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1 正義感に燃える少年に自殺を邪魔された

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 俺は若さと希望に満ち溢れた少年を胡乱な目つきで見つめた。
 あの、誰ですかね君は。不法侵入だよ。
 結界は……ああ、ここ百年くらい誰も来なかったもんだから、かけるのサボってたんだった。

「ねえお兄さん。聞こえてる?」

 ああ、聞こえてるとも……そうか、声に出さないと伝わらないな。まともに話すのなんて何年ぶりだろう。

「あー、あ。テステス」
「え?」
「いや、なんでもない。聞こえてるよ」

 少年はホッと安心したように息を吐いた。おお、美少年じゃん。今は線の細い女顔って印象だけど、これは数年もすればお嬢さん方が放っておかないな。

 彼は緑の瞳を眇めて、俺を上から下まで見渡した。俺の紺色のジャージ姿に怪訝そうな顔をしている。まあ、この格好はこの世界では一般的ではないな。
 けれど彼の口から出てきたのは変な格好を指摘するものではなかった。俺の方をじぃっと見ながら、心配そうな声で尋ねてくる。

「どうしてこんな場所で死のうとしていたの? というかお兄さん、もしかしてここに住んでる人?」
「ああ。そうだけど」
「ここの城、突如現れた謎の白城としてギルドから調査依頼が出ているんだよ。お兄さんの持ち物なんだったら、ちゃんと王国に住居証明出さなきゃだめだよ」

 なんですと? 住居証明? ここ百年でこの森もどこかの国が所有権を主張しはじめたのか、ふーん。

「どうでもいいや」
「え? なぜ」
「いや、だってもうすぐ死ぬのに俺の城だって証明する必要ないでしょ?」
「なんでそんな死にたがってるの!? 生きてよ! そりゃ生きてたら死にたくなるほど辛い時だってあると思うけど……でも僕、お兄さんとせっかく会えたんだし死んでほしくないよ」

 頬を紅潮させて、真剣な様子で目を潤ませながら訴えかけてくる少年。
 俺はその言葉に、必死さに、ほんのちょっとだけ気持ちを揺り動かされた。まともで純粋で、情を感じる言葉だ。

 きっとこの子は両親に愛されて真っ当に育ってきたんだろうな。今の疲れきって擦り切れた俺には眩しいったらありゃしない。

 ……うん、早いとこお引き取り願って自殺の続きをしよう。今の俺と関わってもろくなことはないぞー、少年よ。
 なかなか答えない俺が悩んでいるように見えたのか、少年は俺を安心させるかのように微笑み、こんな提案をしてきた。

「よかったら僕がギルドに代理登録してきてあげてもいいよ。お兄さんの名前は?」
「いや、だから今から死ぬ人の名前なんて聞いてもしょうがなくないか?」
「……どうしても死にたいんですか」

 ギリリと少年が唇を噛みしめる。なんか口調固くなってるし、怒ってるな。
 おーい、そんなに噛んだら血が出るからやめとけよ。

「僕は! 冒険者の一員として、お兄さんが死ぬのを見過ごせません! お兄さんが死なないって言うまでつきまといますので」
「はあ?」

 おいおい、勘弁してくれよ。正義感の塊みたいな性格してるな、こいつ……見た目も輝かしいけど中身もキラッキラなんだな。

 こういう理想が高くて生気に溢れた人間を説き伏せようと思ったら、少々時間がかかりすぎる。ちょっと強引にお引き取り願おうか。

「えいや」

 少年を大陸の端まで飛ばしておいた。流石にそこまで飛ばせばそうそうここまで邪魔しにくることはなかろう。
 
 あ、でもギルドがどうとか言ってたし、任務達成不達成の報告義務とかあるんじゃ? 最寄りの町に着地させておくべきだったか?

 ……やってしまったものは仕方ない。少年よ、強く生きてくれ。
 さて、仕切り直しだ。

 なんとなく締まらない思いでもう一度呪槍を宙空に取りだす。狙いを定めて……って、あれ?
 俺が死ぬとこの世界も終わるんだっけ。

 ……心配してもらってちょっと嬉しかったしな。あの子の寿命が終わるまで寝よう。そうしよう。

 俺は百年くらい眠りにつくことにした。そのぐらい寝れば、さすがに彼も立派に往生してくれていることだろう。





 ……と、思っていた時期が俺にもありました。
 立派に往生しろよなんて情けをかけたのが悪かったのか。たった数年で俺は叩き起こされることになった。

「……きて、起きてください!」
「のわ!? ちょ、いきなり肩をゆするなよ乱暴だなあ」

 体感的にはまだまだ百年どころか数年しか眠りについていないぞ。ちゃんと結界張りなおして寝たはずなんだが……?

 見上げると、世にも美しいハニーブロンドにエメラルドの瞳の、正統派美青年が俺を見下ろしていた。
 このキラッキラの癖っ毛、もしかしてあの時の少年か? 大きくなったなあ。

 線の細かった少年時代の面影はどこにもなく、見事に実用的な筋肉を身につけた長身の美青年へと育っている。

 そんなキラキラ美青年は険しい目で俺を見据えていた。
 なしてそんな怒っとるね? やっぱり国の端に飛ばしたのはまずかったか。

「ちょっとなんてことしてくれたんですか貴方! 魔大陸なんかに飛ばされて、僕が魔王倒すハメになったじゃないですか!」

 ありゃ、力加減を間違えたか。魔大陸にまで飛ばしたつもりはなかったんだが。

「おお、よく飛んだなあ。それに、魔王を倒したんだって? お前やるなあ、勇者じゃん」

 俺の呑気な様子に呆れ返りながらも、青年は警戒を解かない。どうでもいいけど頭よさそうな顔してんなーこいつ。

 なんか頭よさそうに見える顔っていいよね、得だよね。俺なんてボーっとしてなくても、今ボーっとしてただろ、とか指摘されるようなのっぺり顔なのにね。まあだからといって今更顔を変えようとは思わんが。

「よく飛んだなあ、じゃありませんよ! しかし起きた途端に滲みでるその強大な魔力、あの時はわからなかったけどもしかして、貴方も魔王……!?」

 バッとベッドから飛び退き、隙なく剣と盾を構える勇者様。

 あ、その聖剣俺が王様ごっこに飽きた時に、家臣に下げ渡したやつじゃん。何百年使ってるんだあの国は。物持ちいいな。

 まあ不壊の能力をはじめ、てんこ盛りに便利機能を盛りこんだ最強の剣だしな、そりゃ使うよな……ああ、結界が破られたのもこの剣の能力か。無駄に能力盛ってたから確か結界破壊もできたはず。

 聖剣を眺めている間にジリジリと臨戦態勢のまま近づいてきたので、しかたなく立ち上がり両手を上げつつ弁解する。

 その程度の剣で突かれても死にゃしないが、当たりどころ次第ではちょっと切れるくらいはするだろう。死ねないのに痛いだけなんて切られ損だからな。

「ちがわい、俺は魔王じゃないわい。神様じゃい」
「神様? 神様なんてまた、御伽噺みたいなことを言って僕を誤魔化そうとしているんですね」
「あれれ、俺人間に存在を忘れられるくらい長いこと隠居しちゃってたのか。そっか。じゃあ死のう」

 もうなんか話しても信じてもらえなさそうだし面倒臭くなってきて、雑に自殺宣言をしながら呪槍を取りだす。
 すると彼はお綺麗な顔を般若に変えて、聖剣で槍を弾こうとしてきた。

「だから! なんで! そうなるんですかー!!」

 ちょ、待て待てさすがの聖剣もこの槍には敵わんから、こら突っこんでくんな! 慌てて槍を消す。

「のわ!? あぶね、君に刺さるとこだったじゃん」
「命大事に! 僕の目の前で死ぬとかそうはいきませんよ!」

 あー……デジャヴ。まーた話が平行線を辿るやつじゃんこれさあ。
 ……また飛ばすか。ほいさ。

「……あれ?」

 今度こそ最寄りの町に飛ばしたはずなのに、彼はまだそこにいる。

「二度も同じ手はくらいませんよ」

 ほーう、見たところこいつ自身の魔法で俺の魔法に干渉したのか?
 久しぶりに面白いと感じた。自然と口角が緩く持ち上がる。

「へー、すごいなーお前。名前なんつうの?」

 俺が初めてこいつに、まともに興味を持った瞬間だった。
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