上 下
275 / 345
第2章 現実と仮想現実

第276話 俺の名は

しおりを挟む
 今回の話は、アストラル(アル)視点となります。

――――――――――――――――

 正眼に武器を構え、オッタと名乗った球体間接人形と向かい合う。
 相手の武器は木剣、対するこちらは、ガラッドさんに打ってもらった黒い愛剣――黒鉄くろがね
 まさかアレで俺とやり合うつもりか?

『心配しなくてもいい。私にとっては、木のほうが鉄よりも馴染みがあるんでね』
「なるほど、それならば納得だ。ただ、覚悟しておけ。――折れたところで、俺の剣は止まらない」

 そう言い切り、息を深く吸い込む。
 新鮮な酸素が全身へ巡るように、末端まで……深く。
 心臓がどくんと大きく音を立てたのを合図に、俺は前へと踏み込んだ。

 カァンと、鉄と鉄では聞いたことのない音が響き、俺の剣が弾かれる。
 瞬時に手を返し、横薙ぎに振るうが、これもまた弾かれた。
 ――強い!

『そのサイズの剣を、あの速さで切り返すか。見事だな』
「そちらこそ。俺の剣を木剣で弾き返すのは、相当なものだ」
『これは楽しめそうだ。……次はこちらからくぞ』

 瞬間、目の前に剣が現れる。
 反射的に身を反らし、後ろへと退がるが、相手の範囲から逃れられない。
 2連、3連と続く連撃――溜まらず咄嗟に右手を武器から離し、予測した剣筋に添える形で置く。
 木剣が右の手甲に触れた直後、合わせるように飛び込み左足で鋭く蹴りを放った。

『おおっ! と……』
「浅いか」
『まさか剣筋をこの短時間で読まれるとは』
「だてにタンクはやってないんでな!」

 空いた隙間を埋めるように踏み込み、大剣を振るう。
 袈裟斬り、打ち上げ、横薙ぎ、正眼突き、そして逆袈裟。
 流れるように斬り込んでみても、時に払われ、時に避けられ……終いには隙間を縫うように木剣が身を掠めてくる。

 攻めているはずが、守りに意識を割かされ、攻めきることが出来ない!
 ひとつミスをすれば、一気に瓦解するほどの緊張感。

 ――いいじゃないか。

『ッ! 剣が速く!?』
「まだ、まだだ!」
『良いぞ……! そうだ、これを求めていた!』

 カァンと甲高い音が響き、その音が消えるよりも早く次の剣撃が振るわれ、また音を響かせる。
 その間隔は次第に短くなっていき、合わせるように剣筋もまた、鋭くなっていった。
 まさに、一撃でも喰らえば勝負が付いてしまうほどに。

「ッ、は」

 しかし、種族の差は埋められなかった。
 体力という限界がある俺と、魔力で動き続けるトレント族。
 決められなかった悔しさを胸にしまい込み、大振りに木剣を弾き返し、距離を取った。

『人間とは悲しいものだな。どれほど強かろうと、体力という限界が立ち塞がる』
「それを、技術で埋めるのが……人間だ」
『しかし今の剣戟で分かっているのだろう? 私とお前に、単純な力はおろか、頼みの技術も大きく差がないことは』

 確かに、このままやり続けていても、いたずらに体力を消耗するだけだろう。
 この状況を打破するには――

「一撃で、抜く。覚悟は良いか」
『ほう。良い眼をする。……来てみろ』

 正面から受けるように、奴は木剣を構える。
 攻めてくる気はない……ならば、存分に!

 後ろへと下げた右足で大地を踏みしめ、呼吸を抑え、一気に蹴り抜く。
 数歩程度の間合いを一瞬で消し去ると、弓のように引き絞った右腕を放ち、黒鉄を突き刺す。
 威力に全身全てを乗せた一撃必殺の型。
 だが、

「な――ッ!?」
『全力としては軽い。これがその差だ』
「ぐっ!?」

 すれ違う、その一瞬で叩き込まれた一撃。
 腹部を叩いたその一撃は、突っ込んだ勢いすら反転して、俺を小部屋の壁まで吹き飛ばした。
 木剣だったからこそ、打撃で済んだ……。
 真剣であれば、今頃俺の身体は、上下に真っ二つだっただろう。

『これで終わりか。……期待するだけ無駄だったな』

 強制的に吐き出された息を整えていた俺に近付き、奴は木剣を突きつける。
 視界の端に映るHPは今の一撃で50%まで減っていた。
 木剣一発でこのダメージか……。

『……なんだ、まだやる気か? 差はすでに分かっただろう?』
「生憎、負けるわけにはいかないんでな」
『なるほど、薄紅の髪をした娘との約束か』

 反応しない俺に、奴は身体を震わせる。
 顔がないから分からないが、きっと笑っているんだろう。
 ……そうだな、俺がお前の立場だったら、俺も笑ってるかもしれないな。

「だが、約束を守らない男は、嫌われてしまうからな」

 黒鉄を杖に身体を起こし、突きつけられていた木剣を右手で退ける。
 そして、わざと遅く振った大振りで、奴を後ろへと退げさせた。

『眼が死なない者は厄介だな』
「俺を殺したければ、真剣を持ってくるべきだったな」
『はは……全くだ』

 最初と同じ間合いで、最初と同じように正眼に武器を構え、2人向かい合う。
 正直、打てる手はないが……だからこそ、シンプルに意思が定まった。

「――俺の名はアストラル。これが、お前に叩き込む最後の一撃だ」
『……ほう、良いだろう。私の名はオッタ、打ち込んでみろ、人間!』

 叩き込むのは正眼からの斬り落とし。
 全ての剣筋の基本とも言える一撃……だからこそ、全てが詰まっている一撃になり得る。
 踏み込む足の先から、振るう手の先まで、全てに俺の力を注ぎ込む。

「――ハァッ!」

 裂帛の気合いと共に振り下ろした一撃は、カンと甲高い音を響かせ……受け止めた木剣もろともに、その人形を切り裂いた。
 左右にズレながら落ちていく人形が、一瞬笑ったような気がしたが……そもそも表情がないから分からないな。

「それよりも、アキさんを追わないと」

 霞んで消えていった人形から背を向け、俺は歩き出した。
 後から追う……その約束を果たすために。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

ローザとフラン ~奪われた側と奪った側~

恋愛 / 完結 24h.ポイント:78pt お気に入り:198

何も出来ない妻なので

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,128pt お気に入り:4,496

【完結】口は災いの元って本当だわ

恋愛 / 完結 24h.ポイント:788pt お気に入り:1,661

不本意な転生 ~自由で快適な生活を目指します~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:5,559pt お気に入り:3,655

毒花令嬢の逆襲 ~良い子のふりはもうやめました~

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:96,737pt お気に入り:3,161

グラティールの公爵令嬢

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:14,735pt お気に入り:3,343

Our identity

キャラ文芸 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

処理中です...