20 / 37
第二章
5話
しおりを挟む適当に美味しそうな店を回って買い食いを楽しむ。レオは俺の迷いのないチョイスっぷりに目を白黒させていた。
「ユール様、意外と手慣れてるっスね……?」
「そうかな? そう見えていたら嬉しいよ。実は市場にはもう何度か来てるんだ」
「へーえ、第四王子殿下は王宮の奥で大事に守られてるって噂だったんスけど、噂はしょせん噂ってことっスか」
「ユールがあまり町に出たことがないのは本当だがな! ハッハッハ!」
おい、余計なこと言うんじゃねえよザス。最近はちゃんと買い物の仕方だって覚えたんだ、もう箱入りとは言わせないからな!
食事を終えた俺達はまた馬車に乗りこんだ。
「とりあえず友達二人に声かけてみてるんスけど、行き先がパン屋と孤児院なんスよ。どっちから行きたいとかあります?」
「その二択なら孤児院かな」
さっき飯食ったしな、パンはお土産とかにしてもいいし、まずは孤児院に行こう。
「レオは孤児院にはよく行くのか?」
「そんなによく行くわけじゃないんスけど、ちょうどその敷地の横が教会なんスよ。それでその友達とは偶然知り合ったというか」
「なるほどね。友達の名前はなんていうのかな」
「フレンっス」
へー、フレンってことは男か。
この世界の孤児院てどんな感じなんかな。ボロッボロだったりしたら、クリストバルにこの国の財政状況とかさりげなーく聞いてみた方がいいかもしんない。
別に真面目に国政改革なんてする気はないけど、俺だけ贅沢してて国民が飢えてたりしたらなんか嫌だしな。
ちょっと身構えながら着いた孤児院はレンガ造りの建物だった。
年月による劣化や風化はあれど、外から見る限りそこまでボロボロではない……となりの教会の綺麗さと比べなければ。
よくある建物だけどちょっとだけデカくて古いって感じだな。
俺達が馬車をつけると、レオはササっと馬車から降りて来客を知らせにいった。
「ザス、俺達も降りよう」
「そうだな! 念のため俺が先に降りて辺りを警戒しよう」
ザスを伴って馬車から降りると、ちょうどレオが戻ってきた。
「ユール様、お待たせっス! 行きましょう」
建物の側は柵で囲ってあり、幼児から小学生くらいの年齢の子どもが遊んでいる。
ちょっとばかし薄汚れてはいるけど、ガリガリとかじゃない。楽しそうに遊んでるし、ここでの生活がすごく大変な状況とかじゃないのは伝わってきた。これなら問題ないんじゃね?
俺を見て不思議そうにしている子もいたけど近寄ってくる様子はなかった。
孤児院の中に入ると院長らしき人物が俺に向かって頭を下げた。
「よくぞいらっしゃいました、第四王子殿下。なにもないところですが、精一杯のおもてなしをさせていただきます」
「いや、そう畏まらなくていいよ。僕はレオの友人に会いにきただけなんだ」
「ええ、聞いております。フレンは勉強室におりますので、呼んでまいります」
あー、この王子様対応、慣れねえわ。院長俺に対してめっちゃビビってる感じだもんな。
フレンってやつもこの調子だとやりにくいなー、やっぱ俺が町の人とフツーに話すって無理があるのかもしれない。
応接室とやらに通されて、中学生くらいの女子にお茶を出される。この子も緊張してて震える手でお茶を置くと、俺の斜め後ろに立つザスとレオにびくつきながら、固い笑顔でそそくさと部屋を出ていった。
……なんか来てごめんって謝りたくなってきた。これ俺が帰った方がこの子らの心境的に平和なのでは?
「レオ、僕がここに来るにあたってかなり無理を通したのではないか?」
「そんなことないっスよ! 貴族とかは思いついてすぐに行動したりして人を振り回すことが多いっスけど、ユール様は俺らの都合も考えてくれてるじゃないスか」
そっか、そういうもんかな?
……そもそも王族の俺がフランクに町の人と話してみたいっていう、そもそもの希望に無理あんだろうな。今回のことでよくわかったわ。
「ザス、やはり平民は僕達貴族や王族に対して身構えるものなんだね?」
「まあそうだな! 俺もよく驚かれているぞ!」
うん、ザスはそもそも体もでかいしビビられやすいんだろうけど。
「レオもそうなのか?」
「俺っスか? いやー、俺は貴族っぽくないってよく言われるんで。小さい頃から平民とよく交流があったからか、特に緊張されたりすることは少ないっスね」
そっか。俺が王子口調のままで周りに護衛を侍らせてるうちは、まずフランクには話せないよなー。俺は背後に立つザスとレオをチラリと横目で眺める。
んー……道のりは長そうだ。
そう考えていると、コンコンと固いノックの音が部屋に響いた。ザスを見ると頷かれる。俺が返事をしろってことか。
「入っていいよ」
「し、失礼します」
現れたのは小麦色の髪に灰色の目をした、ソバカスが鼻周りにたくさん散った痩せた少年だった。
俺より背はちょっとばかし高そうだが、吹けば飛びそうな頼りなさげな印象だ。メガネとか似合いそうなイメージ。
「僕はユール。楽にしてくれていいよ、レオの友達に会ってみたいと思って無理を言ってきたんだ」
「そ、そんな、とんでもない、です……あの俺、敬語とかもよくわかんないけど、大丈夫だ、ですか?」
フレン少年、すんごい緊張してるな。俺はふんわり王子スマイルを心がけながら話しかける。
「楽にしてくれといったんだ、それしきのことで咎めたりしないよ」
「ユール様は民の生活の様子をお知りになりたいそうなんだ。フレン、普段の生活を君の話しやすい言葉で語ってくれればいいよ」
レオの促しにより、フレンはポツポツと話しはじめた。
彼は十六歳だそうだ。俺よりいっこ年下だな。来年成人だが、成人になると孤児院を出て働かなくてはいけないらしい。
大体の少年少女は十歳を過ぎた頃から職人の元について見習いみたいなことをしたり、食事処で小銭を稼いでそこでそのまま就職したりするそう。
けれどフレンは体力がなくてバイト先でぶっ倒れたことがあるらしく、その後から急に勉強に目覚めて現在かなり計算ができるようになっているとのことだった。
レオもフレンの計算能力を褒めていた。
「フレンには俺の歴史とか算学の教科書あげたんですけど、それからすっげー喜んで勉強してるんスよ。今は俺より計算するのが早えっス」
「レオ様には本当に助けてもらってるんだ」
フレンは目をキラキラさせてレオに感謝の意を示している。
「そうなんだ、その教科書って僕も見てもいいかな」
「え、その……文字とか書きこんであって見苦しいでございますです」
「いいよ、気にしないから」
ユールも歴史や計算は幼少期に習わされたけど、王族と男爵だったらどの程度教育レベルが違うもんなんかなって好奇心が疼いてしまった。
「持ってくる! です」
フレンは走って部屋を出て、息を切らして帰ってきた。そんなに急がなくてもいいんだけど。
「こ、こちらです、どうぞ」
フレンが差しだしてくれた教科書は使い古されて端が擦り切れていた。よく使いこんでるんだな。
パラパラとめくって内容を確認する。うん、やっぱユールの習ったことより簡単そうだ。特に目新しい情報もない……
そこで俺はフレンのメモ書きを見てピシッと固まる。
え、これは……? 見慣れた言語を指でなぞる。かれこれ二十年近く見慣れたこの言葉は……
『日本語……』
思わず日本語でそう呟くと、フレンは大袈裟に肩を揺らした。
『え、えっ……? もしかして、王子も転生者!?』
フレンもそう日本語で返してきた。間違いない、こいつもきっと日本の転生者だ!!
「なんだ、その抑揚の少ない言語は……魔法詠唱か!?」
バッとザスが俺とフレンの間に立ち塞がり身構える。レオも剣の柄に手をかけながらフレンに困惑の眼差しを向けた。
応援ありがとうございます!
14
お気に入りに追加
1,464
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる