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第2章 現実と仮想現実

第140話 ここで何を

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「そんじゃ、ちょっくら行ってくる」
「あぁ、頼んだ」
「トーマ君。気を付けてね」

 あいよ、と手を軽く上げながら返事をしたトーマ君を、僕とアルさんは隣り合って見送る。
 この後、アルさん達も調査に出る予定になっていて、僕らの後ろではジンさん達が道具の最終確認をしていた。
 僕の方からも、何種類か薬を渡しているため、回復面では特に困ることはないはず。

「アル。こっちは問題ないぜ」
「わかった。俺らもそろそろ出ようか」
「そうね。あんまり遅くなって、帰ってこれなかったら面倒だし」

 今回は、アルさん達にとって調査初日になるため、日が落ちる前には戻ってくる予定で準備をしている。
 そのため、食料や道具を少なくして、動きやすいようにまとめているみたいだ。
 インベントリに道具を入れるけれど、あんまり入れすぎても、調査先の素材を持って帰れなくなっちゃうしね。

「それじゃ、アキさん。あとは任せた」
「は、はい!」
「何かあったらすぐに連絡をくれ。極力急いで戻ってくる」
「た、たぶん大丈夫ですよー」
「ははっ、そうだな」

 快活に笑って、アルさん達も拠点の外に向けて歩いて行く。
 その背中を見送りながら、僕は激しく鳴る心臓を押さえるように手を当てた。

「それじゃアキさん、俺らは作業エリアに行こう!」
「あ、はい! 案内してもらえますか?」
「任せてくださいっす!」

 僕の言葉に頷いて、スミスさんが歩き出す。
 そんな彼を先頭に、残りの全員で作業エリアに向かうことにした。



「到着っ!」

 数分程度歩いた先、簡素な木造平屋の前で彼が立ち止まる。
 それを受けて建物の中を覗けば、結構な数の人。
 これ……みんな生産系のプレイヤーなのかな……?

「アキさんは私と一緒に」
「ん? そうなんですか?」
「えぇ、生産の種類を大きく3種類に分けて作業しているみたいです」

 オリオンさんによれば、調理系、服飾系、その他系で分けているみたい。
 僕とオリオンさんは調理系、キャロさんが服飾系、スミスさんはその他系らしい。
 その他っていうのは、鍛冶や木工なんかの方向性が多岐に渡る物や、大きくスペースを取る物が含まれるとのこと。
 確かにそれだったら、調薬は調理と一緒……だよね。

「それで、ここで何をすることになってるの?」
「調理スペースは他の生産スキルの方が作ってくださるみたいなので、私たちは調査に行く方や帰ってきた方のための、補充品作成が主になりますね」
「俺らみたいな鍛冶や木工スキル持ちが、家やら道具を急ピッチで作っていくんで、アキさん達は簡易テーブルなんかを使って作業するみたいっすね」
「私は幌を作ったり、拠点に帰ってきたプレイヤーの装備を修理したりなんかが主かな」

 なるほど……。
 拠点の設備関係を重視して、それ以外のプレイヤーはサポートに回るって感じなのか。
 僕はどんどん薬を作っていくって感じなんだろうけど……。

「材料とかはどうしたらいいのかな?」
「数日は持ってきた物を利用する形になるかと。少しすれば、調査結果によって採取できるものも判明するかと思いますので」
「りょーかい。それじゃみんな作業に分かれよっか」

 その言葉に、各々で返事を返し散らばっていく。
 オリオンさんと僕は、入口から左手側の簡易テーブルが置かれてるエリアに向かうことにした。

「ねぇ、あの子って昨日の……」
「あ、ホントだ」

 作業場の中を歩いて行くと、周りから視線と共にそんな声が聞こえてくる。
 拠点の入口付近で騒いでたこともあって、いろんな人が見てたんだろうなぁ……。
 一日経ってある程度気にならなくはなったけど、やっぱり少し気になって俯いてしまう。

「ねぇ、あなた」

 急ぎ足で人と人の間をすり抜け、通り過ぎようとした時、軽い声で呼び止められる。
 また何か……?
 そんな風に思いながら声の方へ振り返ると、緑色の髪をした見知らぬ女性が立っていた。

「あなたって調薬持ちなんでしょう?」
「えぇ、そうですけど……なにか?」
「……少し、教えてくれない?」
「え? なに……を」

 恥ずかしそうに言葉を繋いだ女性へ、疑問をかけようとした僕の前で、彼女は身体を横にずらす。
 そうして見えた先。
 作業台となっている机の上に、なんだか沸騰した得体の知れない色の液体の入った鍋があった。

「うぐっ!」

 それを目視した瞬間、鼻に付くかすかな酸味。
 我慢できなくはないけれど、ずっと嗅いでたら気持ち悪くなる人が現れてもおかしくない臭い。
 思わず鼻をつまみ、僕は息を止めながら無言で火を落とし、その辺に置いてあった布を被せた。

「……っはぁ」

 臭いが消えたわけではないけれど、多少マシになった空気に深く溜息を吐く。
 周りのみんなも、気にはなっていたけれど知らない人だから指摘が出来なかったようで、ホッと息を漏らしたのが見て取れた。
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