールは光り物好きの鳥よろしく目を奪われていた。

 リファリールのエプロンのポケットから、リスのネムが顔を出した。

「りふぁチャンハドウナンダ?」
「どうって?」
「ゆーるト同棲シタンダロ?」
「はい」
「ダッタラ次ハ、ダロ?」

 アナ達と同じように、と言いたいらしい。
 天使が通るらしい沈黙ののち、アナが気を回して、ネムに人参のかけらを差し出した。

「オッ、サスガ奥サン!」

 人参にかぶりつくリスに、アナは諭すように言い聞かせる。

「ネムさん、今どきは、一緒に暮らすからってすぐそういう話ってわけじゃないんですよー」
「ソリャヨクナイゼ! コレダカラ最近ノ若イノハ! ケジメッテモンガ!」
「ウフフー、リスなのに発想が完全に頑固オヤジー」
「アノ甲斐性ナシ!」
「……ユールさん悪く言わないで」

 リファリールはリスに、さらに口封じの殻付きクルミを渡してやった。
 必死でカリカリ前歯を立て始めるのを横目に、気持ちを和らげようと水を一口含む。
 今日はすもものシロップ入りだ。初夏に仕込んだものが甘酸っぱくいい具合に仕上がっている。




 結婚式。
 本当は、羨ましかった。

 ユールと夫婦として誓いをたてて、みんなに祝ってもらえたら。想像するだけで胸がきゅうっとなる。
 真っ白な綺麗なドレスを着て、お揃いのキラキラの指輪を交換したり、ベールを上げてもらってキスをしてもらったり、したい。
 新郎の礼服を着たユールは、きっと絶対すごく格好がいい。見たい。

 でも。

 帰り道、初めて見た結婚式に感動してはしゃぐリファリールに、ユールは訊いてきた。

「ああいうの、やっぱ女の子は好き?」
「はい! 憧れます!」
「そうだよなあ……」

 見上げれば、彼は頬をかいて考え込んでいた。

「多分さ、結構、金かかるんだよね。あいつがんばったなって思って」
「……そうですよね」

 ふわふわに膨らんでいた気持ちが、しゅーっと萎んでいった。
 洋品店で見るドレスは普段の服とは桁が違うし、金属の細工飾りや綺麗な石は貴重だから値段が高いのも知っている。
 彼に負担になる願いなのかもしれないと思うと、やりたいとねだるのは気が引けた。

 遠い目で秋空を眺めるリファリールの様子に、ネムはフンッと鼻息を荒くした。





 その夜、傭兵ギルド御用達の酒場、火龍亭の一卓で、白兎のラパンと黒山羊のユールが膝を突き合わせていた。
 ネムは椅子の脚からユールの肩にするすると登る。
 ここは先輩として、男の責任というものについて一席ぶっておくつもりだった。頑固親父上等である。

「オイ、ゆーる!」

 存在を主張すべく振り上げた拳に、チーズのかけらが押し付けられた。

「悪ぃ、ちょっと真面目に話し中」

 モチモチのチーズを頬に押し込みつつ覗き込めば、ユールはミミズののたくったような悪筆で、なにやらメモをとっていた。

「……そんくらいはするよなあ……」
「アナが絶対やるって張り切っちゃってさ。籍入れるだけなら役所に紙一枚出しゃ済むのに、マジかよめんどくせえって初めは思ってたんだけど」

 年貢を収めた白兎は、垂れ耳の先をくるくるいじる。その指には真新しい指輪がはまっていた。

「子供の頃からの夢叶ったって、めちゃめちゃ嬉しそうな顔見たら、やってよかったかなって。ここまでやったら簡単に別れらんねえ気もするし?」
「当たり前だろ。大切にしろよ」
「まあねー」

 遊び人ぶってみせる白兎だが、満更でもない顔をしていた。

「でもさあ、着るもんは借りて済ませたりとか、指輪だってピンキリだからさ。リファちゃん、そんなわがままいわねえだろ?」
「だって、リファちゃん花祭りでいいの作ってもらってんじゃん。せめて同じくらいしたい。指輪だって、長くつけてもらいたいし、ちゃんとしたのあげたい」
「ほんと惚れ込んでんのな」
「好きすぎて辛えよ」

 ユールは深刻そうに眉をよせるが、要は惚気だ。

「昇格受かってたら給料上がるけど……やっぱ、今年も冬の出稼ぎかあ……やだなあ、離れたくねえよ」

 彼が組んだ腕に頬を乗せたところに、隣のテーブルで飲みはじめていたスヴェラードがさらっと言った。

「そういや受かってんよお前」

 とたんにユールは顔を起こした。

「まじすか!」
「さっき通知届いてた。せいぜいこれからも頑張んな」

 あとお前とお前、とスヴェラードがその場にいた昇格者を教えて、その夜の火龍亭は秋の昇格祝いの宴会と化した。

 リファリールと暮らし始めて酒場に顔を出すのが減っていたユールは、ここぞとばかりに飲まされている。
 ネムはその頭に乗って、半分に割ったクルミの殻を盃に、薄めた葡萄酒をちびちび舐めていた。普段は飲まないが、今晩は祝杯をあげてやりたい気分だ。

 数年前、出会った頃のユールは、なにもかも諦めたような目をしたボロボロの少年だった。

 それが今、仲間にもみくちゃにされながら昇格を祝われて、恋人へのプロポーズの知恵をつけられて、照れ臭そうに笑っている。
 目頭がじわっと熱くなってくる。

「……ヨカッタナ」

 血と魔力の通る温かい角に寄りかかってつぶやくと、ユールの手が伸びてきて、ネムを捕まえてテーブルに下ろした。

「ネム、何か用事だっけ?」

 祝酒に赤くなった頬を緩ませているユールを前に、ネムは目元をぐいっと拭いて、めいいっぱい胸をそらして言ってやった。

「オウ、りふぁチャン幸セニシロヨ!」





 翌朝。
 リファリールは、ぱっちりといつもどおり日の出とともに目覚めた。
 隣では、ユールがくうくう寝息をたてている。
 彼は昨夜遅く、珍しく仲間に肩をかりるくらい酔っ払って帰ってきて、昇格受かったよとご機嫌で抱きついてきた。そのまま眠ってしまいそうなのを、なんとかベッドまでは連れて行った。
 飲みすぎてしまうくらい、嬉しかったのだ。リファリールも嬉しくて、起きたら改めてお祝いを言おうと思っていた。今日はお休みだから、いくらでも寝坊していい。お腹が空いたら、一緒にディアンとルッコラのお店に行って、ユールが好きな秋が旬の野菜と果物をたくさん買うのだ。

 静かにしていたつもりだったが、ユールがみじろぎして「リファちゃん」と呼んだ。

「寝てていいですよ」

 静かに答えると、ユールはリファリールを抱きしめ直してきた。まだ寝ぼけているようで、目が開いていない。
 額に額をすりつけて、彼は熱い息を漏らして囁いた。

「すっげえ好き……結婚しよ」

 リファリールは反射的に彼の腕を掴んで、声をひそめることなく聞き返していた。

「ユールさん、今なんて!? ねえ!」

 彼は、んー、とくぐもった声をあげて、リファリールの胸や尻といった柔らかいところをもにゅもにゅ揉んでくる。
 彼の手は温かくて気持ちいいし、少し強引に求められるのも嫌いではないのだけれど、今はそれどころではないのだ。

「やん、あ……ユールさんってば……!」

 手足をじたばたさせて抵抗するが、彼の力には敵わない。
 しかも、身体が疼きはじめたところで、彼の動きは止まってしまった。

「もう……!」

 思わせぶりをして再び夢の中に引っ込んでいった彼の重い身体を、リファリールは悔し紛れにペシペシ叩いた。到底、一緒に朝寝の気分ではなくなっていた。





 だいぶ日が高くなってから起き出してきた彼に水を飲ませ、二日酔いの治癒をかけた。ようやくすっきりした顔になったところに、つい前のめりになって訊いてしまう。

「ユールさん、わたしに何か言うことありますよね!?」

 ユールはニコニコして答えた。

「昇格受かったよ」

 それは昨晩聞いているが、酒精が悪さをして彼の記憶からは抜け落ちているらしい。

「はい、よかったです。おめでとうございます!」
「ありがと。給料上がるから、来月から家賃は俺が全部出すね」
「そこはあとで相談しましょう。あの、でも、そうじゃなくて他に!」
「えーっと……飲み過ぎちゃった。ごめん。気をつける」
「帰ってきてくれるならいいです。その話でもなくて! けっこ、む!」

 リファリールが痺れをきらして口にしようとした最後の一音は、ユールの手の中に消えた。強く押さえることなく、大きな手のひらは包むように頬に滑っていく。
 その次にリファリールの唇を塞いだのは、とっさの行為を詫びるような口付けだった。

「ん……」

 そんなふうにされれば、頭の中がぽうっとしてくる。こんなごまかしは、ずるい。

「……言っちゃってた?」
「はい」

 寝癖のはねている頭をかいて、彼は苦笑いした。

「……前も言いかけたけどさ。ちゃんと考えてるから、もーちょい、待っててくれる?」

 前って何だっただろうと考えて、リファリールは、夜空に並んだ赤と青の満月を思い出した。
 ユールは、リファリールがラパンとアナの結婚式を見て急激に憧れを募らせる前から、そういうことを考えてくれていたのだ。
 日がさしたように、胸の奥が温かくなっていく。その熱源に惹かれてリファリールが身体を寄せれば、何度だって熱い口づけが落ちてくる。
 リファリールはその心地よさに目を閉じて、彼の胸に顔を押し付けた。





「でも、でもっ! アナさん、待っててってどういうこと?」

 いつもの昼休み、リファリールに相談されたアナは例の如くのんびり笑う。

「ユールくんはリファちゃんにベタ惚れなんだから、そこは言葉通り、どーんと構えて待ってればいいのよー」
「そうなの……?」
「そうそうー」

 アナには、黒山羊ユールの算段は、夫のラパンから筒抜けだ。

 それにしても、リファリールは変わったと思う。一年前の夏の終わりにやってきたころは、何を考えているかわからないようなところがあった彼女が、ぐっと表情豊かになって、今は恋人のプロポーズ予告にそわそわしている。
 大変微笑ましいし、彼らの幸せに一肌脱いでやりたくもなる。

「……で、リファちゃんは、ドレス着るんだったらどんなのがいいのー?」
「え、えーっと……」

 はにかみながらも、リファリールは理想の結婚式を語り始める。アナはウンウン頷いて、水面下の情報収集に勤しんだ。
 ユールは影狼の討伐で、ラパンを救ってくれた恩人だ。これくらいお安い御用だった。
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